‐‐‐‐‐‐‐渡す!‐‐‐‐‐‐‐

 

「そうだな、関係ねーや。とりあえずは感謝の気持ちを‥」

 

「まさか翔が作ったなんて思わないだろ」

 

そりゃそーだ。ピアノ以上のギャップ。

悩み無用。

 

「この、型から出したホールのまんまあげんのか?」

 

「まさか!いきなりそんな量貰ったらドン引きだろ」

 

「それはそれで面白いな」

 

「切り分けてコンディションのいいところを‥」

 

「やっぱ見た目カステラじゃん」

 

「うるせーなーもー!」

 

おちょくられてイラッとしたが、楽しげに笑う兄貴を見て俺もなんだか楽しくなってきた。

 

渡そう俺の、ウィークエンド・シトロン。

 

🍋⭐︎🍋⭐︎🍋

 

 

今日こそ。今日こそ渡す。

 

昨日と一昨日、部活で会えなかったから、やっぱ休み時間にアポ取るのが一番確実だ。作りたてを渡したくて、既に槙田家のキッチンでは、レモンケーキの大渋滞が起きていた。

 

これ以上タイミング逃すと、俺の家メシは全部レモンケーキになっちまう。祈るような気持ちで、カオリンの教室に向かった。

 

入り口近くで、前髪を直す平野を見つけた。カッキーの言う通り、会うたび髪型が違う。チャンスだ!呼んで来てくれるかもしれない。

 

「よう!」

 

目が合うと、「あー」と声をあげ、何か知らんがクスクス笑い出した。??何だよ?

 

「カオリンなら、3組だよ」

 

「なっ!?」

しまった、SASAMIで1人だけクラス違うんだった!動揺してカッと赤くなる、恨めしいこの体質。

 

「なんでわかった?ライブのとき、ギターのピック失くして借りたから、夏休み前に返しに」

 

部活には来ないけど、学校には来てるはず。

そうだ、俺のカオリン推しは、きっとSASAMI全員にバレてんだよな。恐らく本人にも。

 

「カオリン、今日は行くって言ってたよ」

 

「マジ?じゃあ、そんときでいいや」

 

今日は会える!安堵と期待で、胸にパッと明かりが灯った。

 

「渡しておこうか?」

 

「いい!自分で」

 

手を延ばしてきたわけでもないのに、レモンケーキを守ろうと思わず背中に隠した。

 

「んじゃ、部活で」

 

言い残してその場を素早く去る。

振り返らないが、なんか絶対笑われてる感。

 

3組の前を通ったが、中を覗き込む勇気はなかった。カオリンのことになると、とことんへタレないつもの俺。彼女が出来て、少しずつ変わってはいるんだろうか。

 

🍋⭐︎🍋⭐︎🍋

 

放課後。

来る時はいつも早めのカオリンに倣って、ひとり先に部活に向かった。会えるのが楽しみで、いつも足早に通り過ぎた渡り廊下。なんだかいつもと違って見えるのは、コレは俺にとっての非日常なのか。

 

変だな、今からコクるわけでもないのに。

俺‥緊張してる。

 

 

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐ウィークエンド・シトロン‐‐‐‐‐‐‐

 

チェック合格で、どうにかオーブンにセット完了。焼いてる間に、仕上げに表面に塗る溶液を粉砂糖とレモン汁で作る。化学の実験みたいだな。焼き上がったケーキを十分に冷まして、あとは刷毛で塗るだけ。

 

そうだ、謝らなきゃ。

 

「母さん、俺、昨日くれたライブの御守り、うっかり失くしちまった。ゴメン」

 

「いいよー、小さいからどっかに紛れたのかもね、気にしないで」

 

「せっかく作ってくれたのに」

 

「いいの、いいの。応援に行けないから、分身?みたいなもので、ママの自己満足よ」

 

「分身落としちゃったんだ、俺。ますますゴメン」

 

「あっはははは、もういいってー」

 

せっかく用意してくれたものを失くしたり、置いていったり、今までにもたくさんあった。

でもいつも俺を責めずに、明るく励ましてくれて、リカバリーも凄く早くて、助けてくれた。

 

ADHDのこと、きっと俺が気づく前からわかってて、ずっと見守っててくれたんだ。俺の部屋が魔窟になったとき、快く広い部屋と変わってくれた兄貴も、きっと。

 

家族って、スゲー。

 

「出来上がったら味見してくれる?」

 

「もちろん!で、誰にあげるの?」

 

やっぱ聞くか(笑)

 

「大事な人」

 

「彼女(恋人)?」

 

「ハハッ、彼女(She)」

 

そう、カオリンは俺の推し。

大事な人。

 

 

最初に作ったやつは、仕上げ液を塗り過ぎて失敗して見た目がイマイチ。そのあとまたトライして、やっと3回目に満足のいく仕上がりになった。

 

満足?まぁ、自己満足だけど。

失敗作は家族に提供。

 

「これ、翔が作ったのか?」

 

うっ、親父。

なんか言われるかな。

 

「そうだけど」

 

「‥‥‥」

 

普段、甘いもん食わないよな。

 

「‥美味いな」

 

😨褒められた!

チビの時の、ピアノの発表会以来だな。

 

 

「こんなに作って、店でも出すのか?」

徹兄ぃ、降りてきた。

 

「どれ、オレにも一個くれよ」

 

切り分けたピースの一番デカいところを持ってった。

 

「美味いな、このカステラ」

 

ムカッ。

 

「カステラじゃねーし」

 

「ケーキにしては重量感あるし、パンと呼ぶにはしっとりしすぎる」

 

「ケーキだっつの。なんとかシトロンって、洒落た名前があんだよ」

 

「フランス語?レモンカステラでいーじゃん。しっとり具合はどら焼きにも近いな」

 

「クッソ、何とでも言え」

 

この際、味がマトモならなんでもいい。

 

「彼女にあげんのか?意外に尽くすタイプだなお前」

 

「まぁ、作るの好きだから」

 

作っちまったけど、やっぱ手作りなんて重いかな。

 

「‥‥」

 

「ん?どうした?固まって」

 

「これ、俺の彼女にじゃなくて、推しのカノジョ向けなんだ」

 

「カヌレ、だっけ。なんでまた」

 

「ライブの時、大ピンチを助けてもらって、そのお礼」

 

ジッ、と顔を見てくる。なんだよ、なんかついてるか?

 

「言いたいこと有ったら、言えよ」

 

「別に。いいじゃん。カステラ美味いし、きっと喜ぶよ」

 

「だから、カステラじゃねーっつの!」

 

「アッハハハハ、かわいいなぁ、お前」

 

「かわいい、言うな」

 

「結局何も伝えられなかったんだろ?もう次が始まっちまって」

 

「いいんだ。自分で選んだんだから」

 

「じゃあ、さっき何迷ってた?」

 

「お礼に菓子とか、重いかなって」

 

「もう、下心ないんだろ?どう思われたっていいじゃん」

 

そっか、俺まだカオリンに良く思われようとしてた!

 

 

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐レモン‐‐‐‐‐‐‐

 

土曜日の昼下がり、カオリンのことを考えていた。

もう思いは断ち切ったから告白なんてしないけど、ピンチを救ってくれたピックは返さねーとな。あげる、って言ってくれたけど、持ってるとなんとなく青木に悪い。

 

返そう。

ハダカで?

それはマズいよな、せめて包んで感謝の気持ちを‥

 

やりすぎ?重たいか。キモいかな。

 

でも、伝えたい、気持ち。

俺のスクールライフ、カオリンがいることですごくしあわせだった。支えだった。

 

何かプレゼント、負担にならないもんで何かないかな。ギター関連小物🎸?好みもあるもんな。残らないもの、消えもん(食べ物)がいいか。何を?好みなんて全然わからない。ずっと推してたわりに、リサーチ不足。

 

小さなレモン色のピックを見つめる🍋。

 

そうだ、レモン。

 

 

台所に常備してあるタブレットでレモンの菓子を探す。クックパッドでシンプルで美味そうなケーキを見つけた。幸い材料は全部間に合いそうだ。青木との横浜デート以来、調理が面白くて、時々キッチンに入るようになっていた。

 

「母さん、このレモン使っていい?」

 

「いいよ。今晩の唐揚げ用だけど。何なに?」

 

興味津々で参入してきそうな姿に、ストップをかけた。

 

「あー、いい、いい。もしなんか困ったら、声かけるから」

 

最初から最後の1工程まで、全部ひとりでやりたい。これは俺の、訣別の儀式。

 

 

なーんてな。バカ、付き合ってたワケでもねーのに。向こうは俺のことなんか、何とも思っちゃいないのに。

 

そう思った瞬間、少し胸が傷むのは、もう恋じゃない。きっと古傷の類い。

 

バター、砂糖、とき卵、レモンの皮のすり下ろし、レモン汁の順に混ぜていく。写真の通りのテクスチャーにするには、それぞれかなり根気良く混ぜないといけない。

 

結構力要るやん、コレ。重労働だ。

だからパティシエって男が多いのか。

 

無心にかき混ぜていくうちに、どんどんカタチが変わって、目指す所に徐々に近づいていく。

いいかもなぁ、モノ作り。ただ対象の事だけを考えて、ひたすらに進む。俺の性に合ってる。

 

イイ感じで作業を進めてたら、母が静かに近付いて様子を見に来た。

 

「なんだよ」

 

「ちゃんとふるってね、薄力粉」

 

「ん?ふるうって何?」

 

「ダマにならないように」

 

目の細かいザルを持ってきて、俺がボウルに入れようとしていた粉を、漉してくれた。

 

「へ‥え」

 

こうやって固まりを取除くのか。

よく作る人には当たり前の手順は、簡単レシピには載ってない。

 

「母さん、ちゃんと出来てるか、みて」

 

ここまでの工程で出来た混ぜ物をチェックしてもらった。

 

「いいんじゃない?翔ちゃんは仕事が丁寧ね」

 

「粉、混ぜたら、焼く前に見てくれる?」

 

「了解」

 

色々聞きたそうだが、聞かないでいてくれる。

段々俺のトリセツわかってきたのかな。

 

🍋⭐︎🍋⭐︎🍋