流鉄 100周年 その4 | きゅうの鉄道写真館

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きゅうの休憩室から鉄道関係を移設しました。
ドールに興味のない方はこちらで。



流山線に大型車両が入線しました。

元西武の501系です。


流山線は流山鉄道→総武流山電鉄→流鉄と

社名を変えてきましたが、どの時代においても

電車を新製する力はありませんでした。


昭和54年(1979年) 初の20m級電車が

西武鉄道からやってきました。

以降、中古電車の購入は西武鉄道から

という流れが始まりました。






西武の電車が入るたびに古い電車は消えていきます。

最後まで残ったのは川車製の1002号の編成と

京急からきた1101号の編成でした。






ちょっと話はそれますが、この2枚の写真

台車側枠の位置の違いにご注目ください。

モハ1101は短軸、クハ52は長軸を使用しています。

長軸台車は将来軌間が標準軌化されたときに

車輪だけ交換すれば済むように準備されていたのです。


元西武501系の3輌編成は4本入線しました。

このときから流山線の特徴となる愛称がつけられました。

入線した順番にご紹介すると






流星(りゅうせい) S54.2.9~H11.2.11

ながれぼしではなく、りゅうせいと読みます。






流馬(りゅうま) S54.9.21~H9.9.9

流山と馬橋を結ぶから流馬です。 なーんだ。






銀河(ぎんが) S55.4~H7.11.9

これは簡単。 銀色だから銀河。






若葉(わかば) S56.6~H11.6.26

これも塗色からついた名称でしょうね。


4本の元西武→流山線では1200型がそろいましたが

しばらくは2両編成の中型車が残りました。

現場の方に聞いたことがあるのですが、

モハ+サハ+モハよりも電気代が安いから、だそうです。


朝夕は3輌編成、日中は2両を中心にと

使い分けていましたが、

やがて元551系の2両編成が導入されて

古い中型車は淘汰されました。


中型車両の最後の活躍をご覧下さい。












ところで最後の2両ですが

クハ52は西武の前身、旧武蔵野鉄道の出身。

モハ1101は元京浜急行のデハ400です。

特に1101号は、京急らしい大きな窓の明快なデザインで

流鉄の中では異彩を放っていました。










そして、昭和59年11月

西武鉄道からさらに551系2両編成を購入した結果

最後の中型車も廃車されてしまいました。


モハ1101号は流山の検修庫に

しばらく姿を見ることができましたが、

いつの間にかいなくなりました。



それでは今日はこの辺で。

次回は551系2両編成 「なのはな」と「あかぎ」から。



本日もご乗車ありがとうございました。




※1200型の入線から廃車の年月日について

 流鉄の公式ホームページを参照させていただきました。