---------日本語---------

 

「カオリン、ちゃんと話せてるよ」

 

「ううん、意味がたくさんありすぎて、全部受け取れない」

 

「あー、ちょっと曖昧なとこは、あるかな」

 

「英語も、難しいよ」

 

「えっ?」

 

現地の英語と日本のアカデミックな文法英語は全然違う。単語力なら日本人すごい。

 

「この間、テストで写真のこと、Photo(フォト)って書いたら×だった」

 

「ああ、Picture(ピクチャー)ね」

 

「帰国子女なのに、英語イマイチってヤバくない?」

 

「確かに〜笑!」

 

笑ってくれて、ちょっとホッとした。

 

「でもカオリン、なんだかんだ成績いいじゃない」

 

「理数系は好きかも」

 

日本のテキストは全て説明が丁寧で解り易く、写真や挿絵のレイアウトも綺麗で、初めて手にした時から心を奪われた。

 

「でも文系が‥、国語と英語が難しくて」

 

ある部分を読んで主人公の気持ちを察するなんて、正解が一つなワケないと思う。考え込んでるうちにいつも時間切れ。漢字も、線が一本足りなかったり、出すべき所が出てなくて×、何回もあった。

 

悩みを相談したら、

 

「国語の文章問題は何となくコツみたいなのがあって、漢字もまず書き順からしっかりやると、記号じゃなくて「字」に見えてくるよ」

 

「多英、今度教えてくれる?」

 

「もちろん!わたしにも英語教えて。ちゃんと英語に聴こえるか、聞いてもらいたい」

 

「いいよ」

 

日本人は丁寧だから、英語で話す時一旦カタカナに置き換えてから喋る人が多い。カタカナでは発音の全部は表現出来ないから、どうしてもカタコト感が出ちゃう。でも日本の女の子の場合、そのカタコト感がとっても可愛いんだけど。お兄ちゃんがハワイで付き合ってた日本から来た女の子も、かわいかったな。

 

「でも、発音直さない方が海外ではモテるかも」

 

「えぇ?何でなんで?」

 

「ヒミツ!」

 

「教えてよー!」

 

「あっははは」

 

笑い合って、ふざけてハグした多英の髪。ふわんと爽やかな花の香りがした。日本の女の子はほとんど毎日欠かさず湯船に入り、髪や肌のケアも丁寧で、いつもいい香りがする。周りを不快にさせないため?ケアを続ける理由が尊すぎる。

自分のフィーリング優先で簡単にシャワーで済ませたり時々サボったりする自分とは、心掛けや美意識が全然違う気がした。

 

 

 

 

 

---------怖い---------

 

「一緒に帰るのイヤだった?じゃあ、もう少し待つか」

 

待っても、変わらないかもしれない。

なんとなく、感覚でわかる。

 

「‥‥」

 

「どうした?」

 

「オッケーしたの、ナシにしてもらっていいですか?」

 

「ナシって、何だよ」

 

「なかったことに」

 

「ふざけんな」

 

急に表情が険しくなって、声の調子が変わった。

初めてしっかり顔を見た。

ダディの影響で、そもそもイカつい感じのゴツい男性が苦手。ナイナイ、やっぱナイ。でも、いいかげんな気持ちで、仮にもオッケーしてしまったのは自分。

 

「ごめんなさい」

 

「ダメなら、最初から断れや。こういうのムカつくんだよ」

 

「ホントにごめんなさい」

 

走って逃げた。

怖い怖い怖い怖いー。

 

友達から、の微妙なニュアンスがわからなかった。日本人の、あ・うんの呼吸みたいなの、ホントにわからない。身体の大きな男性が怒るの、怖い。

 

駅に着いて、スマホを見たら多英からLINEが来てた。

 

「一緒に帰れなくてさびしいけど、応援してるよ😊」

 

すぐに電話をかけた。

 

「多英ー!」

 

「どうしたの?」

 

「先輩こわかった」

 

「なに?なに?何か、された?」

 

「断ったら、怒られた」

 

「今どこ?すぐ行く」

 

帰りかけの電車から戻って来てくれて、駅前のマックで話を聴いてくれた。

 

「じゃあ、友達から、ってオッケーしたんだね」

 

「友達なら、別にいいと思って」

 

「友達から、徐々に親密になりましょうって意味だもんね」

 

「シンミツ?」

 

「仲良くなりましょうってこと。付き合おうって」

 

「やっぱ間違えた。オッケーってオッケーなんだ」

 

「それは人によるよ。ゆっくりお互いを知ろうとする人もいる。先輩はちょっと焦ってたのかな」

 

「日本語、難しい‥」

 

 

 

 

 

---------定番---------

 

中学に入ってから2回、コクハクされた。

一人は多英に誘われて入ったバスケ部の先輩、もう一人は同じ園芸委員の隣のクラスの男子。

なぜか二人とも、場所は体育館の裏。確か栃木のボスもそうだったな。日本って、それが定番なの?誰かに見られると恥ずかしいんだろうか。

 

ハワイでは、誰かを好きになってもあらたまってコクハクはしなかった。とにかく出来るだけ側にいて自分を認知してもらい、仲良くなって、気付けば二人で過ごしている、そんな感じ。

 

でも、日本人はそこはケジメをつけたいのかな。拙者とお主は今日からステディとなる、よろしいか?ブシドー(武士道)だっけ。ステディにあたるエド時代の言葉がわかんない。大体、殆ど話したこともない相手とステディになろうなんて、私なら無理。理解できない。

 

「最初は友達からでいいから、お願いします!」

 

先輩の言葉に、妙に納得して、「じゃあオッケーです」と応えたら、

 

「よぉーしっ!」と、めっちゃガッツポーズ!

 

な、何?

何を得たの?この人は。

ただ、友達になっただけなのに。

 

その日から、練習が終わると、「一緒に帰ろう」と声をかけられるようになった。

 

「多英と約束があるので」

 

何度かスルーしたけど、落胆した顔を見るのが辛くなって、一度だけ一緒に帰った。

 

バスケの話、私の趣味の話、インタビューみたいに色々質問されたけど、こちらから聞きたいことがなく、後半あまり会話が弾まなかった。聞きたいことがないなんて、なんて失礼。学年も違ってあまり接点もない私を、どうして先輩は好きになってくれたんだろう。

 

聞きたいことあったじゃん。

 

「先輩、どうして私にコクハクしてくれたんですか?」

 

「え?‥それは‥好きだから」

 

「どこがいいの?」

 

「恥ずかしいな‥オレの一目惚れ。初めて見た時からずっと目で追ってた」

 

「ありがとうございます」

あぁ、またケンソンがわかんない。

 

「まさかオッケーしてくれると思わなくて」

 

オッケー? でも友達からって。

受け入れるハードルを下げるためだったのか。

 

「オッケーしましたけど、間違えてたかもしれないです」

 

「え?」

 

「二人で過ごすって、それはもう特別だと思う」

 

帰り道、先輩の仲間たちに冷やかされた。

このまま続けてたら、私は先輩の「彼女」にされてしまう。