ミネソタ無頼とリンゴ・キッド、そしてさすらいのガンマン | 懐古趣味親爺のブログ

懐古趣味親爺のブログ

幼少期(1950年代)から成人期(1970年代)までの私の記憶に残っているものを網羅。

タランティーノ曰く「アメリカの西部劇監督の№1はジョン・フォードで決まりだけど、№2は誰とは決められない。マカロニ西部劇の監督№1はセルジオ・レオーネだが、№2はコルブッチで決まり」

しかし、セルジオ・コルブッチがアメリカ西部劇と異なるイタリア西部劇を完成したのは、『続・荒野の用心棒』からで、それまでの作品はアメリカ的臭いのするものでした。

『ミネソタ無頼』(1964年)は、自分の無罪を証明できる人物を捜すために刑務所を脱獄したミネソタ・クレイ(キャメロン・ミッチェル)が故郷の町に戻り、いつ失明するかわからない眼病にかかりながら、18年ごしの宿敵と命を賭けた戦いをする物語。本場西部劇『誇り高き男』と似たようなプロットです。ラストは敵を倒し、娘に看とられながら死んでいくんですけどね。

この作品は、『夕陽のガンマン』と同時期に公開(『ミネソタ無頼』が1967年1月14日、『夕陽のガンマン』が1月20日封切り)されており、私は『夕陽のガンマン』はリアルタイムで観ているのですが、『ミネソタ無頼』を観たのはずっと後の三番館。本場アメリカの西部劇でクセのある傍役として長年培ってきたキャメロン・ミッチェルの風格と、マカロニ粘着質の世界がうまくとけあって、盲目となった主人公が撃鉄の響き、銃声、足音、息づかい等、さまざまな音を頼りに敵を倒していくクライマックスは迫力を生んでいました。本場西部劇のハッピーエンドを意識した、主人公が死なずに旅立って行く別バージョンもあります。

 

『リンゴ・キッド』(1965年)は、復讐にきた無法者と対決する物語。

ペレス兄弟を追ってメキシコにやってきた賞金稼ぎのジョニー(マーク・ダモン)は、賞金のかかっていない末弟のホアニト(フランコ・デ・ローサ)を除いてペレス兄弟を撃ち倒します。恋人マルジ(ヴァレリア・ファブリッジ)に会いにテキサス・ゴールドストンの町にやってきたジョニーは、保安官(エットレ・マンニ)に銃を取りあげられますが、隠し持った爆弾でホアニトに雇われてジョニーを殺しにきた悪党を粉砕。この爆弾事件でジョニーは留置所に入れられます。ホアニトはアパッチと手を組み、ジョニーを渡すように保安官を脅迫。法に忠実な保安官はこれを拒否しますが……

伊語バージョンでは原題は「Johnny Oro」ですが、日本公開時は英語バージョンで「Rlngo and His Golden Pistol」に変っており、主人公の名前もジョニー・オロからジョニー・リンゴに変更。それで邦題は『リンゴ・キッド』ね。オロとは黄金の意味で、主人公が金鉱の生まれで、黄金の拳銃に黄金の拍車、金のパイプと黄金グッズを身に着けている由来になっているので、伊語バージョンの方がしっくりきます。

神父や女・子供を情け容赦なく撃ち殺すマカロニ特有のシーンはありますが、初期のマカロニの特徴であるアメリカ西部劇のマネが随所にあります。町民が助けてくれず、保安官がひとりで戦う決意をするのは『真昼の決闘』だし、保安官事務所に立て籠もって戦うメンバーに老人がいたり、ダイナマイトで敵を粉砕するのは『リオ・ブラボー』です。決闘シーンは手を変え、品を変えて工夫しているのでアメリカB級西部劇より楽しめましたな。

 

『さすらいのガンマン』(1966年)は、妻を殺されたインディアンの復讐物語。

インディアンの集落がダンカン(アルド・サンブレル)率いる無頼の盗賊に襲撃されます。ひとり生き残ったジョー(バート・レイノルズ)がダンカン一味を追跡。ダンカンに命じられた二人の手下がジョーを殺そうとしますが、ジョーに待伏せされて返り討ち。インディアンの頭皮を売りにバヨーテの町に来たダンカンは、法律が変って“インディアン殺し”で指名手配されており、逆上して保安官を射殺。酒場で飲んでいると、エスペランツァの町に列車で運ばれる大金を一緒に強奪しようと持ちかけられます。持ちかけたのは、エスペランツァの医者で銀行家の婿・リン(ピーター・クロス)。彼らの話を聞いて逃げ出した酒場女をジョーが助けます。ダンカン一味の列車襲撃は成功し、ダンカンは見張りの手下を残して、金庫を開けることができるリンとの待ち合わせの場所へ。暗闇にまぎれてダンカンの手下を倒したジョーは、列車をエスペランツァの町へ届けます。神父(フェルナンド・レイ)たち町の住民はダンカン一味の襲撃に恐れおののき、ジョーの出した条件でジョーを雇います。襲撃してきたダンカン一味をジョーは待伏せして、ダイナマイトとライフルで倒していきますが、親しくなった娘エステラ(ニコレッタ・マキャヴェリ)が人質にとられ……

セルジオ・コルブッチは、『続・荒野の用心棒』でアメリカ西部劇と異なるマカロニ独自の世界観を確立しましたが、大量の死者、殺しの描写、残酷性では『続・荒野の用心棒』を凌駕しています。マカロニの特質である残酷性と殺しあいをストレートに出していますが、本場でおなじみのメサやビュットのかたちだけが似た山を択んでスペインロケしたり、列車にウェルズ・ファーゴの文字をつけてアメリカ性を出そうとしているのは御愛嬌。♪~ナバホジョ、ナバホジョ~の音楽は、エンニオ・モリコーネね。

バート・レイノルズは、テレビ西部劇『ガンスモーク』に出演したのを皮切りに、『夜間捜査官ホーク』『警部ダン・オーガスト』とテレビシリーズに連続主演して名前が知られてはいましたが、ビッグネームになる前の作品。『荒野の用心棒』に出演したクリント・イーストウッドと同じ状況だったといえます。『さすらいのガンマン』があまりヒットしなかったこともあって、さっさとハリウッドに戻り、70年年代に野生的スターとしてブレークしたのは周知の通り。この作品でも野生的な魅力と、スタントマンを使わないアクションを見せてくれます。

主演のバート・レイノルズをさしおいて、ポスターはアルド・サンブレルのドでかアップ。サンブレルはスペインの役者で、マカロニだけでなく『最後のガンファイター』や『100挺のライフル』などのスペインロケした本場西部劇にも多々出演しています。主人公に最後に殺される一番手悪役はこの作品だけで、たいてい途中で殺されていますな。東映時代劇でいえば小田部通麿的存在。オープニングでインディアンの可愛い娘を殺して頭の皮を剥ぐという残虐ぶりを見せてくれて、それなりにガンバッテいますが、一番手悪役としての力不足は否めません。ジャン・マリア・ボロンテのような悪の凄みや、クラウス・キンスキーのような異常性が不足していますからね。悪のオーラがない弱さがありま〜す。