「中川君、日本側でやるべきことは全て終わったよ」
「そうですか」
「あれだけ騒いでいたマスコミも、1ヶ月経った今では我々のことを全くとりあげない」
「世間にはもっと刺激的なニュースが溢れてますからね」
「我々の件も十分に刺激的だったがな」
電話口の向こうにいる本社の部長は、そう軽口をたたいた。
自宅リビングにいる私はテーブルに置いたスマホを見つめ、ウイスキーをゆっくり舐めた。
「君もいろいろと大変だっただろう、中川君。大使館とのやりとりとか」
「全くおもいがけないことでしたから」
「まさか休日のサファリツアーでライオンに襲われるなんてな」
「皆様には忠告したんですが。その区画は危ないから行かないほうがいいって」
「君が責任を感じる必要は全くない。全て3人が自分たちの判断で行ったことだ。現地の警察からの最終報告にもそう書いてある」
部長、その通りですよ。
全ては彼らが自分たちの判断で、許されない欲望を何ヶ月も追い続けた結果、起きたことです。
現地警察の最終報告書。
その作成にハネスが一役買っていることを、部長はもちろん知らない。
ウイスキーを楽しむ私に、部長は言葉を続けた。
「中川君、当面は君がその国の責任者だ。しっかり頼むよ」
「わかりました」
「奥さんはそちらでの生活には慣れたかい?」
「ええ。いろいろと楽しんでいるみたいです」
私はベッドルームのほうをちらっと見つめて答えた。
「ただ、一人では大変だろうから、急遽若手を送ることにした」
「そうですか」
「彼も結婚したばかりのようだが、奥様を連れて行きたいと言っている。大丈夫かな」
「それはもう。喜んでお迎えしますよ」
「噂ではモデルみたいに綺麗な奥様らしい」
「ははは。それは楽しみですね」
「じゃあ。来週の定例会議で」
「お願いします。夜遅くにありがとうございました」
部長との電話を終えた私は、ソファに深く腰を沈め、天井を見つめた。
こちらの時間では平日の午後だ。
わずかな酔いに包まれたことを感じながら、静かに目を閉じる。
「あっ・・・・、ああっ、駄目っ・・・・・・」
静寂に包まれたリビングに、妻の喘ぎ声が聞こえてくる。
「ああっ・・・・、ああんっ!・・・・」
私には決して披露したことのない妻の嬌声。
あの3人との行為を記録した映像にも、妻がこんな風に乱れたシーンはなかった。
目を開き、私は立ち上がった。
静かにベッドルームに近づき、そっとドアを開ける。
「ああっ、凄いっ・・・・、もっと・・・・」
ベッドの上、生まれたままの姿で激しく互いを求めあう男女。
この国で一層美しく、色気を増した妻の肉体を、汗を浮かべたハネスが狂ったように愛している。
野獣のたくましさを備えたアフリカの若者だけが持つ、尽きることのない欲情。
鋼のような彼の体に、妻はもう完全に屈服したようだ。
3人がいなくなった翌日、私はハネスにこんな風に聞いた。
「ハネス、本当によくやってくれた。何か褒美をやろうか」
「褒美ですか、ボス」
「何でもいいぜ。遠慮せず言ってくれよ」
「私が欲しいのは、ただ一つだけですよ、ボス・・・・」
彼が要求したのは妻の体だった。
今回の全てを計画し、成し遂げた男だ。
共犯者と言える私に、彼の要求を拒めるはずはなかった。
あのビデオを見たハネスは、自分も妻を抱きたいと密かに思ったのだろうか・・・・
ただそれだけのために、彼は邪魔者である3人の男たちを消したのかもしれない・・・・
ベッド上の二人を見つめる私の胸中に、答えの見えない疑念が渦巻き続けている。
「佐和子さん、いいだろう・・・」
妻のことを名前で呼び、自分の女のようにベッド上で好きにする男、ハネス。
「ああっ、ハネス・・・、こんなの初めて・・・・」
彼の上で、妻は奔放に肢体をくねらせている。
終わる気配のない行為をドアで閉ざし、私はリビングに戻った。
どこに行こうとしているのだろう。
ソファに横になった私は、自身にそう問いかける。
俺はいったい、どこに行こうとしているのだろうか・・・・
妻を奪ったハネスを、あの3人の上司たちのように罠にはめてやるか。
いや、それは無理だ。
ここは彼の国なのだ。
ならばいったい俺は・・・・
目を閉じた私に、一つの案が浮かんだ。
今度来るという若手の奥さんを奪ってやるか。
そうだ、それがいい。
モデル級に美形だというその人妻を、今度は俺が好きなようにしてやるのだ。
部下を出張に行かせ、その隙に俺は彼の妻の体を・・・・
えっ、全ての寝取り野郎の末路にはろくなことがないだろう、って?
そうだな。
だが、それでもいいさ。
サバンナの真ん中で、野獣の餌食になって生涯を終えるのも悪くない。
妻の乱れた息遣いをBGMに、私は笑みを浮かべてグラスにウイスキーを注いだ。
<完>