---------ビギナーズ---------

 

「みんな初心者って聞いたけど」

 

「そう!でももう、各自練習始めてる」

 

マユがテーブルを軽くトントンと叩き、

 

「ねっ?」ユイと目を見合わせた。

 

「マユがドラム?」

 

「そう!マユってば、けいおん見学に行ったらすっかりハマっちゃって」

 

ユイがからかうと、マユの頬にサッと赤味がさした。

 

「ヤメテー。ユイが誘ったんじゃん」

 

中性的な名前と顔立ちの、ドラム男子が目に浮かんだ。なるほど、彼は勧誘にも一役買ってるんだな。

 

「もしかして、シイナユウキ?」

 

「そう!カオリンも行ったの?レクチャー」 

マユの目が輝いた。

 

「ん。でも残念、ギターはやってなかった」

 

「カオリンは彼に興味なし?シーナくん」

 

「ちょっと変わってるかな。なんか‥」

 

日本人ぽくないって言ったら、変かな。

 

「愛想良すぎて、その道のプロみたいな」

 

「あっははは!ホストみたいな?」

アヤがツボった。その道って言うと、そっちなのかな。

 

「人たらしなんだよねー。ちょっと話すとなんか女子はメロメロになっちゃう」

 

ユイの言葉にウンウン頷くマユ。なんかかわいい。

 

「ドラム、もっと教わったら?」

 

「うん、また行くつもり」

 

「がんばって」

色んな意味で。

 

「うん!」

 

あぁ守りたい、この笑顔。どうかシイナユウキが、いいヤツで、マユに振り向いてくれますように。

 

そのあとみんなで四階フロアの銀座山野楽器に行き、女子バンドのバンド譜を探し、いくつかの候補からSHISHAMOのを選んで買った。自分の好みだとバングルスとか洋楽が良かったけど当然売ってないし、日本の女子バンドにも興味があった。ヤマトナデシコってあんまりバンドのイメージが無かったから。

 

サブスクで探して聴いてみると、軽快で爽やかなロックンロール。カテゴリーだとJ-POPになるのか。ヴォーカルの子の発音がクリアですごく聴き取りやすくて、これはすごく助かる。

 

「これ、好きかも」

 

「ホント?良かった!」

 

微笑むマユと軽くハイタッチしながら、4人でライブをする映像を思い描き、わくわくした。

 

身構えなくていい。

自分が好きな自分でいられる。

一緒に過ごすうちに、徐々にその思いが強くなった。テンネン(本人が気付かずにかわいらしいボケをかますこと?)なマユにツッコんでみたり、自分にもツッコミが出来ることに驚き、アヤの遠慮のないフランクな物言いも気楽で良かった。とぼけたユイの身近な人の細かい物真似にも大いに笑った。

 

この居心地の良さが相性の良さなら、ここに入れた自分、とんでもなくラッキー。

笑顔の三人と、バンド結成記念フォトをぎゅうぎゅうに寄り添って撮りながら、感じていた。

 

 

 

 

 

---------ユイとマユ---------

 

放課後、荷物をまとめて教室を出ると、隣の4組の前で例のヤマグチアヤが腕組みして話す横に、小柄なかわいらしい女子が二人いた。

 

「きたー!」

 

「ヤバイ!めっちゃタイプなんだけど」

 

「でしょー?カンペキ」

 

サムズアップして語るアヤの隣に立ち、挨拶した。

 

「よろしく。長谷部香織です」

 

「よろしくね、平野真侑です。カオリンって呼んでいい?」

 

「いいよ」

 

綺麗に結った三つ編みをヘアバンドのようにあしらった、パッチリした瞳のかわいい子。やっぱりここでもカオリン呼びなんだ。差し出した右手を握ると、赤ちゃんのように温かい。あ、この感じ。なんか、既視感。

 

「よろしくー。清水由依です」

 

ニコニコして小首を傾げて挨拶してくれたもう一人の子は、毛先をゆるく巻いた髪に小さな卵型の輪郭、ぷっくりしたピンクの唇が印象的で、日本のグランマが贈ってくれたThe Empress doll(お雛様)のよう。

 

ワォ、二人とも、なんて可愛いの。

 

「めっちゃかわいい‥」

 

お世辞抜きで思わず呟いていた。

 

「またまたー!カオリンこそビジュヤバくない?優勝🏆!」とマユの笑顔。

 

「優勝?」

 

ヤバイにはさいあく(terrible)とサイコー(fucking good)の真逆の意味がある。どっちにしろかなりの強度。この場合いい方に取っていいのかな。

 

「ルックス大事。ギター結構重たいからね、カオリン、タッパもあるし、ギター映えするよ」

ウィンクしながら話すアヤに、思わず聞いた。

 

「タッパー?」

 

「タッパ、つまり身長。ウソー、言わない?」

 

「「言わなーい」」

 

二人が口を揃える。

 

「そう?うち建築屋だから特殊なんかな?建物にも良く使うけど。まぁ、いいや。とにかくカオリン、映えるから」

 

「ありがと。嬉しい」

 

コンプレックスの身長が役に立つかも。

 

「ねー、なんか甘いもの食べに行かない?」

 

ユイの提案にマユの瞳が輝いた。ちょっとファニーなぐらい大きく目を剥いて、

 

「いこ!カオリン。ミニ歓迎会するよ」

 

柔らかく腕を組んできたマユの、人懐こいながらもこちらがイヤがっていないかを慎重に確かめるような優しさが心地良くて、気持ちがほどけた。なんか,好き。この子。

 

「おーし、行くよー!」

 

先に立って歩き出したアヤの後姿。颯爽としてカッコイイ。そうだよね、背が高いのも悪くないかも。

 

いつのまにか両手に花のスタイルで話しながら歩き、ちょうど来たバスに走って飛び乗り,駅ビルのカフェでパンケーキを食べる頃には、三人とすっかり打ち解けていた。

 

なんだかすごく楽。流行りを知らなくて無意識に出るボケをすかさず拾ってくれる。なんだろう?相性?ずっと前から知っていたような不思議な感覚が心地よかった。

 

微笑みながらアヤの話に頷くマユを見ながら気づいた。そっか、この子、多英にちょっと雰囲気似てるんだ。

 

 

 

 

 

---------加入---------

 

「お話中ゴメン。長谷部さんと少し話したいんだけど」

 

言いながら、その長身の美人は大きな瞳で、どれがハセべなのか瞬時に探りを入れてきた。

圧。話し続けることを許さない、否応なしの入り方。

 

この人知ってる。入学式で結構目立ってた、あのキレイな人だ。

 

「私です」

 

小さく手を上げ、目を見返した。何かうちのグループに文句を言われるなら、仲間を守らないと。

 

「お!ちょっと立ってみてくれる?」

 

「?」

 

すかさず立ち上がると、

 

「イイね。ビジュ最高じゃん」

 

目線が僅かに上。女の子に見下ろされるのは、普段なかなかない経験。

 

「??」

 

「ウクレレ‥マンドリンだっけ?弾けるって聞いたんだけど。うちのバンドに入ってみない?」

 

お願い、じゃなくて勧誘。真っ直ぐに見つめてくる目を見ながら、いいな、なんかこの有無を言わさない強気キャラ。こっちも変に気を遣わなくて良さそう。第一印象って大事。最初に違和感を感じる相手は、その後色々あってもやっぱりどこか合わせにくい。

 

「ウクレレ。エレキギターはまだ練習中だけど、いい?」

 

「マジ?やった!安心して。ウチらみんなビギナーだから」

 

この人面白い。すごく手慣れた感じで誘うから、てっきりバンド経験者かと思ったら、初心者?なんだろ、この自信満々感。

 

「長谷部香織です」

 

お近づきの印に手を出すと、第一印象そのままの強い圧で握り返してきた。

 

「よろしく。私、山口綾」

 

やまぐちー。人生最初の失恋の、岐阜の山口くんが頭に浮かんだ。

 

「なに?ヤマグチに何かトラウマあんの?」

 

「えっ?私、声出てた?」

 

ヤバ。

 

「あっはっはっは!」

 

握った手のまま引き寄せてハグされ、背中をバンバン叩かれた。イッテ‥

 

「任せて!全山口代表として、イメージ上書きしてあげる!」

 

豪快、野蛮、威圧感。

でも、全然イヤじゃない。

話す言葉を、裏表ナシにそのまんま受け取っていいと思える何か確信のようなものが湧いた。

 

「よろしく。期待してるね」

 

「放課後,迎えに行くから!」

 

迎えって‥隣だし。変なの。

意気揚々と去って行く後ろ姿を見ながら、なんだかワクワクした。

 

「良かったネ!カオリン」

彼女が去って、ずっと息を呑んで見守ってたノリとミキがハイタッチしてくれた。

 

「うん、ありがとう」

 

なかなか一緒に帰れなくなるかもだけど。

 

やるからにはしっかりやりたい。

心の中で、ダディの部屋で聴いたビートルズの、ア・ハード・デイズ・ナイトのイントロのコードが鳴った。

ジャーン🎉!