私は、物心つく頃から、とても合理的な子どもでした。
何かする時には、きちんとそれをする理由を認識していました。
食べるのは、お腹がすいたから。
外で大勢の子と遊ぶのは、その方が楽しいから。
怒るのは、思い通りにならないから。
大人の前で「いい子」になるのは、その方が得だから。
家族の前では暴れん坊でしたが、外では「弟や小さい子に優しい女の子」を演じていました。
ポシェットをいつも斜め掛けして、その中に、ハンカチ・ティッシュ・絆創膏を入れていました。
我ながら、無意識にあざとい(*^▽^*)
祖父母やおじおば、両親の仲人夫妻(祖父母と同じくらいかわいがってくれていた)、ご近所の人や、商店街の人、学校の先生などなど。
目の前の大人が、私にどう振舞って欲しいと思っているか。
それを感じ取り、できる範囲で応える。
笑顔で挨拶し、物おじせず適度にわがままを言い、それをきいてもらったらお礼を言い、次に会った時にも感謝する。
大人の転がし方を心得た小学生でした(*^▽^*)
この時の経験は、大人になって本領を発揮します。
新卒で入社した大企業でも、目上の方々には、かわいがってもらいました。
上司とふたりでホテルの高級バーに飲みに行っても、8割彼の昔の苦労話、2割私への指導という塩梅で、カクテルがめちゃうまかったです♪
社会人として、最低限の常識やふるまいを身に付けることができたのは、最初の会社の上司や先輩方のおかげです。
ひと世代上の、真面目に仕事をし、子どもを育て、税金を納めてきましたという方々に、今でも、私は親和性があります。
彼らの喜ぶツボが分かるのは、小さい頃からの経験値のおかげです。
彼らの人生がよりよくなるようにという立ち位置で、本心からアドバイスするので、ガッツリ信頼されるのかもしれません。
大きなお金が動くような決断の時も、「あなたの言うとおりにするから、どちらがいいか決めて」と言われることがあり、正直戸惑います。
他人の人生の責任を負うことはできないからです。
自分自身が還暦が近くなってきたので、決断することが怖いと感じる気持ちには共感はします。
「どんなに時間がかかっても、どんな選択をしても、自分自身が出した答えなら、きっと大丈夫ですよ」と、ご自身で決めるよう促します。
そういうスタンスで、仕事をしている話を弟にすると、
「そういうとこ、ねーちゃんがお客さんに信頼されるところじゃね?でも、ねーちゃんが投資話持ちかけたり、水晶売ったら、すぐ億万長者になれるで」
と、弟が宣う。
「いやいや、非合法な手段は、私にとってはリスクでしかない。間違いなく、後悔する。息子たちを人質に取られない限り、しない」と私。
「もったいないなー。教祖とか詐欺師になったら大金持ちになれるのに。おれ、運転手と荷物持ちするし」
と、重ねて言うので、
「しつこい!お金は、まっとうに働いて稼ぐのが一番やで」
と黙らせました。
まだナビがなかった20代の頃、田舎にドライブに行き、道に迷うと、沿道のおうちをピンポンして道を訊いていました。
そういう時、「お昼食べていき」「お茶飲んでいき」と、アニメ「日本昔ばなし」に出てくるようなおじいさん、おばあさんによく誘われました。
そこから思いついて、将来、お金に困ったら、車で田舎を回って、高齢者世帯のおうちをピンポンして、家事・買い出し・送迎する代わりに無料で食事付きで下宿させてと頼もうとひっそり考えています。
昨今は、そこここで、クマが出没するので、このもくろみは命がけになるかもしれませんが。
例え無一文になっても、頭を振り絞って考えれば、まっとうに生きていくことは可能だと思っています。


