---------長谷部ショーン俊彦---------

 

ダディのマンマはイタリア人だから、ラテンの血なのかな、ママに限らず女性が大好き。

とにかく女性に親切で、いつでもどこでも会話が弾む。

日本と欧米ハーフの男性特有の、スッキリと整って、でもどこか親しみやすい甘さのあるダディの顔。例えるならほうじ茶ラテ。仕事の時にかける眼鏡があって、それをかけたときの甘さ控えめな感じが、カッコよくて好きだった。

 

ダディと話す女性たちの、キラキラした笑顔。

たくさん笑顔にしてくれる男性って、もっと一緒にいたくなるから、きっとすごくモテたんだろうな。

 

でも、わかる。彼にとってママは特別だっていうこと。

球根から育てた花を大事に育むように、いつでも気を配り、些細な変化にも直ぐ気づく。言葉という名の、水遣りを欠かさない。

 

ブラダ(兄)が反抗的になってママを泣かせた時も、全面的にママの味方。オレの彼女に何するんだ!って勢い。いい大人がそれってどうなのって思うけど、お兄ちゃんもそれはよくわかってて、「あー、ハイハイ。悪かった」

一気に和やかになって、ホッとしたっけ。

 

いつでも、どんな時でも味方でいてくれる。

家族ってそういうものなのかもしれない。ダディを見てるとそう思う。そこに、好き!が入ってたら、もう最強だよね。

 

日本に来たばかりの3年生のとき、クラスのボスみたいな男子に体育館の裏に呼び出された。ほとんど喋ったことがなかったから、生意気だとか、何か文句を言われるのを覚悟して行ったら、

 

「オレさ、アンダのこと初めて見た時から、うんとめんこいと思ってで。よかったらオレのカノジョになってけね?」

 

メンコイ?メンコイって何?麺が濃い?

「うんと」はvery、それはわかる。

あっ、面が濃い?顔がくどいってこと?

 

「ごめんなさい」

 

クラスのボスに嫌われたら厄介。とりあえず謝っておこう。

 

「ダメ?んではー、しかたねーな」

 

いっぱい文句を言われると思ったら、急にしょんぼりして去っていったボス。

あとで女の子の友だちに聞いて、「かわいい」と誉めてくれたのだと知ったけど、もう遅かった。転校でそこ、栃木を離れるまで、ボスとはぎこちないままだった。

 

5年生から卒業まで過ごした岐阜では、班を作る時に「お前の机つるでー、そっち持ってや」と一緒に机を運び、仲間に入れてくれた男子の人懐っこい笑顔にときめいた。

日本って不思議。こんな小さな国なのに、行った先々で言葉がすごく違う。岐阜弁はなんだか野生みがあって頼もしく、それを使う男の子たちがかっこよく思えた。

 

日本ではバレンタインに女子の方から好きな男子にチョコレートをあげると聞き、ママに手伝ってもらい、手作りのチョコレートを一緒に机をつった(運んだ)山口くんにあげたら、

 

「ごめん、オレ、背の低い女の子の方が好きなんなんやさな。オレより彼女が背が高いとこわい」

 

こわい?わたし怖い?

付き合ってほしいわけじゃなくて、ただ「好き」と感謝を伝えたかっただけなんだけど。

好意を伝えてごめんなさいされると、こんなに辛いんだ。

肩を落として立ち去ったボスのことが頭をよぎり、苦しくなった。

 

あとで友だちに聞いて、こわい=怖いではなく、岐阜弁で「恥ずかしい」と知り、余計に落ち込んだ。確かに彼は私より背が低かったけど、そんなの全然気にならなかった。

 

 

でも彼は、恥ずかしいんだ。

私と並ぶのが。

 

 

 

 

 

---------ジギャク下手---------

 

「じゃあ、リップの色、天然なんだね。きれい」

 

「ありがとう」

 

「なんでそんな後ろにいるの?鏡見ようよ〜」

 

「いい。もう塗ったし」

 

女の子の友達と鏡の前で並ぶのが苦手。

髪とか目とか肌とか最大のコンプレックスの身長とか、日本の女の子はとにかく容姿を誉めてくれる。転校生を勇気づけるため?誉めてリラックスさせるため?もしそれが意図なら、ちょっと方向が違っている。なんと返すのが正解かわからなくて、とりあえずお礼を言うけど、それってなんだか偉そうだし。髪だって、本当の色は明るすぎるから、日本仕様に染めている。

 

同じように容姿を誉められても、うまくmodesty(謙遜)や「ジギャク」self-tortureで軽快に返す子もいて見習いたいけど、気を遣う時に限って彼女たちみたいに感じの良い上手い言い方がとっさに出てこない。ニホンゴ、難しい。

 

お願い、そっとしておいて。誉めたりなんかしなくていいよ。身長だってこれ以上伸びないで欲しい。小さくてかわいい日本の女の子たちの中で、悪目立ちしたくない。

 

「次、長谷部さん読んでくれる?」

 

またコレか。なぜか、英語の授業で音読させられる頻度が高い。

 

読んだあと、

 

「やっぱり発音きれいね。みんなも参考にしてね」

 

先生は誉めてくれるけど、いいのかな。私のはハワイ英語だから相当訛ってるんだけど。

 

「訛ってるんで、あんまり参考にしないでください」

 

みんな笑ってくれたけど、ホントなんだって。

アクセントとか、そもそも単語だって結構ちがう。

 

わたしの三つ上のbruddah(ブラダ/兄)は、中学こそ進級ギリギリの不登校だったけど、ここ神奈川に来てからはなんだか毎日楽しそう。

バンドに入って曲を作ったり、片瀬江ノ島でサーフィンも再開して、一時期げっそり痩せたのが、みるみる元気になってきた。

 

「家族は、一緒にいるべきだ」

 

ダディのポリシーのもと、彼の転勤の度にみんなでついてきたけど、それはきっとダディがママと一緒にいたかったせい。ネットで見つけた言葉、ニコイチ(二人で一つ)がハマる二人。

 

愛に溺れると書いて、溺愛。

ダディのママへの接し方は、私たちへの温かなそれとはちょっと違って、いつも熱くって飛びきり丁寧で優しくて、継続的。あぁ、ケイゾクじゃ、ニホンゴ堅いかな。変。「とっても大好き」が、ずっとずっと続いてるって言いたいんだけど。

 

日本に来て覚えた言葉だけど、「推し」と結婚したようなものなのかな。

 

「渚、かわいい」

「今日もキレイだよ」

「その服似合う」

「何時に戻る?迎えに行こうか」

 

ダディは常にママに関心がある。

 

 

 

 

 

---------リップクリーム---------

 

「なんか英語でしゃべってみてよ」

 

またこれか。相手もいないのに何をしゃべればいいの。

休み時間、机の周りに集まってきた今度のクラスの仲間に、お決まりの質問をぶつけられた。仲間?この子たちは、わたしを仲間にするかどうか、試してるんだ。

 

「アイ・ハブ・ア・ペン」

 

思いっきりジャパングリッシュで応える。こっちの気持ちを察してくれたのか、何人かは笑ってくれたけど、リーダーっぽい雰囲気の目つきのキツい子が、

 

「ちょっと、マジメにやってよ」

 

なんの権利があって言うのか、睨んできた。

ワッツ?何のために?

 

「I've no reason to be told that.」

(そんなこと言われる筋合いはないんだけど)

 

早口で言ったら、「おお~っ」とどよめきが起こった。喋っても喋らなくても、どっちでもあんまりいい結果にはならない。珍しい生き物を見るような目。哺乳類ヒト科メス。同じ生き物なのに。

 

「ね、今なんて言ったの?カッコいい」

 

明るい笑顔で肩を抱いてくれた多英(タエ)と仲良くなり、彼女のコミュニティに入れてもらった。ハワイから8歳で日本に戻ってから3回目の転校で、各拠点を回っていた父の技術指導も終わり、神奈川県に落ち着くことになった。私は中学生になっていた。

 

水が合う。

そこに馴染めるかどうかは、空気感、人々の佇まい、流れてくる日本語の響き、街中の歩くスピード、ショップスタッフの対応、色々なファクターから何となく感じるものだけど、ここは、神奈川県は、なんか好き。

何より、海がある。

 

初日こそ例の洗礼があったけど、ここ川崎市の皆はフレンドリーで、まるでずっと前からここにいたみたいにすぐ「タメグチ」で話してくれたのが、嬉しかった。

 

「カオリン、トイレ付き合って」

 

「いいよ、ユウコリン」

 

「やだ!ユウコでいいってば!笑」

 

友だちと認識した人には誰でもリンをつければいいというシステムではないらしい。カナガワ独特なんだろうか。「リ」で終わる名前限定?待てよ、ミホ → ミポリンもいる。二文字もリン付け?でも、タエはタエだし‥。

 

「大丈夫?何か貸そうか?」

 

何か要るもの忘れたのかな。

 

「ううん、ただ行くだけだしー」

 

実際行ってみて、ホントに行くだけだったのに驚いた。トイレに行っても必ずしも用を足すわけではなく、主に鏡を見て前髪を直したり梳かしたり、油取り紙で頬やオデコをケアしたり、リップを塗ったり。誰かに会うとしばらく喋って情報交換。出番待ちの楽屋のような使い方なんだな、とわかった。

 

「カオリン、どこのリップクリーム使ってるの?いい色」

 

「どこのって、えっと‥」

ホームの売店で買った白とグリーンの。

 

「やだ!うちのお父さんとおんなじ笑」

 

見せたら、ちょっと引いてたけど面白がってくれた。笑うけど、めっちゃ優秀よ、コレ。ユウコのダディはセンスいい。日本製、大好き。メンソールの香るリップクリームを、そっとポケットに仕舞った。