---------下北沢①---------

 

「ねぇ、さっきからさぁ」

 

「なに?」

 

「なんでそんなに貰うわけ?花粉症?あっ、でも今のはチラシか」

 

「??」

 

「街頭で配ってるやつ、そんなに全部貰わなくていいのに」

 

「だって、配り終わらないとあの人たち、帰れないし」

 

「知り合い?」

 

「そんなワケないし」

多分、困った人をほっとけないママの影響。困ってるっていうか、仕事なんだけど。

気になり始めたら、無視出来なくなった。

 

「カオリン、優しいね」

 

「そんなことない。気になるから、やりすごせないだけ」

 

人にアプローチして、無視されたり拒否されたら、傷つくから。

 

「優しいよ。私、気になったことないもん」

 

「自己満足なのかも。自分が落ち着きたいだけなんだ、きっと」

 

「ふぅん、自分を俯瞰して見れちゃうんだね」

 

「フカン?」

 

「あっ、と。神様みたいな目線で、自分を外から見れちゃうこと」

 

「Bird's-eye view のことかな」

 

「わっ、素敵な表現。鳥目線!」

 

「分析グセ。アタマでっかち。自分のそういうとこ、あんまり好きじゃない」

 

「私は、好きだけどねー。自分をちゃんと持ってて、空気読んで愛想笑いとかしない。カオリンのそういうとこ、すっごく憧れる」

 

「多英って、いつも私のこと良く言ってくれるね」

 

「カオリン、私に無いとこいっぱい持ってるから」

 

「多英だってそうだよ」

 

女の子の友達に「内緒にして」って言っても、多かれ少なかれ約束は守られない。知らないうちに広まってしまったり、当の本人に問いただしても、「言わないで」って言ったこと自体忘れてしまっていたり。でも多英は約束を守ってくれた。クォーターのことを、誰も知らない。私の話を「ちゃんと」聴いてわかってくれた、初めての友達。

 

「愛想笑い、しないんじゃなくて出来ないんだ。オチが聞き取れなかったり、意味わかんなかったり」

 

「そういう時でも、笑っちゃうんだ、私。カオリン、いいよ」

 

「‥ありがとう」

 

多英といると、自分のことがほんの少し好きになれる。

 

 

 

 

 

---------竹下通り---------

 

ある日、多英に付き合って原宿に買い物に行った。

世界的に有名なファッションストリート。でも実際に行ってみたら、洋服だけじゃなく不思議雑貨とかクレープとか、10代でも安く買えるものがいっぱいあって、買い物よりもブラブラ歩くのにちょうどいい、賑やかな散歩道。段々人が増えて来て、そろそろ他へ移動しようか考えていた時だった。

 

「あっ、また来た」

 

「何?」

 

「あの人、絶対そうだよ」

 

多英が指す方向から、うちのダディぐらいの年代の男性が、にこやかにこっちに向かって歩いてくる。

 

「お店入ろう」

 

すぐ目の前にあった古着屋に飛び込み、店の中の階段を駆け上がった。

 

「待ってー、カオリン」

 

息を切らして多英が上ってきた。

 

「そんなに逃げなくても。違うかもしれないし」

 

「でも、もしそうだったらイヤじゃん」

 

「いいなぁ、カオリン。私なんか何十回も来てるけど、スカウトなんて一回もないよ」

 

「多分、多英がメイクしてくれたから」

 

駅のトイレでふざけて試したメイキャップを、すごく後悔していた。私の顔は、なにか色が入ると一気に実年齢を超えてしまうんだ。

 

「最初の人なんか、地下鉄から地上に出て30秒も経ってなかったよね。ちょっとキミ、待ってーって」

 

「補導されるのかと思った」

 

「カオリン逃げちゃうから私が名刺もらった(笑)」

 

「だって、話が長いんだもん」

 

せっかく友達と遊びに来てるのに、よくわかんない大人に掴まるなんて時間の無駄。

 

「カオリン逃げちゃったあと、トシ聞かれて中学生ですって言ったらびっくりしてたよ」

 

「やっぱり。私、老け顔だから」

 

「大人っぽいんだよ。いいなぁ」

 

「よくないよ。中身が追いつかない」

 

「そういうギャップも、モテ要素しかないし!」

 

いつも励ましてくれる多英。きっと中身は私より大人。私は多英みたいに、気になる人がいても自分から声をかけたりできない。

 

「でも、すごいなぁ。2時間ちょっとで3回もスカウトされるってすごくない?」

 

「本物のスカウトかどうかわからない。何か買わせようとしてるのかも」

 

「でも、この名刺の会社、ググったらちゃんと出てきたよ?」

 

「名刺だって、本物かどうか怪しいよ」

 

とにかく、色んな誘惑の多い街。

 

「お昼はシモキタで食べない?好きなお好み焼き屋さんがあるんだ」

 

「イイね」

 

明治神宮前から千代田線に乗って、深く降りて小田急線に乗ったらホッとした。オダキューはホーム。私の大切な人たちが使う大好きなトレイン。

 

 

 

 

 

---------4分の1---------

 

「日本人って、いいなぁ」

 

思わずつぶやくと、

 

「やだなぁ、カオリンだってそうでしょ」

 

「‥そうだね」

 

長谷部香織。本当はお祖母ちゃんがイタリア人のクオーターで、セカンドネームのキャスリン(Catherine)も間に入る。

 

「ホントは、違うんだ」

 

「ん?」

 

目立ちたくないから、誰にも言うつもりはなかった。でも、心細いときいつも声を掛けて傍にいてくれた多英には、ナイショは作りたくなかった。多英は、ホーム。わたしの居場所。

 

「違う国が入ってる。4分の1」

 

「どこ?‥待って、当てる!」

 

「フフフ」

 

かわいいなぁ、もう。真顔になってあれこれ考えを巡らす様子がキュートで、楽しくなった。

 

「わかった、ハワイ!」

 

「国の名前じゃないしー(笑)」

 

「あ、そっか、やだ!バカがバレちゃう。アメリカ?」

 

「ううん」

 

「えー、ヨーロッパの方かな」

 

「ん、近づいてきた」

 

「ヒントは?」

 

「ラテン系」

 

「わっ、意外。カオリン、クールだから、ドイツとか北欧のほうかなって思った」

 

「クール?」

 

「うん。なんか大人っぽくて。基本、口数少ないし」

 

「それはね、長い文喋ると、なんか間違えそうで」

 

一旦頭の中で要約するクセがついてる。

 

「間違えたっていいじゃない。わたしだって日本生まれ日本育ちだけど作文ズタボロだし、話し言葉も文法きっと変」

 

ズタボロってなんだろう。後で調べよう。

 

「臆病なんだ、きっと。笑われるのが怖くて、カッコつけちゃう」

 

この子には、弱いところ見せられる。

 

「カッコつけなくてもカオリン、キレイだし格好いいよ。で、どこの国?」

 

「イタリア」

 

「わぉ!アモーレ!」

 

「ヤメテー」

 

「クールに見えるけど、きっと愛情表現とか情熱的なんだね」

 

「やだ、下ネタ苦手」

 

「えー?どこが下ネタ?」

 

「恋愛の話って、下ネタって言うんじゃないの?」

 

「もー、カオリンてば、面白いなぁ」

 

きゅっとハグしてきた多英が、正しい意味を教えてくれた。あっぶないなーもう。まだまだ知らない単語がいっぱいある。