自宅で酒を飲むことは、私には随分と珍しいことだった。
しかも酒の席でもあまり口にはしないウイスキーのボトルが、目の前のテーブルに置いてある。
深夜のリビングルーム。
何も知らない妻は、既に寝室で熟睡している。
「・・・・」
確かな緊張を抱えながら、私は氷が入ったグラスに黄金色のアルコールをゆっくりと注いだ。
「どうだった、変わったことはなかったかい?」
「あっという間の1週間だったわ、あなた」
昨日、隣国への出張から戻った私に、妻は以前と変わらぬ様子で笑顔を見せた。
出張前よりも一層濃厚に妻の色気が感じられるのは気のせいだろうか。
「橋口さんたちにいろいろ助けてもらったのかな」
さりげなく質問を投げ、私は妻の表情の微妙な変化を探り出そうとした。
「結局1回だけ、食事に連れて行ってもらったの」
「1回だけかい」
「そうなの。もっといろいろ誘っていただけるかと思ってたんだけど」
「我が家に皆さんが来て盛り上がったりとかしなったのか」
「ええ」
どこか残念な様子を見せる妻だったが、私にはそれがわかった。
妻が嘘をついているということが。
今夜、妻がシャワーを浴びている時、私は隠された秘密を探り出そうとした。
寝室にあるクローゼット。
いくつかある引き出しのどこにそれがあるのか、私にはおおよその察しはついていた。
そこを素早く調べ上げ、私は妻に対する疑念が正しいことを知った。
そこには、私が知らない淫らなデザインの下着が何組も隠されていた。
どうやらこの国に来てから買ったもののようだ。
夫には一度も見せたことのないランジェリー。
いったい誰の前で、妻はそんないやらしく、男をそそるような下着で裸を隠すというのか。
その答えは明らかだった。
だが、それではまだ決定的な証拠とはいえない。
ロックにしただけでは、このウイスキーは随分と強く感じられる。
望むところだ。
今夜の俺には、強烈なアルコールが必要なのだ。
グラスに注いだ酒を一気に喉に流し込み、私は目の前のノートパソコンを見つめた。
64GBのUSBメモリを静かに差し込む。
決定的な証拠が、ここにある。
何も知らないまま、寝室で寝息を立てている妻。
その瞬間を先送りするように、私は更にウイスキーをグラスに注いだ。
「ボス、ミッションは果たしましたぜ」
今朝、オフィスに向かう車中で、運転手であるハネスは私を見つめて目を光らせた。
それは、ずっと狙い続けていた牝鹿を遂に捕獲したサバンナの猛獣と同じ目であった。