---------シイナユウキ---------

 

「俺、椎名結城です。良かったら名前教えて」

 

聞いてどうするんだろう。どこかに名前控えるのかな?そんなメモやリストは周りに見当たらないと訝りながら,答えた。

 

「長谷部です。あの、こういうレクチャーって、他の楽器もありますか?ギターとか」

 

「ギターは部長の吉田さんが一番詳しいんだけど、今の所ギターレクチャーの予定は無し。ギター希望?」

 

「ハイ。でも、ドラムも面白そう」

 

「やってみる?」

 

頷いて、さっきのイメージの再現を試みた。

 

「持ち方いいね。経験者?」

 

「ううん、初心者」

 

リズムキープ、リズムキープ、三拍目、三拍目‥。9小節目から足も入れてみた。

 

「出来てる。センスあるよ」

 

「これでいいの?」

 

フランクで人懐こいペースに乗せられ、いつのまにかタメ口になってる自分。

 

「いいね。ギターやめてドラムやんない?」

 

微笑むシイナユウキを見て、後ろに控えてる子が「出来るんなら早く順番譲ってよー」笑いながら声を掛けてきたけど、声色の中に苛立ちを感じて、ここは素早く退散することにした。

 

「やっぱりギターがいい。仲間見つけて、また来ます」

 

「待ってるよ」

 

笑顔大サービス。笑うとますますかわいい。

違う、サービスじゃない。うちのダディと同じ、この子にとってはこれがデフォルトなんだ、きっと。女性を守られる性として、常に大切に扱う。でもこういうの、どちらかというとカンパクな日本じゃ珍しいんじゃない?

カンパク、何カンパクだっけ、この間調べたのに。ティッシュ、ティーカップ、なんだっけ、ハズバンドの砕けた言い回し。

 

ぽーっとしてる間に、また女子がどんどん入ってきた。女子校だったっけ。一瞬、わからなくなるくらい、次々と。

 

男子と組むのもアリかな。もし彼がフリーなら誘いたいけど。ハッ、でもダメだ。これだけ人気なら、多分もうどこかに決まっている。

出来れば、女の子だけで組みたい。コクったりコクられたり、メンバー間で万一にもそういうのがないように。うまくいかなかった時の気まずさは、きっとバンドにとっては致命傷。そういうのはナシがいいな。また二人、女の子とすれ違いながら考えた。

 

次の日から、バンドをやりたいことを周りの仲間にも話してみた。自分で募集するのは無理でも、誰かに見つけてもらえたり、チャンスは拡がる。数日後に、そのチャンスはやってきた。

 

「隣の4組でギター探してるってよー」

 

「男子?女子?」

 

「オール女子バンド」

 

やった。そこにうまく入れれば。

どうやってアプローチしよう?悩む間も無く、中庭のベンチで仲間と寛いでいた時に、その女子バンドのバンマスから声をかけられた。

 

 

 

 

 

---------笑顔---------

 

バンドをやってみたい、漠然と願望はあるけれど、それって一緒にやる仲間が必要。イチから自分で集める、またはどこか募集してるところに入る?

 

‥人見知り発動。

今まで、自分から仲間を探さなくても、話しかけてくれた子たちに合わせていく感じでなんとなく馴染んで来れたけど、目的を持って自分から誰かを誘うなんて、無理‥。

 

無理だったら、どこか募集してるところに入るのが一番。掲示板で軽音部のチラシを見て、放課後、仲間と離れて一人見学に行った。部室の手前まで行って急に不安になり、中に入れず廊下をウロウロした。洋服を一人でショップに見に行って、店員にいっぱい話しかけられていたたまれなくなるあの感じ。やっぱり一人じゃ不安。誰か入るタイミングで一緒に入れたら。

 

心細くなってやはり帰ろうかと思いかけたその時、隣のクラスの小柄な女子が三人、ニコニコしながらこちらに向かってきた。入部希望の子達かもしれない。廊下の掲示物を眺めるフリをして、到着を待った。

 

「もう始まってる?」

急に話しかけられ、焦って、「うん、多分」

適当に返してしまった。

 

ドアを開けて入る三人に続けて入ると、部室の奥に女子の列。もうこんなに希望者が?

よく見るとコーナーにドラムセットが置いてあり、男子が一人、実演しながら順番にレクチャーしていた。

 

「わるい、音漏れするから、ドア閉めてくれる?」

 

立ち上がって笑顔でこっちに呼びかけてくれた彼の顔を見て、あぁ、みんなこの子が目当てで来たのか‥なんとなく察した。

声こそハスキーだけど、女子の中に居ても浮かない可愛らしい顔立ち。髪型がまるで今さっきサロンでセットしてきたような、無造作且つセンス良くフワッとまとまったクセ毛、クセ毛だよね、確かパーマは禁止のはず。

 

「かわいい!どこの子?美術クラス?」

 

「でしょう?5組だって。学年はウチらと一緒」

 

三人組の内の1人が小声で得意げに語る。

やっぱりそうか。あっ、でもこれはチャンスかもしれない。ドキドキしながら話しかけた。

 

「もしかして,入部希望?」

 

「ううん、イケメン見学」

 

1人が応え、他の2人がキャッキャと笑った。

なんだー。並んでる他の子もそうかな。

ドラムレクチャーには興味はないけど、質問をするために列に並んだ。

 

エイトビートを演ってる。なるほど、三拍目に左手を入れるのか。右手でずっとリズムキープして‥、足は一拍目と三拍目。足と左手のタイミングを合わせる。目を閉じて、イメトレ。

やったことないけど、出来るかも。

 

順番が廻ってきて、笑顔で示されたスツールに座った。間近で目を合わせると、あらためて顔の小ささと肌のきれいさに圧倒された。うわ‥きっとしっかりケアしてるんだろうな。

 

初対面でもフランクに笑いかけてくるこの感じ、ハワイにいた頃のビーチのボーイズ達を思い出した。日本の男の子はどちらかというと最初はシャイだったり無愛想でそっけなかったりするので,ちょっと珍しいタイプ。

 

 

 

 

 

---------視線---------

 

2019年、春。

多英は、お父さんの転勤で千葉に引っ越し、当然高校も別で、中々会えなくなってしまった。

LINEやZenlyで繋がれるけど、やっぱりリアルに会えなくなるのは、寂しかった。

 

また、ひとりになってしまった。

 

立ち回りが上手くなって、一緒に過ごす仲間は直ぐにできたけど、周りに自分が上手くハマっているのかが気になり、心を開くことが難しかった。中学の頃より、話していてわからない流行りの言葉が格段に増えた。

 

自分は、好きなもの、興味のある事柄が、少しみんなと違うんだ。音楽も、映画も。アニメも、皆が夢中になるアイドルも、そんなに魅力的に思えなかった。

 

「カオリンは誰推し?」

 

提示されたフォトのなかで、ダディに似た感じの優しげな男子を指さす。

 

「わ!癒やし系好きなのね、私も好きー!」

 

正直どうでもいいけど、ぼっちになって目立ちたくないから、調子を合わせる。

 

「今日さー、少し進展があって、また話聞いてくれる?」

 

「いいよ。マックに寄る?」

 

先週から、元カレとヨリを戻したい紀子の相談を受けていた。相談‥答えを求められる訳じゃない。溜まった想いの、受けとめ手が欲しいんだ。

 

「でねー、それって今フリーなんだよって匂わせかなぁって思って」

 

匂わせ = はっきりした言葉を使わずに、それとなく相手に悟らせようとすること。

 

ノリはすごくゆっくり、同じことを繰り返し反芻しながら話してくれるから聴き取り易く、皆が良く使う言い回しも彼女からだと文脈から意味を掴むことが出来た。あぁ、スマホにメモできたらいいのに。ホントなら録音したいくらい。でも相談を録音なんかしたら、嫌がられるよね。

 

 

‥ん、熱い。

なんか、視線?

 

少し離れた席でひとり、コーラを飲みながらこっちをジッと見てる男子がいる。スパイキーに立てた髪に、大きな目。すごい目力。

 

スカウトマンに追いかけられた経験から、人の視線には敏感になっていた。話を聞きながら、気付かれないようにチラッと見ると、表情が険しくて、ちょっと怖かった。明らかに、話を聞いている。ノリは声が通るから、うるさいかな?個人名バンバン出てるから、その中の誰かの知り合い?制服の感じだと、うちの学校だよね。なんだか居心地がわるくなった。

 

一生懸命話を聞いてる風だけど、実際はそんなに興味はなくて、言葉やフレーズの採取に集中してる、自分の狡さを咎められた気がした。

そうだよね、こういうの、良くない。

 

話がもう一巡したところで、

「やっぱり、直接話してみたらいいよ」

 

と、背中を押して、

「そろそろ行こっか」

 

自分とノリのカップを片付け、二人でマックを出た。

 

がんばってね、ノリ。聞いた感じ、元カレには避けられてるみたいだけど、でもお互いに好きだったなら、実際に会ったら何かが変わるかもしれない。

 

会えるって、素敵なことだよ。

大事な友達に会えなくなった春、駅に向かいながら、胸の中で呟いた。