---------下北沢④---------

 

「日本っていいなぁ。ここは違うけど、ボタンひとつで直ぐスタッフさんが来てくれたり」

 

「ハワイってそういうのなかったの?」

 

「なかった。混んでるとなかなか来ないのが当たり前」

 

ハワイでは待たされてもそんなにイライラはしなかったけど、そういうやり方もあるのか!って、衝撃だった。

こうだったらいいな、が次々実現されてきてるニッポン。私も、もうトイレはウォシュレットじゃないとイヤかも。

 

「ハワイに帰りたくなること、ある?」

 

「うん、たまに。特に夏」

 

湿気が多い日本の夏が苦手で、サラサラ快適だったハワイが恋しかった。

 

「ハワイって季節ってあるの?」

 

「4月から11月までは、ずっと夏の感じ。12月から3月が冬っぽいかな、というか、雨季。雨が多くて、少し涼しい」

 

「夏が長いの、いいな」

 

「多英は、夏好き?」

 

「暑いの苦手だけど、夏が終わるとなんか寂しくて。だから長いの羨ましい」

 

「そうだね。気持ちって結構お天気に関係ある」

 

「あるよねー」

 

「どんよりしてると、気持ちも持っていかれちゃう」

 

「あるある」

 

日本に来てから、色々考え込むようになったのって、それなのかな?成長期とダブルで進行していく、自分の内と外の急激な変化に、気持ちが全然追いつかない。

 

「でも、ずっと住むなら、日本かな。便利だし」

 

モヤモヤを振り払うように、そこまで深く考えてもいないことを、かるく口にする。これも、日本に来てから身についたこと。情報量が多い日本では、会話のテンポも早くて、レスポンスが遅いと何かいわくありげな人に見えてしまいそうで。

 

「だよねー、どこでもコンビニあるし」

 

多英の前でも、やっぱりtense upしてるのかな、私。tense up, ううん、to be defensive, ううん、なんて言うんだっけ、こういうの、日本語で‥あぁ。

 

「どしたー?難しい顔して」

 

サッと手を伸ばして頬に触れてくれた掌が温かくて、

 

「なんか、言いたいことにピッタリな言葉(日本語)が見つからなくて」

 

思ったままをポロッと言ってしまった。

 

「上手く出てこなかったら、英語でもいーじゃん。そんな構えなくていいよ」

 

「それー!身構える、か。またひとつ覚えた」

 

「あはは、カオリン面白い。私の前ではなんでもアリだよ。疲れたら英語喋っちゃいな!」

 

「ありがと。I wanted a friend who could talk like this(こんな風に話せる友達、ほしかったんだ).」

 

「あわわ、やっぱりわかんないや!パードン?」

 

あははははは!

多英と過ごすシモキタは、楽しかった。

 

 

 

 

 

---------下北沢③---------

 

「ライブ、行ってみたかったな」

 

「カオリンなら、お兄ちゃんに同伴頼めば行けるんじゃない?」

 

「そっか!老け顔もたまには役に立つなぁ」

 

「言い方(笑)。前から思ってたけど、カオリンってなんでいつも自分のことわるく言うの?」

 

「そんなつもりはないんだけど」

 

「いいなぁ、自分の美貌を鼻にかけず持て余す感。やっぱカッコいいわ」

 

「最後の方、わかんなかった。もっかい言って?」

 

「カッコいいよ」

 

「その前」

 

「あっははは。カオリン、きれいって褒めたの」

 

「そんな言い方だっけ」

 

「いいからいいから」

 

多分ちょっと違うけど、嫌なことを言われた感じは、ない。話してくれる表情でわかる。褒めてくれるけど目が笑ってない子とかいるもんなぁ。

 

「観に行くのもいいけど、自分でもやってみたい」

 

「なに?バンド?」

 

「うん。お兄ちゃんがベース弾くんだけど、ギター格好いいなぁって、ちょっと憧れる」

 

「いいじゃん。カオリン似合いそう。ウクレレ弾けるんだよね、たしか」

 

ママが撮ってくれた動画を多英に見せたことがあった。授業で弾いてから、優しい響きに惹かれて、月に2回教室に通っていた。音色と同じく、優しかったおじいちゃん先生に、ふと会いたくなった。

 

「ギターは弦が6本だし、多分ウクレレより難しいけど、ジャーン!って轟音で思いっきりコード鳴らしてみたいんだ」

 

「イイね!ライブやるとき、呼んでくれる?」

 

「もちろん!」

 

動画でしか観た事ないけど、自分がかきならすギターの響きがホールに満ち渡る気分ってどんなだろう。きっと無敵!他の楽器じゃ多分得られないビリビリするあの感じ。あぁ、きっといつか。

 

多英を、お気に入りのお好み焼きやさんに連れて行った。

 

「おいしいねー、ここ」

 

「よかった。ここしか知らないんだけど、大好きなの」

 

「カオリン、たこ焼きとかもんじゃ焼きも好き?」

 

「もんじゃはまだ食べたことない」

 

「今度行こう。月島においしいところあるよ」

 

「行くー!連れてって」

 

ツキシマ‥月の島。なんてムーディな名前。

ダディの赴任期間は終わったから、もうハワイに住むことはないんだ。帰る前の晩に家族みんなで眺めた夜の浜辺。

シャンパン色の月が、綺麗だったな。

 

 

 

 

 

---------下北沢②---------

 

下北沢は、ショップのスタッフさん、道行くひと、みんな個性的でオシャレ。原宿とは全然人種がちがう。人種?なんか差別的な言い方。そういう類の言葉を使う時はいつも気をつけなさいってダディが‥。

 

「あんまり来たことなかったけど、面白いね、シモキタ」

 

「うん。お兄ちゃんと時々来るんだ」

 

面白いもの探しで連れて来て貰って以来、シモキタは私のお気に入り。『ヴィレッジ・ヴァンガード』みたいな、本屋と雑貨屋と服屋が入り乱れたような自由すぎる品揃えと陳列はハワイにはなかったもの。色んな世界観に触れられて、すごく興味をそそられる。

 

「意外。カオリンってサブカル好き?」

 

「好きなのかな?うん、王道・メジャー路線よりも、ちょっとクセのあるアンダーグラウンドな方が性に合ってるかも」

 

「私は、いいなって思うけどサブカル入っていけないや。センスに自信ないし、みんなと同じ方が安心。なんて言うんだっけ、無難なやつ」

 

「conservative?」

 

「それー。コンサバ」

 

「大人になったらいくらでも着れるのに」

 

「サブカル着こなす大人もいるよ」

 

多英が、前方でチラシを配るソフトモヒカンのお兄さんを指差した。

 

「どうぞ!今晩、シェルターでライブやるから、時間あったら観に来て」

 

ヒヨコのような柔らかそうな金髪に、両耳に複数あけたシルバーのピアス。笑顔で配られた手書き風文字のチラシに目を惹かれ、「出番、何時頃ですか?」と訊いたら、

 

「20時。来れる?」

 

「無理無理ムリムリ!」

多英が速攻で大きく手でバツを作った。

 

「中学生なんで、遅い時間多分ムリです」

 

「そっか、残念。キミは来れる?」

 

「私も中学生」

 

「えっ、ウソだろ。色っぺー」

 

「多英、行こ」

 

チラシだけ貰って、その場を離れた。

やっぱ早くメイク落としたい。

 

「今のお兄さん、カッコよかった」

 

「多英のタイプ?」

 

「そうかも。普通の髪型してたら、もっといいんだけど」

 

「ソフトモヒカン、ダメ?」

 

「ソフトじゃないよ〜!トンガリすぎ」

 

「あのお兄さんには似合ってたけど」

 

「ウン。でもなんか、別世界のひと」

 

普通。普通って、何だろう。目立たないこと?

変に目立ちたくはないけど、周りの目を気にして、コンサバばっかりってなんかつまらない。

好きなものを自由に着こなす大人が、カッコよく見えた。