愛を行動で表わす生活をしています(*^_^*)

愛を行動で表わす生活をしています(*^_^*)

自分の大好きなことをして、会いたい人と一緒の時間を過ごす毎日は幸せです。日々の暮らしを通して感じたことを表したいと思います。

人生で一度でいい、自分の納得のいくモノを生み出したいと悪戦苦闘中です


それは、料理かもしれないし、小説かもしれないし、ペンダントかもしれません


様々なことを感じながら、毎日を丁寧に過ごしています

人生で絶対に叶えたいことを初めて自覚したのは、6歳の頃。

 

保育園の卒園式前に、短冊がひとり1枚配られ、先生から「将来の夢」を書くように言われました。

 

真剣に考えた末、弟たちにかかりきりで私をほったらかしの母への不満をこめて、「やさしいママになる」と書きました。

 

私の短冊を見て、「あんたには、キャリアウーマンになって欲しいねんけどなー」と母に言われました。

 

母の発言を聞いて、「おかんの思い通りにはならないもんねー」と思っていました。

 

 

 

男女雇用均等法施行4年目に、22歳で総合職として就職し、27歳で結婚。

 

会社側からは、「結婚しても出産しても是非総合職で働き続けて欲しい」と慰留されるも、子作りに専念したいと30歳で退職。

 

派遣社員としての継続雇用も打診されましたが、丁寧に辞退しました。

 

 

 

その後、2年間努力したものの、妊娠に至らなかったため、夫婦で不妊外来を受診し、検査を受けることにしました。

 

25年前は、大阪でも、通える範囲に不妊外来が3ケ所しかなく、口コミでチェックして、最も近いクリニックに片道1時間かけて、夫婦で出かけました。

 

9時20分頃に駐車場に車を入れ、受付に行くと、クリニックは既にだだ混み。

 

入り口で受付番号を取って、番号順に呼び出されるまでひたすら待つシステムでした。

 

受付の方に想定の待ち時間を尋ねると、「およそ2時間半くらいで、外出は自由です。ただし、お呼びした時にいないと、後に回されます」と言われたので、夫婦で待合室にいることにしました。

 

待合室の患者さんは、30代前半から40代後半の方々で、およそ20人くらい。

 

単独の方、ご夫婦で来られている方、親族同伴の方と色々でした。

 

 

 

あまたの検査を受け、ようやく診察室にて担当医から、夫婦とも特に問題はないことと、今後の治療計画について説明を受けました。

 

ザ・理系な担当医師は無神経で、「特に機能的な問題はないですね、精子と卵子の相性が悪いのかな、相手を変えたらすぐ自然妊娠するかも」と宣いました。

 

あまりな言い草に、唖然としていると、すかさず、医師の横にいた助産師さんがフォロー。

 

「女性が最も妊娠しやすいのは、20歳前後なんです。30歳、35歳、40歳と、ガクガクと妊娠率は落ちます。高齢出産だと育児と親の介護が重なることもあります。30代前半に受診したのは英断ですよ」

 

「結婚適齢期は知っていたけれど、妊娠・出産適齢期は知らなかったよー」と叫びたかったです。

 

受診しながらの1年間の治療期間は、身体的にも、メンタル面でも、私の人生イチしんどかった時期です。

 

だから、無事に妊娠・出産できた時は、ホントに嬉しかったし、「やさしいママになる」と誓いました(画像は、産まれたての息子たちおイメージです☆)。

 

 

 

思春期に最も学ぶ必要があることは、数学でも英語でもなく、自分の心と身体と性についてです。

 

少なくとも、私が思春期の40年前は、親からも教師からも、性教育をきちんと受けた記憶がありません。

 

保健体育の授業で、生理や精通を知識として教えてもらいましたが、セックスに関しては藪の中でした。

 

現在は、性に関する授業が小学生の頃からきちんと行われていると聞きます。

 

それでも、望まぬ妊娠や不妊の悩みはむしろ増加している気がします。

 

 

 

能動的に人生を創っていくために、自分の身体や心、性に関心を持って下さい。

 

自分が選択肢を持っていることに気付いて欲しいです。

 

そうしてようやく、自分の人生を生きることができます。

 

失敗してもいいから、自分で未来を選択すると、後悔が少なくなります。

 

生きることを楽しんで欲しいなと思います。

 

 

 

 

約20年前、ファミレスが、家族か友人、恋人など、誰かと出かけるところだった頃。

 

2歳半の双子の息子たちを連れて、自宅から車で10分くらいのベーカリレストランに、夕食を食べに出かけました。

 

この日が、息子たちの外食デビューでした。

 

息子たちの着ていた洋服や様子、食べたメニューまでハッキリと覚えています(自分や元夫についてはうっすらですが☆)。

 

 

 

日曜日の午後6時頃、店内はほぼ満員で、私たちが食べ始めた頃には、ウェイティングがかかっていました。

 

2つほど隣のテーブルには、40代と思しき女性がひとりで着席して、食事をしていました。

 

最初、お連れの方はトイレなのかなと思ったのですが、テーブルの上には、ひとり分の食事しか提供されていません。

 

家族連れやカップルで埋め尽くされた店内で、細身で上品な装いのその方は、まっすぐ前を向いて、メインの料理を赤ワインと共に上品に召し上がっていました。

 

私が彼女なら、この日時、ここには来ないなと思いました(余計なお世話)。

 

彼女の事情をあれこれと妄想しかけましたが、ハイな息子たちのおかげで、母親モードにバチンと切り替わりました。

 

デザートを食べて大満足の息子たちがうつらうつらし出した頃、ふと見ると、彼女はもういませんでした。

 

 

 

なぜ、そんなに衝撃を受けたんだろう。

 

今、振り返ると、彼女は未来の私かもと感じたのかもしれません。

 

ひとりでしゃんといられる彼女の強さへの憧れと同時に、孤独に対する恐れ。

 

羨ましい気持ちと、ああはなりたくないという想い、そして、自分はどういう道を行くのかという不安。

 

そういうものをハッキリ見たくなくて、私は即ふたをして、見てみないふりを決め込んだのかな。

 

 

 

息子たちが親離れした頃から、私のひとり時間は激増しました。

 

ずーっと我慢してきた、映画や美術鑑賞、日帰りのドライブに精力的に出かけ始めました。

 

彼らが中学生の頃は国内ひとり旅、高校生になったら海外ひとり旅に年に1、2回出かけました(離婚前、元夫が夜は在宅していました)。

 

思えば、2週間のインドひとり旅によく送り出してくれたと思います(感謝)。

 

帰国すると、買い置きしていた大量の冷凍食品やレトルト食品がすっからかんになっていて、笑えました。

 

現代なら、私がいなくても男3人生きていけるなと確信しました。

 

 

 

そして、離婚後すぐ、コロナ禍襲来。

 

人生初の学校のロックダウンを経験し、想定外の状況に粛々と耐える日々。

 

私と息子たちはコロナワクチンを打たずに、コロナ禍と大学受験を乗り切りました。

 

コロナ禍後、ファミレスにさえひとり席が設置されるようになり、おひとり様にとって生息しやすい環境に様変わりしました。

 

 

 

思い返せば、30年以上、家族以外と旅行したことがありません。

 

ひとり旅の時は、基本的にドミトリーに宿泊します。

 

旅行中は、トップギアの状態なので、たっぷりの朝食と遅めのランチの2食で元気に動けます。

 

ひとりで、周りの風景や他の人の様子、食事そのものを全身で味わいます。

 

 

 

旅でのソロ飯・ソロ外食がデフォルトになったのか、普段の外食もひとりがベストになりました。

 

誰かとしゃべりながらより、ひとりでひと口ひと口、味わいながら食べる方が性に合うようです。

 

ソロ外食の時は、ファミレスや回転寿司、お気に入りのカフェを使い分けています。

 

気を付けるのは、混んでいる曜日・時間帯を避けること。

 

平日、ランチタイムをはずしたら、ロイホで、4人掛けの窓際のテーブル席に案内され、ゆっくり食事して、気兼ねなく読書できました。

 

平日のランチタイムのスシローでは、テーブル席に案内してもらえて、ゆっくりお寿司を味わえました。

 

うまい酒と肴を食べたい時は、口コミをチェックして、カウンター席のある居酒屋に行きます。

 

カウンター席なら、混んでても気を遣わなくていいし、横の人と話が弾む時があります。

 

そして、年に1、2回、高級ホテルのアフタヌーンティや、有名レストランのランチに、予約して出かけます。

 

女性の私がひとりで来店すると、覆面調査員かも⁉的な対応をされたことがあります(全く違いますし、そんな舌も風格も私にはないです)。

 

心ゆくまで、食べることと場の雰囲気を堪能できるので、高級店ほどソロ外食がいいと、心底思います。

 

 

 

とうとう、ソロ飯・ソロ外食・ひとり旅時代に突入してきています。

 

私にとっては、とっても嬉しい変化(*^^*)

 

友達がいないわけではないのですが、今はひとりを満喫したいと思っています♪

 

 

「ピースボート」ってご存知ですか?

 

若者と大型客船が映る、「世界一周」「船旅」「ピースボート」と書かれたポスターを街中で見掛けるたび、若者が世界一周の船旅の中で国際交流するイベントだと思い込んでいました。

 

つまり、50代の私には関係ない話で、もし今20代に戻れたら、乗ってみたかったかもと思っていました。

 

 

 

それが、先日、まじまじとポスターを見たら、ピースボートの世界一周の船旅は、年齢不問であることに気付き、資料請求をしてみました。

 

早速届いたパンフレットによると、毎年3回、色々なルートや時期に世界一周船旅を開催していること、費用は宿泊する部屋によって大きく変動することを知りました。

 

また、早期申込みをすること、乗船前に簡単なボランティア活動をすることで、旅費の割引を受けることができるようです。

 

 

 

映画「タイタニック」の影響で、私は船旅を避けてきました。

 

昨今、日本でも、知床や沖縄で船の死亡事故がありましたし。

 

けれど、ピースボートの世界一周ルートのうち、アフリカ・南米・南極の船旅にハートを撃ち抜かれてしまいました。

しかも、あの南海の孤島「イースター島」のモアイ像付きです。

今までは世界一周航空券で世界一周しようと思っていましたが、船の世界一周は、すごく楽ちんだからとりま体験してみてはと、すとんと腑に落ちました。

 

すぐ電話して、直近の船旅説明会に申し込みました。

その際に、ひとり参加であることを伝えると、最近は、ひとり旅の方が4割近く占め、男女別のドミトリーを用意しているとスタッフの方から聞き、気が楽になりました。

ドミトリーの4人部屋なら、3ケ月半の船旅で、250万円くらいのようです。

 

小雨の中、いよいよ、船旅説明会に参加しました。

開催場所は、めちゃめちゃ非営利活動団体チックな大阪事務所です。

講師の活舌がイマイチで、聴き取りにくいところもありましたが、3パターンの世界一周の動画は素晴らしく、まんまと行く気になりました。

パンフレットの中で、船内で参加者と話しているウルグアイの世界一貧しい大統領 ムヒカさんがいました!

映画でムヒカさんを拝見して、ウルグアイまで会いに行きたいと思ったくらい尊敬しているので、もっと早くピースボートに乗っていれば…とすごく残念な気持ちになりました(ムヒカさんのご冥福をお祈りします)。

 

3パターンの世界一周の動画を観て、私はやはり、南米・南極・アフリカコースに心鷲掴みされました。

南海の孤島、イースター島でモアイ像を観たい。

リオのカーニバルで、南米のラテンのノリを楽しみたい。

この目で、南極を観てみたい。

アフリカの自然を全身で感じたい。

そういや、初海外旅行の行き先は、最初はケニヤのサバンナにしていました。

父に、海外旅行の費用全額出すから行先を先進国にしてくれと懇願されたので、アメリカにしたんだっけ。

次に行ったイギリスで、ヨーロッパの魅力にドはまりして、すっかりケニヤに行くことを忘れていました。

今回のピースボートの船旅で、アフリカに共鳴したら、次はケニアに乗り込みます。

 

船旅説明会後、私の旅の相談にのってくれたのは、40代の女性スタッフで、彼女は全ての世界一周コースを体験しているとのこと。

1番人気は、私が選んだ南米・南極・アフリカコースだそうです。

理由は、個人では行きにくい南極、南米、アフリカに行くこと、12月中旬からの3ケ月半の旅で、イベントが多く船上ライフが充実していること。

うーん、混むと嫌だな。

 

3ケ月半の世界一周の船旅で、下船後も付き合える友達ができたらいいなと思いました。

孤独を愛する私がこんなふうに思うこと自体が、ピースボートの魔法かもしれません。

麻雀卓があるので、もしかしたら乗船中は海も見ずにずっと打っているかもしれない☆

地球温暖化が進んでいる今、なるはやで南極は訪れたいです。

先日、仕事終わりに、職場の最寄り駅で、10人ほどのデモ行進を見かけました。

 

若い方からお年を召した方まで、手製のプラカードを掲げながら、大きな声で唱和しながら歩いていました。

 

 

 

直接、デモ行進を目撃したのは、生まれて初めてでした。

 

彼らは、通行人と何ら変わらない一般市民で、一番年配のおばあちゃまは、足元が少しおぼつかない感じでした。

 

なんだか、胸が熱くなり、一緒に行進したい気持ちになりました。

 

 

 

今の自民党は、オワコンです。

 

そんなに遠くない未来、自滅するだろうと静観してきましたが、はっきりNOと表明しないことは、YESと取られかねないと気付きました。

 

政治的な活動をすることは、1960年代の学生運動の名残りでタブーのように感じていたので、どのようにしたらいいのかと悩みました。

 

 

 

いきなりデモに参加するのは、ちょっと勇気がいります。

 

何より、暑いし、日に焼けるし、通行人に邪魔もの扱いされる時があるし。

 

国政政党の中で、初心者にも分かりやすく政治の話をしてくれそうなところはどこか考え、サンデー・ジャポンで見かける安野さんのチームみらいを検索してみました。

 

そしたら、「チームみらい全国キャラバン絶賛実施中」という告知にぶち当たりました。

 

ちょうど来月、関西方面に来てくれます!!

 

内容は、第1部がAI体験会、第2部が国政報告会だそうです。

 

今、AIと仲良くなろうと努力中で、これは神の采配なのかと思うくらい、ドストライクなイベントです。

 

スケジュールと照らし合わせて、早速申込みました♪

 

 

 

これからの50年は、日本が、世界が、大きく変動する時期になるでしょう。

 

今までは、政治は政治家という専門家に丸投げしていたら何とかなっていたのかもしれません。

 

けれど、もう、日本には、政治家が私腹を肥やすことに使える余裕資金はありません。

 

気候変動による災害や地震への備え、古くなったインフラの更新、生活困窮者への支援、旧態然とした制度の改革などやらなければならないことが山積しています。

 

仕事の関係で多少知識があるのですが、社会保険制度や税制も、複雑につくりすぎです。

 

「公平性を求めて」なのかもしれませんが、徴収する側が徴収される側を煙に巻いている感じがします。

 

間違って多く取られていても、控除されている本人が分からないなんて、変です。

 

また、条件に該当していたら自動的に控除するのに、給付が受けられるケースに該当しても、自ら手続きしないと給付を受けられないなんて、制度設計が悪徳業者みたいです。

 

大卒の新入社員が、自分の納める健康保険料、厚生年金保険料、税金がいくらかすぐ理解でき、何らかの給付が受けられる場合は、本人にその旨しらせるべきです。

 

そのためのマイナンバー制度だと思うのですが☆

 

 

 

政治家は、家業ではありません。

 

日本や世界をどんなふうにしたいかというビジョンを持った、心から政治をやりたい人が参入できるように、高齢の政治家たちはこぞって大反対するでしょうが、選挙のあり方を変えて欲しいです。

 

経済的なうまみがなくても、特権がなくても、政治に携わりたい人なら、政治家であること自体がモチベーションになるでしょう、きっと。

 

 

 

政治に関心を寄せるということは、日本の未来に責任を持つということです。

 

チームみらいのカンファレンスは、とりますごく楽しみにしています♪

 

いつまでも続くと思うな、平和な日本と、常々私は思っています。

 

 

私は、恋愛経験がありません。

 

結婚した理由は、恋愛をしたからではなく、ママになりたかったからです。

 

漫画や小説、ドラマで恋愛模様を眺めてきましたが、恋愛は「いずれ醒める蜃気楼みたいなもの」で、人生において、あってもなくてもいいオマケぐらいに思っていました。

 

そんな私が、ここで紹介する「美しい彼」を数年前に読んで、「恋愛っていいな、一度体験してみたいものだ」と思ったの

ですから、人生何が起こるか分からないものです。

 

 

 

「美しい彼」は、本屋大賞作家の凪良ゆう先生が描く、BL(ボーイズラブ)小説です。

 

葛西リカコ先生が描く表紙が、うっとりするほど美しいです。

 

想定通り、クラシック音楽のような美しい旋律が奏でられるのかと思いきや、どうしてどうして、想像を超える物語が紡がれていきます。

 

驚いたのは、主人公2人のキャラクター設定。

 

特に、平良は、吃音症の成育歴を差し引いても、特殊です。

 

小さい頃から、「変わっているね」「外国育ち?」「宇宙人?」と言われ続けてきた私でも、平良に出会って、自分が常識人だと自認できました。

 

そして、ヒロイン清居。

 

口が悪いわ、ひねくれているわ、偉そうだわ、暴力的だわ、その完璧に美しい容姿がなければ、間違いなく仲間外れにされていたでしょう。

 

でも、その本質は一途で、かわいくて、ちょっと不憫な子。

 

私は、あっという間に、平良と同じく、清居くん推しになってしまいました。

 

 

 

高2の春の始業式に教室で出会い、平良が清居にひとめぼれするところから物語は始まります。

 

この出会いのシーンがとても印象的で、「美しい彼=清居」だと刻み込まれました。

 

少しずつ2人の距離が近くなりながらも、不器用で、互いの「好き」という気持ちを伝えることはできません。

 

平良の奇妙な思考回路と、清居の素直になれないところが相まって、卒業式にファーストキスをするのに!、その後数年、会わない時間を過ごすことになります。

 

 

 

大学生になって芸能活動を始めた清居が出演する小劇団の舞台を、偶然が重なって平良が鑑賞し、清居への気持ちが再燃、清居のおっかけを始めます。

 

高校時代と変わらず、恋心丸出しの好意を清居に寄せるのに、具体的なアプローチをしてこない平良に、清居は次第にイライラしていきます。

 

しかし、大学生の清居が、高校時代の彼と異なる点は、数年間会えなかった故に、平良という存在の得難さを痛感しているところです。

 

清居は、平良と再び繋がるために涙ぐましい努力をします。

 

その甲斐あって、2人の関係は恋人のような雰囲気になりつつも、あまりに奇想天外な発想の平良に清居の堪忍袋の緒が切れ、結局破綻。

 

双方無味無臭の会わない日々を過ごす中、初めて、平良が行動を起します。

 

平良から清居に会いに行き、大喧嘩しながらも双方が本音を出して、ハッピーエンド♡を迎えました、ホントよかった…。

 

 

 

「美しい彼」は、運命の人に出会い、その人と共に歩むために自分自身の殻を破って結ばれる究極の恋愛成長物語です。

 

想いが通じ合うまでのゴタゴタが、カップルになった途端に消失し、その後のラブラブパートは、何度読んでも、私の干からびた心を潤してくれます、今まで感じたことのないような幸福感を覚えました。

 

ただこの2人、お互いへの理解がまだまだ不足しているので、ケンカになることもしばしば。

 

それもまた、お約束の愛情確認・醸成作業なのでしょう。

 

 

 

今作で、清居くんという推しができた私としては、推し活も、恋愛も、するものではなく落ちるものだと体感しました。

 

恋愛も推し活もしないまま穏やかに生きるのか、恋愛や推し活にどっぷりハマって喜怒哀楽満載の人生を送るのか。

 

それが問題なのかもしれません。

 

清居くん推しの私は、ドラマ・映画の「美しい彼」にも見事にハマりました。

 

清居役を演じた八木勇征さん、平良役を演じた萩原利久さんは、生まれて初めての生身の推しです。

 

八木さんが出演した舞台、「脳内ポイズンベリー」は大阪の大千秋楽に、「平家物語」は埼玉県大宮のソニックシアターまで行き、鑑賞しました。

 

どちらもサイコーによかったです(涙)。

 

お2人の写真集もカレンダーも購入し、各種SNSでもフォローしています。

 

推し活は、ホント、幸福感だけ、私に運んできてくれます。

 

恋愛にも落ちてみたいという想いもあるので、今後ご縁があることを祈っています♪

 

 

 

 

 

 

 

シェアハウス、なかなか楽しいところです。

 

ワンルームのひとり暮らしだと、外出しない休日は誰とも会わないことがあったかもしれませんが、シェアハウスでは1日1回以上誰かと出くわします。

 

下は10代の大学生から、60代のパートタイマーまで、色々な方々がいます。

 

大型のシェアハウスに決めた理由は、人間関係が密になりすぎなくていいなと思ったからです。

 

 

 

シェアハウス内で、朝食を味わうスポット、在宅ワークに最適な場所、寝転んで読書できるスペースを見付け、歯の矯正が完了する来年の年末まではここに住もうかなーと思い始めた矢先。

 

シェアハウスの所有者が変更になったという通知がエレベーター内に掲示されました。

 

「所有者変わるんだ、ふーん、この物件買うにはいくらぐらいのお金がいるんだろう」とふんわり想像してみたりしました。

 

 

 

1週間後、共同キッチンで朝食を作っていたら、20代の長身、白Tシャツの男の子に声を掛けられました。

 

「あの、洗濯機と乾燥機、今月末から有料化されるってご存知ですか?」

 

シェアハウスに備え付けの洗濯機・乾燥機は、今現在無料です。

 

自宅の時は、電気代が自己負担なので、私と息子たちの分を週2回洗濯していましたが、ここでは、電気代は定額の管理費に含まれているので、ひとり分をこまめに週3回くらい洗濯しています。

 

「今、洗濯機・乾燥機の有料化をやめるように嘆願書を作っていて。新しい所有者のやり方が一方的で急なので、弁護士に相談しようかと考えているんです」

 

「え、そんな大事にするの?」と私はビックリしましたが、口には出しませんでした。

 

「もし、同意してもらえるなら、嘆願書を取ってくるので、署名してもらませんか?」と彼は締めくくりました。

 

彼の持ってきた文書を読むと、洗濯機・乾燥機の一方的な有料化反対の嘆願書だったので、サインをしました。

 

「今夜、賛同してくれた人が集まって、話し合いをするので、良かったら来て下さい」と誘われましたが、そちらは丁重にお断りしました。

 

その日の午後、ラウンジで読書中に、30代後半とおぼしき女性にも洗濯機等の有料化の件で声を掛けられました。

 

「有料化するなら転居すると言っている人もいる」と聞き、洗濯機・乾燥機が有料のシェアハウスは珍しくないし、引っ越し費用や労力を考えると、短絡的じゃないかと心配になりました。

 

 

 

新しい所有者が、周知期間も設けずに、所有権移転ひと月以内に洗濯機・乾燥機の有料化を一方的に決定・実行しようとしたのは、まずいやり方です。

 

昨今の光熱費の値上がり、所有者にしたら、大変だったんでしょうね。

 

管理会社の担当者に問い合わせたら、「新所有者の意思は覆らないだろう、入居者との契約書上で問題にできないだろう」とのこと。

 

私は、これからはある程度洗濯物をためて洗濯しよう、乾燥機に関してはすぐ近くのガス式乾燥機10分100円のコインランドリーを利用してもいいかもと心づもりしました。

 

現在の年季の入った洗濯機・乾燥機が、新品のドラム式洗濯乾燥機になるのは大歓迎です。

 

 

 

嘆願書の送付後、新所有者から、一方的に値上げを決めたことの謝罪、値上げの理由(やはり光熱費の高騰を挙げていました)、半年の移行期間を設けるという文書が全戸に配布されました。

 

それでも、入居者の一部の方々は納得せず、集会を開いて、今後どういう手を打つか会議をしているようです。

 

親しく話す入居者の方も、「転居しようかな」と言います。

 

個人の判断なので止めなかったのですが、状況をよく吟味して決断して欲しいなと思っています。

 

 

 

血気盛んな入居者さんたち、「突然不当な変更をされた被害者である」と戦う気満々なのですが、どっちもどっちです。

 

入居時に渡されたハウスルースに記載された数々のお願い事項を守らない人が多すぎます。

 

無人なのに、ラウンジの明かりもエアコンもつけっぱなし(3日に一度は遭遇します)。

 

備品や共用スペースを、使用後元の状態に戻さない(毎日、日に何度も遭遇します)。

 

共用冷蔵庫の中に、賞味期限切れの食品や液体化している野菜を放置する(月に数回遭遇します、一番勘弁して欲しい)。

 

シャワーブースの排水溝やドライヤーコーナーの髪の毛を片付けない(ほぼ毎日発生します、勘弁して欲しい)。

 

まずは、入居者も、管理人さんにあまり負担を掛けないように、新所有者の経費負担を増やさないように、シェアハウスの運営に協力することが大切だと思います。

 

ひいてはそれが、私たちの快適な暮らしに繋がります。

 

義務を果たすことと権利を行使することは、表裏一体なのです。

 

こんなことを集会で言ったら、「売国奴!」と言われるのかな…。

 

 

 

 

学校時代、音楽は、実技教科の中で一番の鬼門でした。

 

楽器はリコーダーと鍵盤ハーモニカしか弾けないし、音符も読めない、音階も分からない。

 

カラオケでは、だいたいの音階で歌うので、曲中メロディーラインから半音上がったり下がったりします。

 

音楽の先生や、音楽が得意な子からは、「腹式呼吸のいい声だけど、微妙に音階がずれてるので、聴いてて気持ち悪い」と

言われました。

 

しかし、空気を読まない私は、音楽のテストでも校内の合唱コンクールでもアルトパートを堂々と大きな声で歌います。

 

 

 

中2の時、私のクラスは校内の合唱コンクールで優勝を目指して熱心に練習を重ねていました。

 

クラス担任の音楽教師は、「口パクをお願いできないか」とそっと私に頼んできました。

 

私はと言えば、練習でも本番でも、フツーに大きな声で歌いました。

 

結果は3学年24クラス中3位。

 

私の歌声が影響したのかは微妙なトコロです。

 

今だったら、口パクを頼む音楽教師は、大問題になるのではないかと思います。

 

 

 

新卒で入社した会社の新入社員歓迎会に参加した時の記憶も鮮明です。

 

初めての本格的な宴会に、テンション上がりました。

 

2次会は、貸切のスナックでカラオケ。

 

スナックも、カラオケも、生まれて初めてでした。

 

皆から「歌声聴かせて」と言われた私が入力した曲は、当時高視聴率のドラマ主題歌で、大流行していた「SAY YES」。

 

チャゲ&ASUKAという男性デュオが歌っています。

 

大好きで、当時めちゃめちゃ聴いていたので、歌ったことがなくても、私、カラオケで歌えると思ってしまったんですよね。

 

いやホント、実際すごかったです、音のはずし方が。

 

凍り付いた雰囲気の中、最後まで私が歌い切った後、給与チームのリーダーがボソリとひと言。

 

「俺の時は、音痴は2小節で演奏停止されたぞ。女子やから最後まで歌えたんや。この歌声は、伝説に残るな」

 

その後、私は、宴会前にはカラオケで歌う曲を練習するようになり、人事部の皆からは、「普通になって残念なような、嬉しいような」微妙な反応を返されました。

 

会社に入ってよかったことのひとつに、カラオケ好きになったことがあります。

 

今も、毎週1時間歌っています♪

 

 

 

音楽のとらえ方が変わったのは、元夫と付き合いだしてから。

 

彼は、幼少期からピアノとエレクトーンをしていて、絶対音感を持っています。

 

クラッシックコンサートに行くと私が毎回寝るので(あれは、子守歌ですよね⁉)、次第にフュージョンバンドのライブに連れて行ってくれるようになりました。

 

私は、歌声以外の音楽は伴奏とひとくくりにしていました。

 

Tスクエアのライブで、楽器だけでも音楽であることに初めて気付き、ひとつひとつの楽器の音色を識別できるようになりました。

 

元夫が言った「ドラムとベースが屋台骨なんだよ」という言葉、今は腑に落ちています。

 

音楽の聴き方が変わりました。

 

 

 

この春、ひとり暮らしになり、休日はのんびり過ごしています。

 

音楽を始めたいという気持ちは、昔からずっとありました。

 

今からなら、音階がなく、チューニングが必要ない楽器がいい。

 

行きついた先が太鼓系で、和太鼓かドラムで迷いました。

 

酷暑の今、室内で練習できるドラムがいいかなと、今月、ドラムの体験授業を受けに行ってきました。

 

1時間、めちゃめちゃ楽しく、あっという間に終わりました!

 

今は、地味な練習からスタートではなく、最初からメジャーな曲に挑戦させてもらえます。

 

教室で配布された練習曲のYouTubeを観ながら、ドラムのイラストを割りばしで叩いて練習しています。

 

ドラム続けるのは確定したので、近々スティックを買います♪

 

 

 

ああ、今10代に戻れたら、バンド組んで、ドラムを叩く青春を送りたい。

 

協調性ないから、バンドは無理かなあ…。

 

 

私は、少々変わった母親だったと思います。

 

3歳くらいまでは、彼らの健やかな成長をスローガンに滅私奉公していました。

 

肉体的なしんどさは、人生イチで、いつも寝不足でした。

 

 

 

彼らが小学生にあがって、学齢期になった時が、ひとつめの転換点でした。

 

ワンオペ育児絶賛継続中の私の中で、父親モードが発動しました。

 

つまり、「社会でサバイバルする方法を身に付ける」ことを教え始めたのです。

 

日常動作、勉強、お手伝い、遊びなど、全てがトレーニングになります。

 

親離れする10歳くらいまでは「ママ大好き♡」なので、それまでに基礎を固めたいと思いました。

 

 

 

小学5年の時、下の子の家庭訪問で、先生に問われました。

 

「ひとつ、気になることがありまして。お昼休み丸々使って給食を食べ、5時間目の直前に、毎日自分の食器だけ給食室に返しに行っています」

 

私は、夕食の様子を思い返して、「家でも、時間かけて食べています。1時間くらいかかっています」と応えました。

 

「好き嫌いはなく、おしゃべりしているわけでもないんです。少し気になって、お伝えしました」と先生。

 

「マイペースですみません。給食もそんなにゆっくり食べているとは思ってなくて。今夜、本人に訊いてみます」と私は答えました。

 

 

 

その日の夕食時、早食いの私、普通の速さの上の子が食べ終わっても、下の子はゆったりと食べています。

 

「今、気が付いたけれど、めちゃめちゃ味わって食べているね?」と私が訊くと、

 

「ママが昔、言ったんだよ。ひと口30回噛もうねって。だから、僕はいつもそうしているんだ」

 

驚愕!!!!

 

私が原因だった。

 

マジ驚いた。

 

そんなに真面目に親の言うことをきくって…私の家系にはない発想だ。

 

育ちの良い夫の家系からか!!!!

 

彼のその初期設定をアップデートすべく、私は即座にハッキリ伝えました。

 

「ママの言うことをしっかり受け止めてくれてありがとう。ひと口30回噛むのは、すごくいい習慣。だけど、そろそろ時と場合を選ぼう。夕食の時は心置きなく噛んでOKだけど、給食の時は周りの子の様子を見て、噛む回数を減らしてもいいか

も。そしたら、昼休み、みんなと外で遊べるよ」

 

素直な下の子は、それから、給食は給食時間に完食できるようになり、昼休みは外遊びができるようになりました。

 

 

 

彼らが中学3年の時、高校受験、大学受験、就職については、「このライン以上のトコ」に行くこと、高校も大学も規定年

限分の授業料と生活費しか親は負担しないことを明確に伝えました。

 

目標設定がきちんとできれば、そこに向かって努力できることを、自身の体験から知っています。

 

上の子は、高校も大学も、昨年の内定先も今年のそれも、基準ギリギリでした。

 

私の言いつけは守っておいた方が安全、でも努力は最小限がいいというタイプです。

 

まさかの留年は本人もビックリでしょうが、5年目の授業料は元夫にかけあって負担してもらい、生活費は私からの借入金で賄っているようです。

 

下の子は、高校も大学も、学びたいことが勉強できるトコに進学しました。

 

研究テーマをもっと深めたいと思ったのが3年の冬で、院試に間に合わず、就職の道を選んだようです。

 

「一度社会に出て、それから舞い戻るのも研究者としては深みが出ていいんじゃないかな。自分の稼いだお金で院に行けば、学ぶ熱量も半端ないと思うし」と私は口添えしました。

 

現在の就職先には満足しているけれど、5年以内には必ず転職していると思うとしれっといいます。

 

 

 

様々な面で、親は、子どもに多大な影響を与えます。

 

自分自身の初期設定は、両親の価値観や生活の仕方の影響が大きかったです。

 

就学、就職、結婚、出産などのタイミングで、環境や人間関係、価値観が大きく変化してきました。

 

親を反面教師にした部分が多くあるものの、彼らなりに、一生懸命私を愛してくれました。

 

きちんとした家に生まれたかったなーと心底思ったのは、大企業に就職して育ちの良い同僚に囲まれた時。

 

「マナー大全」などで一生懸命勉強しましたが、しょせん付け焼刃。

 

「親の呪い」と格闘しながら、自分と向き合い、日々努力してきました。

 

 

 

自立したあなたたちにも、社会人になれば、足りないところがどんどん出てきて、自分を変革していかなければならないでしょう。

 

これからどんな自分を創っていくかは、あなたたちの課題です。

 

今持っている武器をうまく使い、弱点と向き合い、あなたたちらしい人生を歩んでいって欲しいなと心の底から願っています。

ネットニュースの東野圭吾さんの訃報に接して、初めは「ウソでしょう」と思いました。

 

年齢は、自分と一回りくらいしか変わらない方だったので。

 

これから、まだまだたくさんの新作を読むことができると思っていました。

 

東野圭吾さん。

 

私は、あなたが書く小説が大好きでした。

 

 

 

一番最初に読んだ作品は、「魔球」。

 

推理小説としてではなく、家族の物語として読みました。

 

登場人物に感情移入しすぎて、読み終わってから苦しくなりました。

 

今作を読むまで、日本に限れば、「金がないー!」と叫びながらも、助け合いながらどうにかこうにか皆生きていると思っていました。

 

私には見えていないだけで、こんな風に追いつめられている人がいるのかもしれないと気付きました。

 

誰も悪くないのに、どうしてこんな結末になるんだろう。

 

「そうだ!困ったら、助けて!って、助けてくれる人に出会うまで言い続ければいいんだ」と気付いた高校生の頃の私。

 

この時得た知恵は、ずっと私を助けてくれています。

 

今、児童支援の仕事をしている私の出発点になった作品です。

 

 

 

大阪で一番大きい本屋さんで見掛けて、表紙にひとめぼれし、そのままレジに持って行った「人魚の眠る家」。

 

就寝前に読み出したら、ラストが気になって、泣きながら徹夜して読む羽目になりました。

 

ティッシュひと箱を使い切り、目が腫れたまま翌朝出勤しました。

 

子どものいる母親が読むと、感情移入しすぎてヤバい作品かもしれません。

 

当時中学生にあがった息子たちも、今作中のような危機一髪が何度もあったので、母親の気持ちも、祖母の想いも、両方身に染みました。

 

「自分に脳死判定が出たら、移植可能なすべての臓器を摘出してね」と身内に伝えている、超合理的な私の価値観を根底からゆさぶった作品です。

 

 

 

そして、最も好きな作品は、「容疑者Xの献身」です。

 

ガリレオは、本も映画も同じくらい好き!と思える稀有なシリーズ。

 

今作は、先に映画を観て、それから本を読みました。

 

映画のラストで石神の絶望にめちゃ泣きしましたが、本の時は、石神の人生を想い切なくなりました。

 

とにかく、トリックが秀逸すぎます。

 

世界が反転する瞬間が、ミステリーの最大の醍醐味なんですよね。

 

松雪泰子さんの破壊力と説得力に、観るたびにやられます!

 

 

 

人間の本性、業を、エンタメ作品に仕立てて、私たちに見せてくれてありがとうございました。

 

あっという間に物語の世界に引き込むイントロの素晴らしさは、職人芸です。

 

あなたは、現代随一のストーリーテラーでした。

 

同じ時代に生きることができて、幸せです。

 

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

双子の息子たちが無事生まれて来てくれた時、人生で一番幸福を感じました。

 

小さい頃からの夢「やさしいママになる」が叶った瞬間だったからです。

 

けれど、そこで「めでたし めでたし」にはならず、ここからが始まりでした。

 

したいことが全くできず、赤ちゃんのお世話だけをする日々…長年の夢が叶ったにもかかわらず、毎日受刑者のような気分でした。

 

月めくりのカレンダーの日付に毎日ペケ印を付け、1歳の誕生日まで日々精進と自分を励ましながら。

 

 

 

夫は仕事人間で話し合っても無駄なので、両親や弟たち、保育園やファミサポなどをフル活用して、乳幼児期を乗り切りました。

 

この期間、息子たちは何が危険かも分かっていない上に、身体と頭の連携も不十分で、少しも目が離せず、ワンオペ育児は、2度としたくないくらいものすごくキツかったです。

 

好きに生きている今から見れば、母子一体で過ごしたこの期間は、宝物のような時間だと分かるのですが。

 

 

 

小学生になったタイミングで、子ども部屋をしつらえました。

 

10畳の部屋に、勉強机2個、本棚ふたつ、大きなダブルベッドをひとつ置きました。

 

このベッドで、小学校6年間、毎日3人で寝ていました。

 

この頃の1番の思い出は、就寝前、子ども部屋のベッドの上で、毎日3人で人生ゲームをしていたことです。

 

ルーレットが壊れて、2回買い替えるほど、3人共人生ゲームにハマっていました。

 

上の子はトランプ大統領のように1番じゃないとむくれ、下の子は、のんびり道中を楽しんでいました。

 

ゲーム終了後は、「楽しかったね」と言って、片付け、同じベッドで眠りました、今でもよい思い出です。

 

 

 

中学3年の受験生になった頃、子ども部屋を5畳2間に分割しました。

 

ついでに、壁紙を張替え、クーラーも1台増やしました。

 

家具もカーテンもベッドも、大人仕様のモノに入れ替えました。

 

子ども部屋の居心地が良くなったせいか、受験勉強のためか、この頃から、食事の時くらいしか1階に降りてこなくなりました。

 

思春期真っ盛りで、「塾行きたい」「学校で面談がある」等、用事がある時しか話しかけてこなくなりました。

 

 

 

高校生になり、スマホを使い始めると、手からスマホが生えているのか?というくらい、食事の時も、入浴中も、トイレにまで、スマホを持って行きます。

 

会話は少なくなり、「明日、弁当要らない」など、lineで情報伝達することが増えました。

 

たまーに友達を家に連れてくると、家にいる時と違うよそいきの息子たちの様子が興味深かったです。

 

 

 

息子たちが高2の時に、私の決断で、財産分与・養育費・高校と大学の学費・年金分割に関する公正証書付きで、夫と協議離婚しました。

 

主寝室を上の子、子ども部屋2部屋を下の子(勉強部屋と寝室に使い分けていました☆)、1階の客間を私が使用することにしました。

同じくらいの広さの部屋で、つかず離れずの距離感を保って、仲良く母子で暮らし始めました。

 

 

 

息子たちが大学入学する時、彼らの4年後の自立を見据え、自宅をシェアハウスとして運用することを決断しました。

 

養育費の中から彼らに生活費として各々7万ずつ渡し、衣食と小遣いをそこから賄うよう伝えました。

 

バイトはオッケー、料理は各自、掃除と洗濯、庭の水やり、ゴミ出し等は平等に分担すること、共用部を使った際は元の状態に戻すこと、帰宅が午前零時を超える時は事前にlineすることを、家族で約束しました。

 

最初の頃、「どーせ母さんがしてくれるだろう」という甘えから、上の子がルールを守らず、よくケンカしました。

 

「家事分担できないなら、生活費は7万のまま、うちを出て別のところでひとり暮らしして」と伝えると、すぐに行動を改めました。

 

大学時代、我が家をシェアハウスとして運用したので、息子たちはひと通り、家事を身に付けることができました。

 

 

 

一戸建てで、授業やバイトがないと、ずっと家にいてゲームやPCをいじっている大学生2人を飼っていると、マジで光熱費がすごいことになります。

 

夏と冬は、検針票を見るのが怖かったです。

 

最高値は、8月分で、電気・ガス・水道合わせて月6万円弱になりましたよ(泣)。

 

卒業と同時に家族解散したのは、光熱費に耐えかねたのが、最大の動機です、自腹じゃないと特に上の子が無駄遣いしよるので。

 

 

 

現在、上の子は京都、下の子は大阪に、ひとり暮らししています。

 

上の子は、大学近くで、広くて安くて便利な部屋を見つけ、前にも増して悠々自適で暮らしています。

 

下の子は、会社の借上寮に入居し、狭さに閉口しています。

 

上の子の半分の広さの上に、蔵書が多く、大きめのPCデスクとチェアがかさばっています。

 

寮に住み始めて約1ケ月半、段ボールがすべて開いてない時点でコラコラと思います。

 

 

 

こんなふうに、生活拠点に焦点を当てて観察すると、誕生から独立まで、彼らの成長を辿れます。

 

今、私の手帳に挟んでいる彼らの写真は、3歳の2人です。

 

何度見ても、かわいい(親バカ)。

 

息子たちがこれからどんな人生を選択していくのか、黙って楽しく見守っていきます。