「その・・・、ラッシュで・・・、電車が遅れちゃって・・・」
汗を拭う余裕もなく、僕は課長に向かってもごもごと説明しようとした。
クリっとした魅力的な課長の瞳。
2年目になっても、僕は課長の可愛い瞳から発射される厳しすぎる視線に慣れることができなかった。
「何言ってるかわからないわ」
クールにそういいながら、ゆっくりと僕に近づいてくる課長。
僕の身長は175センチ。
決して小さい方ではない。
だが、160センチ台後半の課長は、いつも僕よりも背が高い雰囲気を漂わせていた。
それは、社内の男性社員で評判になっている抜群のスタイルのせいかもしれなかった。
「営業本部の武川課長、知ってる?」
「超美人だろ、あの人」
「モデル級だよな。なかなかいないぜ、あんな人」
「でも、めちゃくちゃ仕事できて、しかもめちゃくちゃ厳しいらしい」
去年、課長が僕の教育担当になってしばらくの頃、エレベーターで見知らぬ男性社員がこんな会話を交わしていることを聞いたことがある。
「課長になっても新人教育してるらしいけど、あまりに厳しすぎて、これまでみんな辞めちゃったらしいぜ」
「かわいそうに」
僕に聞かせるようなそんな言葉を残して、その社員たちはエレベーターを出て行った。
「時間厳守。社会人の基本中の基本でしょう」
そんな課長が、今、僕をにらみながら、ゆっくりと近づいてくる。
まるでファッションショーのランウェイを歩くような、格好いい足取り。
ちくしょう、会社員なんかじゃなくて、モデルにでもなればよかったのに・・・。
「どうなの、小沢くん?」
「は、はい・・・」
「言い訳無用。時間に遅れることで、ビジネスチャンスを逃すことだってあるのよ」
「はい・・・」
「二度とやらないこと、いいわね」
至近距離で僕の前に立ち、どこか色っぽい視線で見つめてくる課長。
厳しすぎる表情の後、僕をからかうように少しだけ笑みを浮かべた。
「ふふふ。まだまだ僕ちゃんね、小沢くんは」
「ぼ、僕ちゃんって・・・、もう課長、それやめてくださいよ・・・」
「ハラスメントかしら、これ」
「いや、そんなことは言ってませんけど・・・」
今朝もまた、課長は美しかった。
決して厚化粧ではなく、ごく自然なメイクアップだが、まるで猫を想像させるような瞳、形のいい鼻、そして男性を誘うような唇。
痩せてるのに、確かに盛り上がっている胸元。
頻繁にスカートを身につけ、周囲に見せつけるように曝け出された美脚。
「何見てるの、小沢くん?」
「べ、別に・・・」
課長の肢体に視線が行ってしまうことを避けながら、僕はすぐそこにある彼女の瞳を見つめた。
「ほら、急ぐわよ」
真顔に戻ってそう言うと、課長は一人、早足でスタスタと歩き出した。
「ま、待ってください・・・」
ついに汗を拭うこともできないまま、僕は急いで課長の後を追った。