‐‐‐‐‐‐‐さっちゃん‐‐‐‐‐‐‐
「さっちゃんはそういうのないんだ?」
唯一長く続いてる今カノ。
「ない。最初から変わらない」
今どき珍しい「子」のつく名前。下村佐智子、さっちゃん。俺らと同じで、母方のルーツが沖縄。
「付き合う前、オレのことすごく警戒してたけど、一旦付き合い始めたらすごく信頼してくれて」
「その信頼を裏切ったワケだ」
「…そう、2回も」
珍しく神妙な表情。
普段からガールフレンド多かったから、急に一人に絞るのって難しかったのか。
家で待たせて!って、血相変えて中々帰らなかった子もいたな。
「さっちゃんは、ヒステリックにならなかった?」
「うん。怒るっていうより、鉢合わせにビックリして、オレの前から消えた」
喪失感、か。
「2回めは?」
「さんざん探して謝って、やっとヨリを戻したのに、時々悩み相談聴いてた子がサチとのデート中に乱入してきて」
「おお、こわ」
「『忙しいって、コレ?嘘つきー!』と、叫ばれて」
「その気にさせちまったんじゃん」
「『話聞いてあげて』って、サチがまたどっかに行こうとするから、追いかけて捕まえたら」
「殴られた?」
「いや。でも、殴られたくらいの衝撃だった、サチの涙」
明るくて、いつも朗らかで、素材はいいのにあんまりメイクしない、カジュアルで飾り気のない笑顔のさっちゃんが浮かんだ。家に来た時、俺にも気さくに話しかけてくれたっけ。
「責められるより何より、サチにそんな悲しい顔させた自分がイヤで」
「それでも変わらないんだ?イメージが」
「ああ。初めて会った時のままなんだ。ガッカリさせられたことはない。唯一、時々待ち合わせに遅れてくることと、もう少し洒落っ気持ってくれたらって、それくらい」
そう言えば、歴代の彼女で1人だけタイプが違う。他はもっと、巻き髪命!マツエク上等!とかそんな感じ。雑誌から抜け出てきたような。
ガッツリメークしたら絶対かわいいのに‥
ブツブツ言う徹兄貴を見ながら、青木のことを考えていた。
片想いって、思いが募って相手のことを神格化しちまうから、いざ付き合ってみるとギャップデカいかも。悪い方の。
「遅刻やノーメイクは許せるんだ?」
「ん?ああ、サチだから。元がかわいいし、沖縄時間ってやつかな」
「兄貴が待てるなんて、愛してんだな」
「ヤメロ笑!しまった、酒入ってるから喋りすぎた」
欠点を許せるのは、好きだから。長く続く秘訣って、どうやらその辺がカギだ。相手の気になるところをどれだけ許せるか。
まだぜんぶ見せたワケじゃない、俺の変なところ。果たして青木の許容範囲に収まるんだろうか。
「さっちゃんなら、オレのねーちゃんになってもいいよ」
「バカ、気が早い」
「だって、さっちゃんの前の子?初めて会ったとき、挨拶したら、名乗りもしないで『徹の弟?あんまり似てないね』とか、チョー失礼」
「ハハハ」
「イケメン以外はぞんざいに扱っても許されると思ってる、それが当たり前だと思ってる、ヤな女」
「オイ」
「だから、さっちゃん見つけてきて、兄貴見直した。どこで知り合った?」
「小田急線」
「電車でナンパ?節操ないな」
「いくらオレでもそれはやんない。まあ、かわいかったのは確かだが」
混んだ車内でさっちゃんのカバンの紐と兄貴のバッグのファスナーの金具が絡まり、シモキタで降りようとしたさっちゃんが降りられなかったと。
「咄嗟にオレが一緒に降りればよかったんだが、焦ってアタマが回らなくて、その時、『落ち着いて、ゆっくり取りましょう。無理に引っ張ったら金具が壊れちゃう』って、そのまま乗っててくれた」
「やさしー」
「見ず知らずの他人に見せる思いやり、オレの周りにはいないタイプだと思った」
「環境悪すぎ笑」
「ウルセー。快速だと登戸まで止まんないだろ?オレのせいでバイトに遅れちまって、お詫びに食事に誘おうとしたらなかなか連絡先教えてくんなくて」
「それぐらい堅い方がいいな、俺」
「ああ、実はオレも。だから、警戒を解くため、店に通ったんだ」
らしくない、一途な思い。やっぱ苦労して手に入れた宝物は、大切なんだな。
さっちゃんに出会って、徹兄ぃ変わった。
俺も、青木と出会って変わりつつある。
以前は想像も出来なかった、ポジティブに。