甥っ子が「吉野に行きたい」と言うので、一緒に行ってきました。
屏風岩公苑が春になると桜に彩られるのは、公苑管理人さんは、
「昔の人は、墓碑代わりに桜の苗を植えたからだ」
と説明されてました。
つまり、リアルに桜の樹の下には屍体が埋まっているのです。
でも、吉野は同じ事情ではないようです。
吉野の桜は、役行者が蔵王権現を桜の木で彫ったことから「特別な樹木」として大切にされたことから、あのように見事に咲き誇るのだと言います。
秀吉も吉野の花見を楽しんだと言いますが、醍醐の桜のように植樹したわけじゃないんですね。
桜は交雑しやすく、山に咲く桜すべてに、種の名を与えることはできません。
そして多分今年も又、新しい種の桜が芽吹いているのでしょう。
むしろ、バラ科は自家受粉では実ができないので、「新たな種類」でなくては、種ができないってことになるのかも……。
このあたり、ちょっとよくわかってないので、植物に詳しい人に聞いてみたいところです。
日程を4月8日に決めたのは、甥っ子が、
「せっかくだからドンピシャ満開のときに行きたい」
と言ったので、ネットの満開予想を見て決めたんですが、天気予報では本降りの雨になりそうということで、
「その分、激混みにならなくて済むんじゃない?」
と、半分酸っぱい葡萄気味に出掛けたんです。
でも結果的に、桜を見てるときに一瞬晴れ間が出たくらい。
家に着くまで雨が降らない奇跡的な一日でした。
・雨降らない
・雨降り予想で人はさほど多くない
・桜は満開
うむ、奇跡だ。
でもその分、持って行った大きな傘がむっちゃ邪魔だったけど(笑)
それに、私は基本一人行動ですが、一人だと、ちょっとめんどくさいと、
「次で良いか」
と、後回しになりがちになるという自覚がありました。
でも、誰かが一緒だと、
「せっかくだから」
という意識が働くなぁ、と発見。
こないだ友人とメキシコ展に行ったときも、「一人で行くより絶対充実してるな」と思いましたが、今回その想いを強くした。
一人のときは、「一目千本だけでいいか」と、吉水神社へ行き、書院も見学せずに帰ってきてましたが、甥っ子が一緒だと、
「せっかくだから書院も見る?」
「せっかくだから花矢倉展望台まで歩く?」
「せっかくだから、出来立て葛食べる?」
と、一人なら絶対やらないことをいろいろと(笑)
ケーブルを降りてすぐ、出来立て葛餅を食べさせてくれるお店で予約。
昼前に到着して、15時しか空いてない状況でした。
このときは、
「15時までいるかなぁ」
「頑張って15時まで粘ろうか」
という感覚だったんです。
だから、一人だったら、絶対予約しなかったと思う。
その後、いつもの通り、吉水神社の一目千本に。
ネットの予想通り、満開でした。
普段はここで引き返すんですが、「せっかくだから」で書院も見学。
ここに義経が隠遁してたそうです。
そう言われてみれば、確かに義経の香りが……するような気もしないでもない……。
後醍醐天皇隠遁の部屋もあり、パラダイスですね(笑)
その後、花矢倉展望台へ。
GoogleMapでは、40分くらいで行けると出たんですが、寄り道しまくりで、1時間以上かかりました。
途中、火の見櫓で昼ご飯のサンドイッチを食べたんですが、写真を見て、どれが火の見櫓で撮った写真だったかわからない(^^ゞ
いろいろ撮りすぎ(笑)
多分これは、火の見櫓をちょっと降りた場所で撮ったんだったと思うんだけど(^^ゞ
なぜわかるかというと、ヤドリギが映ってるからです。
なぜだかこの場所には、ヤドリギがやたらめったらあるんですよね。
そしてどれもこれも、超絶微妙に手が届かない(笑)
花矢倉展望台では、シイタケご飯を食べました。
二人で一食だと嫌がられるかと思ったんですけど、
「何人?」
と聞かれて、
「二人で食べます」
と答えたら、当たり前のようにお箸二つつけてくれて、親切だなと思った。
桜の季節に花矢倉展望台に来るのは初めて。
こんなに良い景色なんですね……。
いや~、たまには誰かと来るもんですよ。本当に。
降りてきたら、14時40分ごろでしたが、出来立て葛のお店で聞いたら、15分ほど早めに案内してくださいました。
しかも、予約時は葛餅しかもう残ってないということでしたが、葛切りもできるとのこと。
当然、お願いしましたよ。
葛切りはポン酢で、葛餅は黒蜜ときな粉でどうぞとのことでしたが、私はポン酢にはまりました。
できたてなのでほんのり温かい葛切りをポン酢で食べると、
「むっちゃおいしいマロニー」
です(笑)
もちもちしてるし、つるつるしてるし、想像してた以上に美味しかったなぁ。
甥っ子は、
「上手にトレンドを取り入れた店だなぁ」
と言ってました。
SNSとかにアップしたくなる仕掛けが随所にあるそうです。
その後、現在公開中の蔵王権現の御開帳に。
並べば、仕切られた空間でゆっくり静かに蔵王権現と対面できるのですが、
「心置きなく懺悔しといで」
と甥っ子を送り出したところ、10分くらい籠ってました。
「めいっぱい懺悔した?」
と聞いたら、
「懺悔ってわけじゃないけど」
って言ってましたが(笑)
いや~、なんか、金峯山寺の蔵王権現は、前に出ると、
「すすすす、すみません。私が悪かったです」
って言いたくなる雰囲気と迫力があるんですよ(^^ゞ
私はいつも懺悔で終わる(笑)
一度こじれたように見えた、母親との関係も
「今は良好」
とのことですし、なんだかんだ、知らないうちにどんどん成長していく甥っ子。
もう私は必要なさそう……。
とは言っても、それでもいるのといないのとでは結構違うと思うので、助けを求められたら手を出す感じで、これからもいようと思います。
取材や執筆の依頼・お問い合わせは