---------仔ウサギ登場---------

 

マユはいつも、よく仲間を見てる。些細な変化に直ぐ気付き、優しい言葉を掛けてくれる。

人懐っこいようでいて、必要以上に踏み込んでこない。この距離感、ホッとするのは、私にとって絶妙にちょうどいいからなのかな。

 

「ねーねーね、気付いてた?」

 

「なに?」

 

ショー達が先に中に入った後、距離感いつもバグってるアヤに肩を組まれた。この強引さにもすっかり慣れた。

 

「アンタが笑った時の、ショーの嬉しそうな顔!アレ絶対カオリン推しだよ」

 

「ちがうよ。私聴き取れなくてついてけないから、笑いにうるさいって思われてるだけ」

 

全然そんなんじゃないのに。むしろたくさん笑ってくれるマユやユイの方が嬉しいはず。

 

「ふぅん。こういうの私、外したことないんだけどね」

ニヤニヤしながら見つめてくる。

 

「こういうの?」

 

「まぁ、いっか」

 

関心が有ったらもっと話しかけて来るはず。

ショーにとって私は、何か珍しい生き物。

一瞬目が合ったけど、秒で逸らされた。何か、見てはいけないものを見てしまった感じの気まずさ。

 

やっぱりどこか変かな、私。かわいらしく小柄で無邪気な日本の女の子たちの中で、どうしても浮いてしまう。

 

「ウチらも、中入ろう」

 

アヤに促されて部室に入ると、早速ユイが、

 

「マユ、シーナくんいるよ!」

 

マユの推しメンのシイナユウキを見つけた。

マユが、はぅ‥と、息を呑むのがわかった。

フワッとしたスタイリングの髪をかきあげて、一瞬入ってきた私たちに視線を向け、キュッと口角を上げると、また手元のスティックに目を落とした。

やっぱりかわいいな、この子。パッと目を惹く。

 

「カオリン見つけなかったら、ウチらもあの集団入りだったよ」

 

アヤが指差す「シイナユウキ」のいるグループは、まだバンドが決まっていない一年部員の集まり。あんなに女子に人気なのにどうして?ショー達みたいに、男子だけで組みたいのかな。男子の絶対数が少ないから、それは難しいかも。

 

カラーン!

シイナユウキが、器用に回していたスティックを落とした。目を見開いて、今入ってきた子を見つめている。私達とは明らかに違う反応。

 

頬をピンクに染めた色白の小柄な女の子。

ハゥキュート❣ 仔ウサギみたい。

やけに年季の入ったあれは‥スティック・ケース?

 

「おー、よく戻ってくれた!待ってたよ」

 

アヤの推しのワイルドな長髪の吉田部長が声を掛け、皆一斉に彼女を見た。

 

部長が待ってたってことは、もしかしてすごく上手いとか?

 

 

 

 

 

---------隣の隣---------

 

それまで全く見かけなかったのに、朝の駅、バス停、教室の移動時等に、黒豹ボーイをやたら見かけるようになった。

引き寄せの法則?

意識の中に一旦入ってくると、知らず知らずに目で探してしまうのかもしれない。

 

同じ音楽棟どころか、クラスまで1組と3組で、隣の隣。なんで気づかなかったんだろう。良かった、隣じゃなくて。

 

別に隠れる必要はない。

喋ったこともないし、なにか責められたわけでもないのに。姿を見かけると咄嗟に隠れてる自分がだんだん可笑しくなって、ある日廊下でアヤと談笑する黒豹ボーイを見かけ、同じ軽音部員とわかり、コソコソ隠れるのは止めることにした。

あの日の黒いジャージは、借り物だったのかな。あんなに速く走れるのに、どうして軽音?

 

軽音に入ることを決めて、三人と部室に行った日、黒豹ボーイと彼の仲間に会い、アヤに紹介してもらった。

 

笑うとクシャッと幼い感じになるベビーフェイスのせいか、自分より多分背が低いと思っていた黒豹ボーイの目線は、いざ向き合ってみると意外にも少し上だった。

 

「よろしく」

 

「こっちこそ」

 

「カオリン、すごいんだよ。コード全部弾けちゃうし」

 

マユが話してくれて、お互いギター担当なことがわかった。

 

なにかリアクションがあるかと思ったら、無反応。日本の男の子の例に漏れず、彼も微妙に目線が合わない。前髪のあたりをみてるのがわかった。

 

良かった。特に覚えてないみたいだし、あの時の変な感じは、自分の気のせいだったんだ。

隠れたりして、バカみたい。心に引っかかっていた重しがひとつ取れて、気持ちが軽くなった。

 

話に興味がないのにあるフリをする、自分が嫌いでそうなったんだ。もう、そういうのやめよう。気づかせてくれてありがとう、黒豹ボーイ。

 

槙田翔(マキタショー)。男女問わず皆が彼をショーと呼ぶ。ショーはダディのミドルネームのショーンに似ていて、笑顔を絶やさない明るさが心地よく、親しみを感じた。

 

感じたけれど、脚と同様に彼はトーキングスピードがすごく速く、集中して聴いても半分くらいしか判らなかった。特に、仲間のみんながお腹を抱えて笑う、ギャグの類は益々速くて独特のリズムがあって、全くついていけなかった。

 

同じことで笑えるときに感じる一体感。仲良くなるのにはそういうのってすごく大事。

 

あぁ、ひとりだ。通じないの、私ひとりなんだ。

 

話しながら、ショーが時々チラチラ反応を見てくるのを感じるけど、わからないのに笑うフリなんてできない。笑いのツボが特別深いワケじゃないのに、単純に聴き取れないのがもどかしかった。

 

「そういうところがいいよ」

 

調子良く適当にごまかせない自分を、多英が励ましてくれたのを思い出した。

 

私って‥、人に対してすごく臆病だ。

裏切られるくらいなら、最初から期待しない。

なんて構えてるくせに、心を許せる人が現れると、すっごく執着してしまう。今だって、多英が掛けてくれた言葉をお守りみたいに、胸にずっと抱きしめて生きてる。きっと多英は、新しい世界で新しい仲間と上手くやってるのに。

 

「ねっ、カオリン?」

 

マユの言葉で我に返った。

 

「はっ、何?」

ビックリして目を見開くと、

 

「今、一瞬寝てたでしょー」

 

「んー、意識飛んだかも」

 

あははははは!

ショーがしょーもないギャグ言うからー!

 

みんなの笑いと共に、輪の中に入れてもらったのを感じた。ありがとう、マユ。

 

 

 

 

 

---------黒豹---------

 

脚の速さと運動神経って関係あるんだろうか。中学でバスケ部に入りたてだった頃、先輩の練習を見て、脚の速さとジャンプ力が比例してることに気付いて、速い人は元々の持ってるバネが違うことがわかった。

 

ボールのコントロールの巧さは、また別で、そっちも何か生まれ持ったセンスのようなものがある。だから、脚が速い=万能ではないことが徐々にわかったけど、単純なスピード競争で相手を瞬時に抜き去る脚を持った異性には、何かわからないけど、すごく惹かれた。

 

岐阜でハートブレイクした、山口峻也くん。

リレーのアンカーで、他の走者が止まって見えるくらいの勢いで追い抜いた小柄な彼の、私が惹かれた魅力のひとつが、彼の駿足だった。

 

無駄のないしなやかなフォーム、必死の形相の敵を微かに笑みさえ浮かべて抜くときの、絶対王者感。

 

「どしたの?カオリン」

 

「ううん、なんでもない」

 

束の間、郷愁に浸ってた。岐阜に行くことなんて、恐らくもうそんなにないんだろうけど。

 

「うちのグループだけさー、ビーカーが1個足んないんだけど」

 

先生に申告すると、備品倉庫から持って来て良いと言われ、莉子と二人取りに行くことになった。

 

「ひとりでいいのに」

 

「いいのいいの。ちょっとだけ抜け出したくて」

 

イタズラっぽく笑う莉子と、倉庫に続く渡り廊下に差し掛かったとき、サッカーの授業中の男子に目が留まった。紅白戦?

 

「すご。速!」

 

莉子が指差す先に、1人だけ下が陸上部の黒いジャージの男子が、相手のマークを振り切って加速したところだった。

 

全然追いつけない。速い。速い。速い。

おっとりした猫の群れの中に、黒豹がいるみたい。さすが、陸上部。

 

仲間の名前を叫んで、パスした彼が笑顔で振り向いたとき、逆立てた髪と浅黒い肌に、既視感があった。

 

あの黒豹くん、どこかで‥。

 

「イェーィ!」

 

ゴールした仲間とハイタッチする姿を見て、思いだした。あの目力。マックで睨んできた子だ。ヤだな、同じ学校だったのか。

 

別にやましいことは何も無いのに。

たまたま機嫌が悪くて怖い顔だっただけかもしれないのに。

 

でもなんとなく、誰にも見せない自分の狡いところを見透かされたように感じたあの時の昏い気持ちがよみがえってきて、

 

「行こ、莉子」

 

その場を急いで後にした。

 

ジャージの新しい感じだと、恐らくタメ(一年生)。どうか、音楽棟のクラスじゃありませんように。

 

なるべく顔を合わせたくない。

なんとなく、苦手。