愛を行動で表わす生活をしています(*^_^*)

愛を行動で表わす生活をしています(*^_^*)

自分の大好きなことをして、会いたい人と一緒の時間を過ごす毎日は幸せです。日々の暮らしを通して感じたことを表したいと思います。

人生で一度でいい、自分の納得のいくモノを生み出したいと悪戦苦闘中です


それは、料理かもしれないし、小説かもしれないし、ペンダントかもしれません


様々なことを感じながら、毎日を丁寧に過ごしています

小さい頃から、自分の意思を言葉で表明する子どもでした。

 

したいこととしたくないこと、好きなことと嫌いなこと、欲しいものと欲しくないものがハッキリしていました。

 

周りの大人があまり賢くないと気付いたのは中学生の頃で、特に両親は他山の石として活用してきました。

 

学生時代の趣味は読書で、「どうやったら幸せな人生を送れるのか」をよく考えていました。

 

就職や結婚で選択を迫られた時、決断までに時間をかける分、その後は最短距離でゆるぎなく進んできました。

 

今まで生きてきた中で最も悩んだのは、ちょうど50歳で、離婚すると決めた時でした。

 

 

 

中学生の頃から、毎日大学ノートに日記を書いてきました。

 

書くことで、自分の想いを吐き出し、考えを整理し、進む道を決めるのが、私のやり方でした。

 

けれど、この頃は、心の中がモヤモヤしていて、目の前のことに集中できないことが多かったです。

 

そんな中、庭の剪定をしている時に、右の手のひらを剪定ばさみでざっくりと切ってしまいました。

 

縫うほどではなかったのですが、血が止まらないし、家事もできなくなるし、何より自分自身に深い傷を負わせてしまったことにショックを受けました。

 

これは、うっかりではなく、こうなってもいいという自傷行為じゃないだろうか。

 

潜在意識が、限界だと訴えているんだと感じました。

 

 

 

この時、日記に書いても出口は見えないと思い、プロに話を聴いてもらおうと考えました。

 

それも、リーズナブルに。

 

ネットで「相談 大阪 無料 女性」で検索すると、無料相談窓口の案内が出ました。

 

顔を見て話すのが好きなので、対面無料相談を選択し、アクセスがしやすいところをすぐに予約しました。

 

 

 

予約時間少し前に当該窓口に行き、来意を告げると、相談室に通されました。

 

しばらくすると、年配の女性が入室し、1時間の約束で、会話がスタート。

 

彼女は、時々質問を挟みながら、私の話に耳を傾けてくれました。

 

現在の暮らしは何不自由ないにも関わらず、満たされない想いがあることを話すうちに、段々「現状が安泰なんだから我慢しろ」と頭が心を説得しているみたいになっていきます。

 

相談時間は1時間の予定でしたが、相談員さんが「最後の回だから、閉館まで話しますか。まだ納得できていないでしょう」と言って下さり、結局、閉館ギリギリまでの1時間45分、向き合って下さいました。

 

そのおかげで、「そうか、私は、世間的によいとされている今の状況が息苦しんだな、けれど、それを手離すことが不幸に

なるみたいで怖いんだな」と気付くことができました。

 

帰り道、目に沁みるくらい美しかった夕暮れを、今も鮮明に覚えています。

 

 

 

帰宅後、早速、離婚する手順をネット検索しました。

 

一番参考になったのは、離婚コンサルタントのHP。

 

「離婚するかどうか迷ったらやってみて!見極め2択テスト」が掲載されており、取り組んでみました。

 

2択のどちらでもなかったのですが、「離婚しよ!」となぜか踏ん切りがつきました。

 

それからは、まるでトンネルを抜けたように視界良好、サクサクと必要なことをリストアップして処理していきました。

 

 

 

私が離婚を申し出て、ただひとりショックを受けたのが上の子でした。

 

「そうか、俺の両親が離婚するのか…普通ではなくなるのか…」とつぶやいたので、「私のわがままでごめんね、でも、私

も父さんも親であることは変わりないよ」と伝えました。

 

下の子は「了解」のひと言、下の弟は「ようやくかー、意外に時間かかったなあ、まあ、姉ちゃん、生きやすくなるんちゃう」と喜んでくれました。

 

元夫は、「もう好きじゃない」の私のひと言で離婚を即OKしてくれ、粛々と条件面で話し合い、約2か月で協議離婚が成立しました。

 

弁護士費用は、公正証書作成費の8万円のみ。

 

公正証書の記載内容は、息子たちの大学卒業まで学費と養育費を元夫が負担すること、婚姻期間24年の間に成した財産の分与と厚生年金の分割です。

 

元夫曰く、「身ぐるみはがされた」そうです。

 

私サイドも言いたいことは山のようにありますがひと言も文句を言わずに、希望通りの条件で円満・短期で離婚届け提出まで到達しました。

 

 

 

意外に、自分の本心って、分からない時があるという初めての体験でした。

 

書くのもいいけど、人に話を聴いてもらうのは、より自分を客観視でき、嘘を見抜けるのだと気付きました。

 

心がモヤモヤする時、信頼できる人にじっくり話を聴いてもらうのは、効きます。

 

聴き手が信頼できる赤の他人だと、「どう思われるか」を考えず、正直に話せる面があるかもしれません。

 

心のモヤモヤが解消する瞬間って、長ーい便秘を解消したくらいの爽快感でした(*^^*)

 

私がソウルメイトと感じる人は、4人です。

 

その中で血が繋がっていない人はひとりだけ、人生でおそらく唯一のメンターだろう人。

 

彼に出会って、世界の見え方とかかわり方が変わりました。

 

心の底から出会えたことに感謝しています。

 

 

 

彼とは、子育てのために受講したコーチング半年講座で知り合いました。

 

クラスメイトは30人くらい、月に2回、3時間の授業を半年間受講します。

 

彼は、毎回後方の席に座り、ほとんど発言することはなく、まるでお地蔵様のように静かに存在していました(見た目も似てます)。

 

けれど、私は、「この人、コーチングなんて学ぶ必要なくない?すごく場違いだな」と、気になっていました。

 

2回目の授業の帰り際、講座受講の動機を何気なく尋ねたのがファーストコンタクト。

 

彼の答えは「講師のあり方に興味があって」でした。

 

「講師のあり方」?

 

そんな動機で講座を受講する人がいるのかと、とても驚き、同時にめちゃめちゃ彼に関心が湧きました。

 

想定外の人やモノや場所に出あうと、ワクワクします。

 

今まで出会った人の中で、私の好奇心を最も鷲掴みにした人です。

 

彼の個人情報はほとんど知りません、そんな人と友達になったのも生まれて初めてでした。

 

彼のあり方に、強烈に惹かれました。

 

 

 

約2年間、月に1回、スタバやホテルのラウンジで、コーヒーなどを飲みながら数時間会話する、ということが続きました。

 

おそらく、彼は、変化したいと心から願っている私をサポートしてくれていたのでしょう。

 

私の思いつくままの話をとても真摯に聴いてくれて、フィードバックをくれました。

 

こんなにきちんと話を聴いてもらったのは、初めてでした。

 

彼がどんな本を読むのか関心があって、毎回数冊の本を勧めてもらいました、初見の作家ばかりでした。

 

育児の合間をぬってむさぼるようにそれらを読み、その度に世界は広がりました。

 

彼とお茶すると、その後1週間くらい睡眠時間がいつもより長くなります。

 

彼から受け取った何かを、1週間かけて自分なりに消化しているのかなと感じていました。

 

段々、心身が軽くなるのが不思議でした。

 

 

 

この時の私は、芋虫から蝶に生まれ変わるさなぎの時期だったと思います。

 

マイペース、思い通りにならないと感情を爆発させるような未熟な私が、これから幼児2人をほぼワンオペで育てていかなければならない。

 

子どもに与える母親の影響力は、絶大です(これ、今生ホントにしみじみ思い知り、今後何度生まれ変わっても、母親にはならない決心を固めました)。

 

全ての過去を一回ドロドロに溶かして、自分を再構築する時期だったのです、まさしく。

 

それを見抜いていたから、彼は力を貸してくれたのかなと思っています。

 

 

 

ちょうど、2年たった頃、彼が関東に転居し、2人のお茶会は終了しました。

 

それ以来、18年間、会いませんでした。

 

今春、息子たちの自立と自宅売却、初めてのひとり暮らしで、大きくライフステージが変わる予感に浮かれて、2月に久しぶりに彼にメールを送りました。

 

「今年の4月、息子たちが独立し、大きく生き方が変わるタイミングが来ています。春以降、会って話がしたいです。時間取ってもらえるなら、北極と南極以外の世界中どこにでも行きます。検討してもらえたら嬉しいです」

 

彼からは、2日後、「いいよ、その覚悟があるなら、4月に会おうか。4月にもう一度、リマインドメールくれる?その時に場所と日時決めよう。ちなみに今は日本にいます」と返信がありました。

 

「よかった、生きてた。メアドも変わってなかった。国内にいた」とホッとしました。

 

そして、温かい返事をもらったことで、私は、満たされました。

 

 

 

その後、怒涛の引越し、各種手続きにてんてこ舞いしながら、私の心は穏やかに凪いでいました。

 

そして、ふと、このタイミングで会う必要はなくなったかもと感じました。

 

「返信を貰ってから、私の中でずっとアップデートが続いています。今回は会わなくても大丈夫みたい。また会いたくなったら、メールします。繋がりに感謝」とメールしました。

 

返事はなかったです。

 

でも、それがいいなと感じます。

 

 

 

こういう形の繋がり方もあるんだと、いつも気付きをもらいます。

 

ゆるやかに、互いに心地のいい繋がりを、周囲の人たちとも広げていけたらいいな。

 

未来が明るくなるように祈っています♪

 

子どもの頃から、年下の子の世話を焼くのが好きでした。

 

2歳下の双子の弟たちには鉄拳制裁をしていましたが、同じ団地に住む年下の子たちには優しく接していました。

 

トレードマークは、斜め掛けの小さな鞄。

 

誰かがケガをした時、手当てをするために、ハンカチ・ティッシュ・絆創膏が入れていました。

 

小さき者には、愛情深かったです。

 

将来の夢は、6歳の頃からずっと「やさしいママになること」でした。

 

 

 

34歳で念願の母になり、それからは怒涛の子育ての日々。

 

ふたつの宝物は日々すくすくと成長し、小学校卒業と同時に、見事親離れしました。

 

息子たちへは、食事さえ用意すればよくなったので、ボランティアで児童養護施設で小学生の遊びや学習のサポートをしていました。

 

息子たちが高校生になって、ふと、夫と一緒に暮らす意味を見いだせなくなり、即協議離婚を申し入れました。

 

離婚成立後、自宅近くの介護付き有料老人ホームで、正社員のフロントスタッフとして働き出しました。

 

 

 

介護系の資格は必要なしと言われて入社しましたが、自立型の施設とはいえ、入居者の平均年齢は、83歳。

 

リウマチの方の室内移動を介助することや、通院する方の付き添いで車椅子を押すこともあります。

 

当時の私は、車椅子のセットの仕方も分かりませんでした。

 

さすがにこれはまずかろうと思い、自費で初任者研修を受講しました。

 

理論と実技を3ケ月掛けて学びました。

 

 

 

その時、社会福祉士の方が講師として登壇する回がありました。

 

社会福祉士、初めて聞く資格名でした。

 

講師の方曰く、「社会福祉士は、社会生活をする上で困っている人をサポートする専門職です。対象は、児童、高齢、障がい、生活困窮など広範囲にわたります」とのこと。

 

私は、その時、目からうろこがドサドサと落ちました。

 

「え、困っている人を助けることが仕事になる職業があるの⁉私もそれしてみたい!」となったのです。

 

休憩時間に講師の方に色々質問すると、社会福祉士は国家資格であること、今の社会でとても需要がある資格であること、受験資格を得るのは色々なルートがあることを教えてもらいました。

 

初任者研修修了後、社会福祉士の受験資格を得る方法を調べ、社会福祉士養成講座を実施している専門学校に入学手続きをしました。

 

約2年間、働きながら社会福祉士の受験勉強に取り組み、無事に一発合格しました。

 

 

 

今は、児童相談支援員として週3日、非常勤職員として働いています。

 

実は、3月までは同じ職場で正社員で働いていましたが、肉体的・精神的なしんどさを感じていました。

 

3月に息子たちが自立し、私は一戸建てを売却、シェアハウスに転居しました。

 

必要経費が激減し、非常勤職員の給与で十分生活できるのではと考えました。

 

「今、自分に必要な経費だけ稼ぐ」というライフスタイルを、phaさんの「ニートの歩き方」という本で以前学習していた

ので、職場に正職員から非常勤職員への転換を交渉しました。

 

前例がないと渋られましたが、「じゃあ、転職します」と伝えれば、即応じてもらえました(わがままでゴメン)。

 

週4日休みになり、読書、映画鑑賞、小旅行、整骨院やチョコザップで健康維持、ボランティア活動など、やりたいことをどんどん実現しています。

 

うまくガス抜きしつつ、今の仕事を長く幸せに続けたいと思っています。

 

私のワークライクバランスは、今人生最高です!

先月から、シェアハウスでひとり暮らしを始めました。

 

めちゃめちゃ快適で、毎日、幸せを実感しています。

 

その理由は、家事から解放されたから、その一言に尽きます。

 

 

 

大型のシェアハウスは、共用スペースが充実しています。

 

こもれるワークルームや、大型テレビ・大きなソファやカウチ・座り心地のいい肘掛け椅子がある複数のラウンジなど、自室以外に居場所がたくさんあります。

 

空気清浄機、ウォーターサーバー、コーヒーマシン、レンジ、お盆、鍋敷きなどが各階に配置され、これあったらいいなという備品が、まさしくそこにあって、ポイント高し。

 

男女別の大浴場とシャワーブースがあり、朝はシャワー、夜は大浴場と使い分けができるのも嬉しい。

 

常駐の管理人さんが館内の清掃・整備をきっちりして下さるので、いつも気持ちよく利用できます。

 

 

 

それまでは、3LDKの一戸建てに20年間住んでいました。

 

初一戸建でした。

 

そこそこの広さの庭、たくさんの窓、フローリングの床、階段、風呂と2ケ所のトイレ・洗面台、3ケ所のバルコニー、キッチンの掃除をほぼひとりで担当していました。

 

また、屋根や外壁の塗装、エアコン・食器洗浄機・給湯器・ガスコンロ・冷蔵庫・洗濯機などの買い替え、Wi-Fiの切り替え、車の乗り替え、自治会活動など、全て背負っていました。

 

何か不具合があれば、調べて、比べて、見積もりとって、日程調整して、立ち合って…と、1年に1度くらい、何やかやと面倒が生じました。

 

 

 

駅徒歩5分のシェアハウスに住むに際し、まず車を手離す決断をしました(大阪は駐車場代が高い!)。

 

Wi-Fiはシェアハウスの共有のものを使用しています、携帯会社の切り替えも楽でした。

 

また、居室内や共用部の設備・備品に不具合が生じても、管理会社にお任せできます。

 

家事も面倒も手離して、それらがどれほど負担だったかに気が付きました。

 

そして、電気代・水道代・Wi-Fiが管理費に込みで、定額です。

 

この管理費でいいんですかとひれ伏したくなります。

 

 

 

シェアハウスにひとり暮らしで、月々の必要経費が大幅ダウンし、専門職として1日8時間、週3日働けば、生活費をまかなえるようになりました。

 

週休4日になり、毎日をそれはもう楽しんでいます。

 

 

 

ワンルームマンションと違って、共用スペースに行くのに必要なモノを持って館内歩く必要があります。

 

休日の夜Wi-Fiの速度が落ちることも、時間帯によってキッチンが混むこともあります。

 

「使用後は元に戻す」「退室時は電気・エアコンを切る」といったハウスルールを守れない方々もいます。

 

多少シンク周りが汚れていても、電気やエアコンのスイッチがつけっぱなしでも、後始末しています。

 

ひとえに、管理人さんが辞めないように、管理費が値上がりしないようにという想いからですが。

 

こういうハウスルールを守らない他人と住む不自由さも、メリットを思えば許容範囲です。

 

 

 

現在、私は女性フロアに入居しているので、トイレや入浴時、Tシャツに短パン、ノーメークでウロウロできて、とてもありがたいです。

 

一度、バスタオルを巻いただけの若いお嬢さんに遭遇した時は、ビックリしましたが。

 

私の方が目のやり場に困りました、年代の違いを実感。

 

女性フロアはとても快適なので、今度転居する時は、女性専用のシェアハウスにしようかなと考えだしています(*^^*)。

 

 

 

家電や車、自転車やオフィスなど、所有しなくても必要な時に使用できればいいというシェア文化が根付いてきました。

 

メーカーなど企業は売上が落ちて困るかもしれないけれど、地球環境への負荷軽減につながるなら、もっと広がっていけば

いいなあと思います。

 

自立した息子たちは、各々、「友達ならまだしも、見知らぬ他人と住むのは無理」とワンルームマンションに居住中です。

 

潔癖な人は無理なのかしら?

 

さて、東京庭園美術館から、まっすぐディズニーパートナーホテルのオリエンタルホテル東京ベイに向かいました。

 

こんな豪華なホテルに宿泊するのは、10年ぶり。

 

19時頃のフロントは、ガラガラでした。

 

皆さん、ディズニーリゾートを満喫していますね。

 

 

 

事前調べによると、メイク落としからヘアオイルまで完備のアメニティコーナー、ソフトドリンク・ビール、スウィーツ・

スナックが頂けるウェルカムラウンジが、ロビーにあるとのこと。

 

部屋には、タオル、シャンプー、リンス、歯ブラシセット、パジャマ、コーヒー、湯沸かしポットなどがスタンバイ。

 

今回の旅行の手荷物は、通勤用のショルダーバックに収まりました♪

 

アメニティを1泊分頂き、ウェルカムラウンジでビールとナッツで乾杯しました♪

 

よく歩いたので、ビールがめちゃうま。

 

館内の英国パブHUBにも惹かれましたが、ウェルカムラウンジで満足してしまいました。

 

 

 

「ホテル着は22時半頃になります」と同室の2人から連絡がありました。

 

21時頃、大きなバスタブに金木犀の入浴剤を入れて、ゆっくりバスタイム♪

 

足も伸ばすことができるサイズながら、さほど待たずにお湯張り完了。

 

シャワーの水量も強くて、一流ホテルって、やっぱり快適です。

 

ベッドの寝心地もサイコーでした。

 

 

 

翌朝、5時半頃に起き、シャワー後、窓外の景色を見ながらモーニングコーヒー♪

 

ビュッフェスタイルの朝食は、ロビーに面するレストランで、6時半スタートです。

 

できるだけ音を立てないように気を付けながら、荷物をまとめ、6時20分にエレベーターに乗り込みました。

 

朝陽が差し込むレストランの広い4人席で、朝食開始です。

 

 

 

和洋中、美味しそうな料理が並び、目移りします。

 

しぼりたてオレンジジュース、できたてミニハンバーガー、パンプディング、ヨーグルト、牛乳からスタートしました。

 

できたてのハンバーガーが、おいしかったです。

 

アヒージョとチアシードは、今回、生まれて初めて食べ、おかわりしました(*^^*)

 

和洋中食べたいものを少しずつ頂き、1時間後、腹8分で撤退。

 

50代後半でようやく、腹八分でビュッフェを切り上げられるようになりました。

 

 

 

新浦安駅から乗り込んだJR京葉線は、すし詰めを覚悟していましたが、驚くほどすいていました。

 

新木場駅後、シートに座れました!

 

30年前、東京で朝の通勤電車に乗り込み、乗車率180%を体験したことがあるので、ビックリです。

 

今はフレックスタイムやリモートワークのおかげで混雑していないのかな。

 

現在は、大阪の方がひどい状態です。

 

 

 

さて、次なる目的地、豊洲のチームラボのデジタルアートミュージアムまでスムーズに移動できました。

 

入場者を見渡すと、8割くらいはヨーロッパ系と思われる白人の方々で、子ども連れのファミリー多し。

 

1割がインドなどアジア系、残り1割が日本人という感じです。

 

説明の際、最初に英語、次に日本語で、「ここ、日本だよね?」と感じるほど、アウェイ感がありました。

 

デジタルを駆使した拡張空間で、安全だと頭では理解しているのに、肝が冷えるような体験をしました。

 

「マトリックス」やノーラン監督作品、大阪万博シグニチャーパビリオン、落合陽一さんの「null²」が思い浮かびました。

 

館内は、エリアごとに特徴があり、水に足をつけたり、寝転がったり、運動したり、様々な感覚を味わいます。

 

見慣れた事物も、見せ方を変えることで、別世界にいるような感覚になります。

 

館内に2時間いると、一旦外に出たくなり、Open₋Airエリアで小休止しました。

 

外部エリアに出ると、夜の展示も観てみたくなりました。

 

 

 

上京する時は、用事があって出かけるので、今までゆっくり東京を楽しんだことがありませんでした。

 

今回は、ほぼ1日半、自由行動ができ、好きな場所を訪れることができて、ホントーに楽しかったです。

 

次の欲望も生まれてきたので、近々東京を再訪します。

 

 

 

東京は、私にとって、多情な恋人みたいな場所です。

 

色々な意味で自由な東京に疲れ、もう別れようと思うものの、魅力的なのでつい会いに行ってしまう…みたいな。

 

ずっと一緒にいる結婚相手ではないのは分かります。

 

次来る時は、もう少し、安らぎを感じる所に行ってみよう、明治神宮とか皇居とか⁉

先週、職場の社員旅行で、東京に1泊2日で行ってきました。

 

決まりごとは、往復とも新幹線の予約席でかたまって行くこと、オリエンタルホテル東京ベイに3~4人の相部屋で宿泊す

ること、1日目ディスニーランドかシーに団体購入チケットで行くこと。

 

この通知を見た時、私は早速、5月日程の社員旅行に申し込みました。

 

6月、7月の日程もありましたが、早く東京に行きたい!と思ったからです。

 

 

 

中学・高校時代の私がこの行動を見たら、即止めると思います。

 

「あんた、死ぬほどマイペースなくせに、自ら進んで社員旅行に参加しようなんて、絶対後悔するよ!」と。

 

 

 

参加理由はふたつ。

 

ひとつめは、自己負担1万円で、新幹線往復、ディズニーパートナーホテル宿泊(朝食ビュッフェ他特典てんこもり付き)が付いてくること。

 

ふたつめが、「憧れの東京庭園美術館を訪問する」、「チームラボ プラネッツTOKYOを体験する」が可能なこと。

 

 

 

今回は、1日目について、書きます。

 

全員で舞浜に移動し、イクスピアリ・ブッフェレストランでランチ後、いよいよ自由行動開始。

 

私は、義務を果たすべく、まず、ディズニーランドに入場しました。

 

シンデレラ城が見えてきても、もう、ワクワクを感じなかったですー。

 

パレードが始まったので、手を振って、最後尾のミッキー&ミニーの見送りまでして、退場。

 

テーマパークにも定年制度があることを実感しました。

 

 

 

それから、JRで目黒に移動します。

 

JR目黒駅から徒歩10分弱で、東京庭園美術館のチケット売り場に到着します。

 

8年前にこちらの美術館を旅行雑誌で見掛けて以来、ずっと訪れてみたいと思っていました。

 

東京は、常に工事中で、高層ビルが乱立していて、行き交う人は忙しそうで、交通網は複雑怪奇で、私にはハードルがとても高い。

 

人口を半分にして、青空と緑を倍にしてくれたら、もっと好きになるのですが、日本の首都はそうは言っていられないのでしょうね。

 

 

 

東京庭園美術館は、2階建ての本館と、平屋の新館ギャラリー、異なる趣の庭園からなります。

 

現在、「アニマルズ in 朝香宮邸」を絶賛開催中です。

 

まずは、本館1階から入場し、元朝香宮邸の見学からスタートします。

 

アールデコのしつらえに、何度も悶えました。

 

今回、私が最も気に入ったのは、本館の天井からぶら下がった電灯の数々。

 

重厚な造りの建物、家具とインテリア、調度品のバランスが絶妙な美しさで、素晴らしいのひとこと。

 

しかし、この邸宅を維持しようとしたら、毎日大掃除だなーと庶民レベルの心配が湧き、ここは住む所ではなく眺める所だと勝手に納得しました。

 

 

 

そして、「アニマルズ in 朝香宮邸」という企画展へ。

 

こちらも見ごたえ十分でした。

 

こんなに動物の彫刻をじっくり鑑賞したのは、初めてです。

 

フランソワーズ・ポンポンという彫刻家の名前と作品の特徴を覚えました。

 

彼の作品は、無駄な装飾をそぎ落とし、その動物本来の無垢さをさらりと表現しています。

 

愛らしいたたずまいに、思わず笑みがこぼれました。

 

なんだかずっと観ていたくなります、そして動き出すんじゃないかと想像してしまいました。

 

 

 

最後に、趣のある日本庭園と、いくつかの彫刻が配置された西洋庭園をゆっくりと1周しました。

 

1体の彫刻に、どきりとしました。

 

大ケガして全身包帯だらけの人が背中合わせに座っているような作品があったのです。

 

物騒な今の世界情勢に一瞬思いを馳せました。

 

 

 

東京庭園美術館、私、すっかりファンになりました。

 

入場料千円は、リーズナブルすぎます。

 

これからも、企画展のチェックを欠かさず、ピンと来たら、ふらりと夜行バス+新幹線で東京まで出かけよう。

 

他にも、根津美術館や旧古河邸など、訪れたい場所も見つけました(*^^*)。

 

お気に入りの場が増えること、実際にそこに訪れることは、自分の心がふわんと柔く膨らむような心地がします。

 

この気持ちが、幸せなのでしょうか♪

 

大阪・豊中に住み出して、早1ケ月と10日が過ぎました。

 

3月まで住んでいた高槻、住み心地よかったんですよ、マジで。

 

山が近くて、川が流れていて、鹿やかるがもの親子がまれに近辺に現れて、でもバスに乗って10分下れば高槻駅で、そこから約15分で大阪駅に到着♪

 

水道管の老朽化が話題になると、全市あげて順次水道工事行うなど、長期安定政権の市長は、仕事が速い。

 

道路整備に積極的で、渋滞頻発ポイントは順次解消に向けて拡張工事を実施、子連れドライバーとしては大変ありがたかったです。

 

そう、高槻市は、適切な道路整備をしているので、幹線道路がまっすぐで、どこに向かっているかが分かりやすかったんですね。

 

 

 

ところが。

 

豊中は、「道路整備を置き去りにしていませんか」レベルの魔都です。

 

大阪府の中で、大阪市、堺市、東大阪市に次いで人口が多い、40万人都市にもかかわらず、区画整理できていないごちゃごちゃした古い町並みがわんさか残っています。

 

自転車で走り回っていると、行き止まりになったり、行きすぎたりで、引き返すこともしばしば。

 

内科、耳鼻科、整骨院、図書館、チョコザップ、スーパーを求めて、休日ごとに絶賛探索に出かける私、グーグルマップがなかったら、シェアハウスへの帰還も難しいかもしれません。

 

なのに、新しい街を探索するのは、心の底から楽しい!!!

 

感覚で走るのは、全く効率的ではないのだけれど、私の頭の中に脳内麻薬がドバドバ生じます。

 

子どもの頃、自転車で行けるところまでまっすぐに走り続けた時のような感じです。

 

日本では、曲がった先にヤバい奴がいる確率は限りなくゼロに近いので、道が狭くなっていっても、日が落ちてきても、安心して突き進むことができます。

 

普段、合理的であることを至上としている私が、ほろ酔いくらいのテンションで、豊中市内をウロウロしています。

 

 

 

今まで訪れた街の中で、私の好みドストライクベスト3は、1位 ベニス(イタリア)、2位 ブレーメン(ドイツ)、3位 尾道(日本)です。

 

3都市とも、コンパクトでありながら、天然の迷路で、目的なくブラブラしていて飽きない街です。

 

しかも、今は、5月。

 

青空のもと、新緑の葉、白・紫・ピンク・黄色・赤の花が咲き乱れているというおまけ付きです♡

 

強い日光に干からびそうですが、夏が到来する前に、豊中の地理を理解するぞーと燃えています。

 

 

 

非日常が日常になる頃、なじみの場所ができていたり、図書館の休館日や営業時間が頭に入っているのでしょう。

 

豊中に引っ越す時には、「1年ごとに引っ越すぞ、そしたらずっと旅気分でいられるもんね」と考えていましたが、マイナンバーカードがある今でも、引っ越しは意外に面倒でお金もかかります。

 

3年から5年に一度くらいの引越しが、これからの私には、ボケ防止上ちょうどいいかもしれません。

 

 

 

君たちも、新しい街を、是非ドラクエの勇者気分で、探険してみてね。

 

気になる人がいたら、話しかけてみると、新しい冒険の旅が始まるかもよ~。

小さい頃から、よく「変わっている」と言われました。

 

母は専業主婦でしたが、ほったらかしで育てられたからかもしれません。

 

常識やマナー、家事や人付き合いについて、きちんと教えてもらったことがありません。

 

中学生になると、母の外出先でのふるまいを恥ずかしいと思うこともありました。

 

向き合って、話を聴いてもらったことも、母の考えや想いを聴いたことも、ありません。

 

悩み深き思春期に、読むことと書くことで自分自身と折り合いをつけたからか、人付き合いは苦手でしたし、時間の無駄と思っていました。

 

 

 

会社に入ると、「社会人としてのフツー」が分からなくて、苦労しました。

 

先輩の女性社員が、化粧する必要性、お茶の淹れ方、敬語の使い方など、優しく教えてくれました。

 

上司や先輩が、仕事のやり方、心構え、人付き合いについて、私のペースに合わせて指導してくれました。

 

20世紀の会社は、真っ白な新入社員を手間暇かけて1人前に育てる余裕がありました。

 

 

 

それでも、「目上の人を立てる」、「場の空気を読む」等当たり前のことができず、周囲をハラハラさせることがあったと思います。

 

入社してゴルフを始め、1年後に社長を始めとする役員が参加するコンペに出場したり。

 

会長に書道の指導をしている書家の先生が、私が所属する人事部の女性社員を料亭にご招待下さった時、「マナーに自信がないので」という理由で断ったり。

 

1週間帰り道に待ち伏せするストーカーに、大通りで、「二度とその面見せるな」と大声で怒鳴ったり。

 

義父母に二世帯同居を強要された時、「あなた方とひとつ屋根の下に住むのは無理です。それくらいなら、離婚します」と

面と向かって宣言したり。

 

「お茶しませんか」と毎月lineしてくるママ友に、「私があなたとお茶行きたいなーと思った時、連絡するでもいいですか」と返したり。

 

 

 

…昔のことを振り返って気が付きましたが、本心丸出しで生きてきたんですね、私。

 

この点について、下の子に感想を求めたら、

 

「ホント、母さん、俺の想像以上に、図々しい生き方してきてたんやな…」と言われました。

 

…図々しいのだろうか?

 

素直ではなく?

 

 

 

私が結婚相手に求めた3番目の条件は、「親にきちんと育てられた、社交的で良識のある人」でした。

 

息子たちは、元夫と16年一緒に暮らしたからか、常識的な振る舞いができる立派な大人になりました。

 

育ちの良さは一朝一夕には身につかないので、その点はホントに元夫に感謝。

 

来世では、母になる予定がないので、面白みがない元夫をパートナーには選ばないのですが。

 

 

 

私は、人生で、自分の考えや想いを尊重することが最重要と思っています。

 

他人や周りの人に、「変な人」「非常識」と思われても、自分がやりたくないことはやらなくていい方法を必死に探します。

 

世界は広くて、多様な文化や考え方、人々が存在します。

 

自分を殺してその場にとどまる必要はありません。

 

自分の意見を表明して、納得いくまで話し合って、それでも無理なら移動したらいいのです。

 

移動しまくっても落ち着き先がないようなら、自分をアップデートするタイミングなのかもしれません。

 

自分らしく生きていい現代に生まれたのだから、安易に妥協せず、しぶとく、図々しく生きるのは、アリだと私は思います。

 

私は、ひとりご飯が大好きである。

 

他人と一緒に食事するのって、面倒くさくないですか?

 

まず、何を食べるかのすり合わせ。

 

予約の有無と誰が予約するか。

 

食べるスピード、話す内容、トイレに行くタイミング。

 

別会計対応をしてもらえない時の会計後のやりとり。

 

私は、食事を味わうことに全振りしたい!

 

小腹満たしたら、少し小休止して、カフェオレを飲みたくなる。

 

そんでもって、持ってきた本の続きを少し読みたい。

 

つまり、マイペースに食べたり飲んだりトイレに行ったり窓外の景色を眺めたい。

 

許されるなら、ソファに横になって、天井を堪能したい。

 

コロナ禍後、ファミレスでさえぼっち席を用意し、注文はタブレット・会計もセルフの飲食店が増えてきて、いい時代になったと心底思います。

 

 

 

小学校までは、家では家族と、学校では数人で机を引っ付けて、わいわいと食事をしていました。

 

目の前の男子を笑かして、給食の牛乳を噴き出させるとかしていました(酪農家の皆さん、貴重な牛乳を無駄にしてすみません)。

 

中学生以降は、家庭ではテレビを観ながら、学校では読書しながら、食事をするようになりました。

 

社会人になると、カラオケの楽しさとお酒の味を覚え、飲み会に参加しまくっていました。

 

あの頃は、絶賛婚活中で、人生イチ社交的でした。

 

育児中は、筋道もオチもない子どもたちの話を聴きながらもぐもぐタイム。

 

それはそれで、とても楽しかったです。

 

 

 

子どもたちも大きくなり、コロナ禍を過ぎ、職場でも家庭でもお出掛けでも、ひとりご飯することが多くなりました(嬉)。

 

外食する時は、吉野家、焼肉ライク、ガストがお気に入り。

 

そんな時、家の近くの図書館で、おススメ本コーナーに展示されていた本の表紙が目が留まりました。

 

タイトルは、「ロイヤルホストで夜まで語りたい」。

 

ロイヤルホスト?

 

そういえば、時々目にするけれど、一度も入ったことがない。

 

夜まで長居したくなるようなファミレスなんだろうか。

 

私は、その本を手に取り、貸出し手続きをしました。

 

 

 

…読了した結果、ロイヤルホストのメニューを体験したくなりました。

 

早速、近くのロイホを検索し、翌日昼過ぎに万全の態勢で出かけました。

 

結論から言えば、初回ですっかり、ロイホファンになりました(チョロい)。

 

内装、接客、料理や飲み物の味、雰囲気が想像以上でした。

 

再三「ロイヤルホストで夜まで語りたい」で出てきたコスモドリアのスペシャルランチ、オニオングラタンスープにアップグレードで、注文しました。

 

ランチについているソフトドリンクバーがまたいい。

 

カフェラテもココアも、甘すぎず、本格的な味わいでした。

 

食後のデザートはお口直し程度でしたが、その少しの甘さが、よい〆になります。

 

ファミレスというより、洋食屋さんの味に近い。

 

お会計は、ガストよりはチョイ高かったけれど、満足度を考えれば、ロイホに軍配があがります。

 

客層も、ハイソで、学生や赤ちゃん連れのママ友軍団もいません。

 

店内は上品なクラッシックのBGMと、さざ波のような話声が流れていました。

 

マネージャーさんらしき長身の男性が、各テーブルをさりげなく眺めながら、ゆっくり店内を一周されていたことにも、ビックリ。

 

ファミレスでは見たことがない光景が、そこここにありました。

 

 

 

「ロイヤルホストで夜まで語りたい」の中で、印象的だった言葉。

 

「行きたい時にロイホに行ける、それくらいの稼ぎがあればちょうどいい」

 

うん、確かに、そんな晩年を目指したいなと思いました。

 

 

 

今度は、平日の14時頃、窓際のボックス席で、オムライスか、シーフードドリアのスペシャルランチを食べたいな♪

 

そして、食後は、ドリンクを飲みながら、2冊くらいゆっくり本を読もう。

 

最高の昼下がりになりそうな予感がします。

 

ロイホでのひとりご飯は、ホントに楽しいよ!

 

おとといから、声が出にくくなり、咳が出るようになりました。

 

ああ、これは、身体の限界を超えたサインだなーと理解しました。

 

フルタイムで働きながら、息子たちの尻を叩き荷造りさせ、3件の引越し、ライフラインの停止、スマホやWi-Fiの切り替え、不要なモノの処分と、ずっと頭も心もフル稼働で、心身が休まる時がありませんでした。

 

年明けから、観たい映画を何本か見逃しましたし、日帰り観光さえしていません(泣)。

 

4月になった途端、それらが完了し、働き方も週3日にペースダウン、気が緩むと身体が悲鳴をあげ始めたようです。

 

新しい街で評判がよく通いやすい耳鼻咽喉科を見つけ、昨日、受診しました。

 

声がほぼでなくなっていたので、受付の方や先生とは、人生初の筆談をしました。

 

声帯の状態を確認し、必要な処置と処方をして頂き、真面目に薬を服用したら、今日は聞き取りにくさはあるものの、話すことができるようになっていました。

 

当たり前にできていたことができなくなって、初めて、何不自由なく行動できるありがたさを実感しています。

 

1週間もすれば、おそらくその実感も跡形もなく消えるのですが。

 

 

 

6歳で、将来の夢を定めました。

 

それは、「やさしいママになる」こと。

 

下町育ちの私は、ここから出ないと、「ママ」にはなれないと考えました。

 

よい結婚するためには、大学進学して、大企業就職するのが近道。

 

「ザ・おかん」の母に、「大学に行きたい」と伝えると、「弟が2人おるから、私立大学も、塾も予備校も無理、参考書と問題集代は出すから、自力で頑張れ」と言われました。

 

それから、自分のために勉強を続けました。

 

そのおかげで、経済力のある元夫と結婚し、「やさしくて怖いママ」に無事になることができました。

 

幼い頃の夢を、執念深く追いかけて実現したことは、素直によくやったと思います。

 

けれど、もし、今の記憶を持って赤ちゃんの頃からやり直せるなら、受験勉強ばかりではなく、自分の心身について学び、十分なケアに励むでしょう。

 

 

 

例えば、

 

栄養のバランスを考えて食べる(お菓子でお腹いっぱいにしない)。

 

しっかり眠る(電気つけっぱなし寝落ちしない)。

 

丁寧に歯磨きをする(1分ではきれいに磨けない)。

 

目を大切にする(暗いところで読書しない)。

 

肌の手入れをする(化粧を落とさず寝ない、保湿をしっかりする)。

 

女性の身体の仕組みを知る(40代で膣の位置を知るってどうなの)。

 

自己覚知に励む(感情に振り回されない)。

 

 

 

今も絶賛取組中ですが、この年齢からでは取り返せないものがたくさんあります。

 

この数日で体験したように、心身が健康であることは、当たり前ではないのです。

 

明晰な頭も、軽やかに動く身体も、シミひとつない肌も、つやつやの髪の毛も、虫歯のない歯も、徹夜してもびくともしない気力・体力も。

 

まあ、たまには甘いものをバカ食いしたり、大酒飲んだり、タバコを吸ったり、そういう自傷行為は楽しいですけれどね。

 

 

 

きっと、私が若い頃も、周りの大人の人が、こういうこと、言ってくれていたんだろうな…。

 

でも、ピンと来なくて、50代後半になって切羽詰まってようやく取り組む今です。

 

その後悔の念もあって、この記事を書いています。

 

たったひとりでもいいので、必要な人に届けばいいなあ。

 

 

 

そうそう、今回の不調で改めて気付いたこと。

 

少し声を出しにくいくらいが、おしゃべりな私にはちょうどいいかもということ。

 

何事も、体験には意味があるのかもしれません。