最近、いじめが原因による自殺についての報道がたびたびありました。
いじめによって自ら命を絶つというほど、悲しいものはありません。
私も過去、いじめられた経験を持つ身ですが、ほんとになんとかしたい問題です。
自殺については、自殺の事実(=亡くなったこととその方法)はすぐに明らかになりますが、その原因がなかなか明らかになりません。学校側は「いじめの事実は把握していない」と言いますが、それはなぜでしょうか?しかし、結局は「やはり、いじめの事実はあった。」という発言に変わっていきます。
学校側は、そもそも、いじめの事実を把握する環境・体制になっていないのだと思います。まず、児童・生徒が相談にこないこともあると思いますし、担任の先生が通常業務以外の部分(学校や教育委員会などからの宿題に翻弄)で忙しすぎて、生徒・児童に目を向けることが難しい・時間がとりづらいのではないでしょうか?
私自身は会社員ですが、会社においては、まず通常業務をしっかりやることが仕事ですが、それ以外に将来に向かっての課題に対する重たい宿題が降りかかってきて、その対応に時間を取られたりするので、通常業務がおろそか(例えば、ミスを起こす)になったりします。結局、人間に与えられた時間には限りがあるということです。私自身、時間を作ることが課題の1つでもあります。
私自身、家庭において、もっと子供に目を向けたいと常々思いますが、仕事が忙しかったり、そのストレスが原因なのか、家族と話する時も上の空だったりすることは多いです。いけないことだと思います。もっと、私自身にメリハリがあればよいのですが、なかなか難しいと感じています。
私の経験も踏まえ、私が考える問題点とその対策を以下に記します。ただし、今までに発生した事案全てにこれらが当てはまるわけではない(それだけ、複雑な問題である)、私の主観に偏りがある、そんなに簡単なことではないことは、ここにお断りした上で、あえて書きます。あと、ここでは、いじめる側はそもそも諸悪の根源ですが、ここではその問題点には触れません。なぜなら、子供の世界だけでなく大人の世界でも、こういう悪いヤツは(対策しても)絶対にいなくならないからです。(対策の投資価値無し!)
(1)児童・生徒側(いじめられる側)の問題点とその対策
①いじめる側に対抗できない(上下関係・力関係ができあがっていることに対して、それを崩せない)
⇒勇気をもって対抗する根性をもつ。(私も過去、これで解決に向かったことがあります。)
②周りに相談しない(一人で悩む)
⇒一人で悩まない、親・兄弟・友人・先生に相談する勇気をもつ。(私は過去、1人で悩んでいました。)
③「死」という選択肢を選ぶこと
⇒「私が死ねばよい」という考えをなくす、家族や周りにどれだけ迷惑がかかるかを考えさせる。
(私の過去では、さすがに、この考えはありませんでした。今の私にはふとあったりしますが・・・。)
この部分が一番の問題だと、私は思います。そういう子自身を責めているわけではありません。
そうさせている側(学校・親・いじめる側、ひいては世の中)に問題があるということを私は言いたいです。
(2)親の問題点とその対策
①いじめられている我が子の悩みを共有できていない
⇒まず、話を聞いてあげることから始め、親自身が解決するか、支援することに全力を注ぐ。
場合によっては、いじめている側の親に殴りこみに行くぐらいの勇気を持って子供を守る。聞きだす能力が必要です。
②学校任せにしている
⇒学校がなんとかしてくれる・なんとかすべきだ、という考えを捨てる。
③自分の子供がいじめている・いじめられていることを把握していない。
⇒子供といじめについて家庭で話す機会を作る。
この部分は、親が日頃忙しい中で、どれだけ子供のことを見てあげられるかということが課題だと思います。仕事なんかしないで、子供のことをしっかり見ることができればよいのですが、生活のためには仕事をしなければならず、そういうわけにもいかないという現実があります。
(3)学校側の問題点とその対策
①いじめの事実を把握できていない
⇒学校全体で共有できるようにする。
②担任が一人で抱えている
⇒専門のスタッフを配置し、担任の先生の負担を減らす。
まずは、1人の先生に負担がかからないようにしなければならない。昔の先生みたいに、裁量権がない先生が増えています。私の職場と同じだと思うのですが、管理職(主に課長さん)に裁量権がない。裁量権を上の人たちが持ったまま上がっていく。例えば、課長の裁量権は、課長だった人が出世とともに部長以上の役職になっても、引き継がずに、同じように持ち続けているのが現状。(名ばかり管理職が多い。そのくせ、労働基準法第41条を適用して、会社は残業代を与えない。)あと、裁量権を持ってもそれを行使できない人が増えていることも事実としてあります。(管理職の問題解決能力が問題視されたりします。)
たしかに裁量権をもってもそれを行使する能力に欠けることに問題があるとは思いますが、その原因としては、昔と違って、問題が複雑化していることも原因の1つであると考えます。
ただ、先生は児童・生徒に対してはある意味、管理職だと思いますが、学校では管理職ではないという複雑さもあると思います。
いじめる側(諸悪の根源)を叩くことが、ある意味一番の対策と考えますが、それでは、いじめられる側が強くなれない、ひいては大人になってからそういう状況に遭遇した時に対応できない大人になってしまうことを、私は懸念として感じます。私は、過去に受けた「いじめ」が、現在の私に少なからず役に立っている部分はあります。
メンタルヘルスに、「ストレス耐性」というキーワードがあります。
ストレスに打ち勝つ、勝てないまでもかわす・耐えることができる人間になる必要があると思います。
子供に自分自身を守ることに対して、子供自身に責任を負わせることはある程度必要な部分であると考えますが、その負担をコントロールするべき親の役目が必要であることを忘れてはいけないと思います。
いろいろ書きましたが、そんな簡単な話ではないということは、私も認識するところです。
ただ、「死んでも問題は解決はしない。」ということです。