クリスマス
今年のクリスマスはロンドンで過ごした。
初めての海外生活の中でのクリスマス。いろいろなことが日本とは違っていた。
ロンドンのクリスマスは僕にまた新しいロンドンの顔、雰囲気を見せてくれた。
というのは、その日は交通機関も全部ストップして大きなスーパーはもちろん公共の施設もすべて営業をしていないからだ。休みの少ないイギリス人にとって、この年末の大型連休は大きな価値をもつに違いない。ローカルの人達は家族と共にその休日をゆったりと過ごす。キリシタンのこの国にとってクリスマスは日本のそれとは違ってもっと大きく特別な意味を持つようだ。
24日、僕は自分のフラットで燻っていた。
何も約束事がなかったその寂しさをどうにかかき消そうとしていたからだ。
そしたら奇跡的に、隣のフラットメイトが家でパーティをやるということで僕を誘ってくれたのである。
その日はフラットメイトやその友達と一夜を過ごすことで心の距離がすごく縮まった気がする。
いろいろな話もできて、僕の知らなかった世界が広がったし僕自身も少しだけ自分を進歩させることができた。一日目から、僕は今まで感じたことのない新鮮さを満喫できた。
次の日は、バイト先の友人宅でのパーティーに行った。ここでも新しい風を感じることができた。
初対面の人も含めてみんなでおいしいご飯とビール、楽しい会話を共有した。
このクリスマスは僕にとって大きな思い出となった。
たくさんの人たちとたくさんの食事を楽しみ。
たくさんの会話がたくさんの思い出となった。
終わりを感じさせない時間の流れ。
音楽と共に踊り続ける声。
その一つ一つが僕の心の隙間を埋めていった。
外の寒気は僕らのエナジーで消え去る。
収縮された空気は渦となり、僕らに時を忘れさせる。
ポツリポツリと顔が柔らかい感触を感じ、その顔は視界から消える。
終焉の鐘が鳴り響く。
満たされた心の中はやがて解放の時を迎え、ひもがするすると抜けて網目ができるようにぽっかりと穴が開く。
暗くなった部屋の中は焚き火が消えた名残のような静けさを讃え、僕らは闇に逃げ込んだ。
美しい時間の訪れ。
顔が見えない。それ故何か不可思議な雰囲気が渦巻く。
その静寂の時が心と心を理性とは遠い世界へと誘う。
初めての海外生活の中でのクリスマス。いろいろなことが日本とは違っていた。
ロンドンのクリスマスは僕にまた新しいロンドンの顔、雰囲気を見せてくれた。
というのは、その日は交通機関も全部ストップして大きなスーパーはもちろん公共の施設もすべて営業をしていないからだ。休みの少ないイギリス人にとって、この年末の大型連休は大きな価値をもつに違いない。ローカルの人達は家族と共にその休日をゆったりと過ごす。キリシタンのこの国にとってクリスマスは日本のそれとは違ってもっと大きく特別な意味を持つようだ。
24日、僕は自分のフラットで燻っていた。
何も約束事がなかったその寂しさをどうにかかき消そうとしていたからだ。
そしたら奇跡的に、隣のフラットメイトが家でパーティをやるということで僕を誘ってくれたのである。
その日はフラットメイトやその友達と一夜を過ごすことで心の距離がすごく縮まった気がする。
いろいろな話もできて、僕の知らなかった世界が広がったし僕自身も少しだけ自分を進歩させることができた。一日目から、僕は今まで感じたことのない新鮮さを満喫できた。
次の日は、バイト先の友人宅でのパーティーに行った。ここでも新しい風を感じることができた。
初対面の人も含めてみんなでおいしいご飯とビール、楽しい会話を共有した。
このクリスマスは僕にとって大きな思い出となった。
たくさんの人たちとたくさんの食事を楽しみ。
たくさんの会話がたくさんの思い出となった。
終わりを感じさせない時間の流れ。
音楽と共に踊り続ける声。
その一つ一つが僕の心の隙間を埋めていった。
外の寒気は僕らのエナジーで消え去る。
収縮された空気は渦となり、僕らに時を忘れさせる。
ポツリポツリと顔が柔らかい感触を感じ、その顔は視界から消える。
終焉の鐘が鳴り響く。
満たされた心の中はやがて解放の時を迎え、ひもがするすると抜けて網目ができるようにぽっかりと穴が開く。
暗くなった部屋の中は焚き火が消えた名残のような静けさを讃え、僕らは闇に逃げ込んだ。
美しい時間の訪れ。
顔が見えない。それ故何か不可思議な雰囲気が渦巻く。
その静寂の時が心と心を理性とは遠い世界へと誘う。
吟遊詩人、琵琶法師
昔、ケルト神話における吟遊詩人(バード)は様々な土地を旅してまわり
その見聞を違う土地の者に伝え回っていた。
その時代、当然彼らは重宝された。その時代には情報を手に入れる手段がなかったからだ。
そして、彼らの知識の豊富さから一般の民衆は彼らが何か神秘的な力を使えると信じていた。
というのは、その力というのは何かしらの知識に関係があり、その知識をもとに使うことができると信じられていたからだ。
日本にもこのような文化があった。
それは琵琶法師である。彼らは盲目の僧であり、琵琶の調べと共にその時代の流れを歌っていた。
彼らが何か神秘的な力を使えたという話は聞いたことがないし、むしろ彼ら盲目者は職の選択がなく、僧となり、琵琶を修行し旅に出るということが慣わしであったのである。
しかし、僕にとっては両者から同様な何か特別なものを感じる一方はその知識をもとに、もう一方は彼らの感性を基にそれらは築かれた。
両者とも時代の語り部というべき役柄を歴史の上で担った。しかし、彼らの風貌や地位などはまったく違ったであろう。そして、その生い立ちも。
闇の中雨の音
指の中弾ける旋律
感じた光詠みし者
仄暗い朝
歩みゆく
節々の先には
歌詠み鳥
その見聞を違う土地の者に伝え回っていた。
その時代、当然彼らは重宝された。その時代には情報を手に入れる手段がなかったからだ。
そして、彼らの知識の豊富さから一般の民衆は彼らが何か神秘的な力を使えると信じていた。
というのは、その力というのは何かしらの知識に関係があり、その知識をもとに使うことができると信じられていたからだ。
日本にもこのような文化があった。
それは琵琶法師である。彼らは盲目の僧であり、琵琶の調べと共にその時代の流れを歌っていた。
彼らが何か神秘的な力を使えたという話は聞いたことがないし、むしろ彼ら盲目者は職の選択がなく、僧となり、琵琶を修行し旅に出るということが慣わしであったのである。
しかし、僕にとっては両者から同様な何か特別なものを感じる一方はその知識をもとに、もう一方は彼らの感性を基にそれらは築かれた。
両者とも時代の語り部というべき役柄を歴史の上で担った。しかし、彼らの風貌や地位などはまったく違ったであろう。そして、その生い立ちも。
闇の中雨の音
指の中弾ける旋律
感じた光詠みし者
仄暗い朝
歩みゆく
節々の先には
歌詠み鳥
RPG-memory
ボード版RPG。
すごく面白そうで、何か高尚なものを感じるので是非やってみたいと思う。
実際に見たことがあるわけではないし、少しオールドファッションなゲームなのだけれど、
そこには、奥深さを感じることができるし、また洗練され創造的な神秘を見ることができる。
僕が、この神秘に出会ったのはすごく偶然で、自分の働いているスタジオの本棚に
置いてあった本に興味を持って、それを読んでみたらその本がボード版RPGについての
それであったことがはじまりだ。
自分は今までその存在にも触れたことがなくて、まったくの初見だったのだが、
その神秘の魅力は劇的だった。
ただ、それは、今あるいわゆるRPGとは違って自分一人で楽しむゲームではない。
その分、多人数でアドベンチャーを進めていくことができる楽しみは表現できないほど魅力的なのだが、
同じ心を持った同志をある程度集めなければ、その本来の楽しみを享受することが出来ない。
だから、僕はこの本の面白さとボード版RPGの魅力をいろんな人に伝えて、たくさんの人と楽しみたいと思う。
日本に帰り、生活が落ち着いたらすぐにでも、ひとつボード版RPGを購入し試しに遊んでみたいと思う。
日本に帰るという言葉で思い出したことがある。
実際なる行動を起こさなければならない時がやってきた。
ロンドンに来て、自分を整理することができたと思う。
でも、その分、僕は具体的に何かを成し遂げることができたわけではないと思う。
デザイナーのアシスタントとしてもまだまだやれないことはいっぱいあったし、
英語も不完全な形になってしまった。
最後に残っているものとしては、ヨーロッパ旅行だ。
これだけは、自分のやれるだけのことはやりたい。
そして、日本に帰ったらもう少し具体的な行動を起こしたいと思う。
自分はまだ未熟でできることは少ないけれど、まだまだ吸収できるものはいっぱいあると思う。
こちらにいるうちに、自分の進歩のために少しずつ戦略を固めなければいけない。
そこには、いくつもの壁があると思うのだけれどその壁も行動を起こさない限りは見えない。
それ故、僕は行動しなくてはいけないのだ。
そして、日本に帰ったら大学が始まる。
アカデミックなことはすごく苦手で、今までそこから逃げてきた。
認めなくてはいけない。自分は逃げていたと、、、
だから、正面からその逃げてきた先に目を向けて対立しようではないか。
もう少し大学というものに重きを置き、やらなければいけないことを解決しよう。
とは言っても、今の自分は少し重きを置くくらいじゃ足らないくらい追い込まれているのだが、、、
でも、ここは強気に行こう。自分ならできる。絶対に2年間で卒業してみせる。
繰り返していく季節、今はもう冬。
今年もクリスマスがやってきた。
幼かったころは、このクリスマスが一年間の中でも一番心躍る日の一つであったことは間違いない。
あの頃、僕は心の中ですらサンタのことを信じていなかった。
だから、幼い妹がサンタを信じていたことを羨ましく思ったことがあった。
今は家族と離れ、妹がどういう心境でクリスマスを迎えているのかはわからない。
だけど、僕は、幼い妹にまだその存在を信じていてほしい。そう願う。
そこにある僕のクリスマスの思い出はオムライス。
母親がいつもその時期になるとオムライスを作る。それと付け合わせのコーンポタージュ。
僕には、その温かな思い出が今でも手に触れることができるかのように感じられる。
輝かしい小さな小さな泡のような思いで。
僕は、幸せな家庭の中で育つことができた。
父親は尊敬できる父親であったし、母親はその強さと優しさを僕に育んでくれた。
時には、理不尽なこともあったけれど、今思えばその一つでさえ
今こう感じることのできる一つの微笑ましい思いで。
今は、まだ僕が未熟で僕が彼らに与えてあげることなんて一つもないかもしれないけれど、
時が過ぎ、その彼らがくれた愛が僕の中で一つの形を創り上げることができた時、僕が彼らにその愛を返す時がやってくる、やってこさせなければならない。
その何れを僕は今感じ、その何れのために今を生きる。
真実はいつも自分にとっては不都合でしかないのだけれど、
これらの思い出と過ぎ去った時間とが自分をきっと強くしてくれる。
結晶の塊が鏡のように
過去を映す
消えることのない
その灯り火は温もりを
僕に感じさせる
知っていたはずの言葉
風化していつの間にか
形は溶けてなくなる
手から零れる彼ら
ただ眺める自分
窮屈な箱に閉じ込められたような顔
自分の前にいる彼
定期的に響くノイズ
その音と共に揺れる体
ふと窓に映る自分の顔に気付く
彼と変わらぬその顔に
憎しみの小さな渦
錯覚していくヒステリックな黒い影
大きく広がるその翼
その陰が暗闇となる
すごく面白そうで、何か高尚なものを感じるので是非やってみたいと思う。
実際に見たことがあるわけではないし、少しオールドファッションなゲームなのだけれど、
そこには、奥深さを感じることができるし、また洗練され創造的な神秘を見ることができる。
僕が、この神秘に出会ったのはすごく偶然で、自分の働いているスタジオの本棚に
置いてあった本に興味を持って、それを読んでみたらその本がボード版RPGについての
それであったことがはじまりだ。
自分は今までその存在にも触れたことがなくて、まったくの初見だったのだが、
その神秘の魅力は劇的だった。
ただ、それは、今あるいわゆるRPGとは違って自分一人で楽しむゲームではない。
その分、多人数でアドベンチャーを進めていくことができる楽しみは表現できないほど魅力的なのだが、
同じ心を持った同志をある程度集めなければ、その本来の楽しみを享受することが出来ない。
だから、僕はこの本の面白さとボード版RPGの魅力をいろんな人に伝えて、たくさんの人と楽しみたいと思う。
日本に帰り、生活が落ち着いたらすぐにでも、ひとつボード版RPGを購入し試しに遊んでみたいと思う。
日本に帰るという言葉で思い出したことがある。
実際なる行動を起こさなければならない時がやってきた。
ロンドンに来て、自分を整理することができたと思う。
でも、その分、僕は具体的に何かを成し遂げることができたわけではないと思う。
デザイナーのアシスタントとしてもまだまだやれないことはいっぱいあったし、
英語も不完全な形になってしまった。
最後に残っているものとしては、ヨーロッパ旅行だ。
これだけは、自分のやれるだけのことはやりたい。
そして、日本に帰ったらもう少し具体的な行動を起こしたいと思う。
自分はまだ未熟でできることは少ないけれど、まだまだ吸収できるものはいっぱいあると思う。
こちらにいるうちに、自分の進歩のために少しずつ戦略を固めなければいけない。
そこには、いくつもの壁があると思うのだけれどその壁も行動を起こさない限りは見えない。
それ故、僕は行動しなくてはいけないのだ。
そして、日本に帰ったら大学が始まる。
アカデミックなことはすごく苦手で、今までそこから逃げてきた。
認めなくてはいけない。自分は逃げていたと、、、
だから、正面からその逃げてきた先に目を向けて対立しようではないか。
もう少し大学というものに重きを置き、やらなければいけないことを解決しよう。
とは言っても、今の自分は少し重きを置くくらいじゃ足らないくらい追い込まれているのだが、、、
でも、ここは強気に行こう。自分ならできる。絶対に2年間で卒業してみせる。
繰り返していく季節、今はもう冬。
今年もクリスマスがやってきた。
幼かったころは、このクリスマスが一年間の中でも一番心躍る日の一つであったことは間違いない。
あの頃、僕は心の中ですらサンタのことを信じていなかった。
だから、幼い妹がサンタを信じていたことを羨ましく思ったことがあった。
今は家族と離れ、妹がどういう心境でクリスマスを迎えているのかはわからない。
だけど、僕は、幼い妹にまだその存在を信じていてほしい。そう願う。
そこにある僕のクリスマスの思い出はオムライス。
母親がいつもその時期になるとオムライスを作る。それと付け合わせのコーンポタージュ。
僕には、その温かな思い出が今でも手に触れることができるかのように感じられる。
輝かしい小さな小さな泡のような思いで。
僕は、幸せな家庭の中で育つことができた。
父親は尊敬できる父親であったし、母親はその強さと優しさを僕に育んでくれた。
時には、理不尽なこともあったけれど、今思えばその一つでさえ
今こう感じることのできる一つの微笑ましい思いで。
今は、まだ僕が未熟で僕が彼らに与えてあげることなんて一つもないかもしれないけれど、
時が過ぎ、その彼らがくれた愛が僕の中で一つの形を創り上げることができた時、僕が彼らにその愛を返す時がやってくる、やってこさせなければならない。
その何れを僕は今感じ、その何れのために今を生きる。
真実はいつも自分にとっては不都合でしかないのだけれど、
これらの思い出と過ぎ去った時間とが自分をきっと強くしてくれる。
結晶の塊が鏡のように
過去を映す
消えることのない
その灯り火は温もりを
僕に感じさせる
知っていたはずの言葉
風化していつの間にか
形は溶けてなくなる
手から零れる彼ら
ただ眺める自分
窮屈な箱に閉じ込められたような顔
自分の前にいる彼
定期的に響くノイズ
その音と共に揺れる体
ふと窓に映る自分の顔に気付く
彼と変わらぬその顔に
憎しみの小さな渦
錯覚していくヒステリックな黒い影
大きく広がるその翼
その陰が暗闇となる