昔、僕は教師が嫌いだった物語
今、学校の先生は、タイヘンな時代を迎えて
苦労されてるよーですね( ̄v ̄;)
m(_ _)mゴクロウサマです。
教育は明日の社会を支える重要な基礎やと
僕は思いますです。
今後ともよろしくお願いしますm(u_u)m
僕が子供の頃にも、いろんな先生がいた。
忘れられないのが、Z先生(女性)。
あの日、体育館の裏側で、Z先生は
「あんたが全部悪いんやで!ええな!」
そう言って、何度も僕の頬をパンパン叩いた。
もう35年以上も前の話ですねん^^;
僕が通ってた小学校は1学年4クラスで、
坂出市内で一番大きな学校やったのね。
それが、オイルショックで
番の州工業地帯がダメになったせいで
どかー!と人口が減っちゃって、
友だちもどっさり転向していなくなった。
とーっても寂しかったのよこれが(T▽T;)
僕が4年生になった時、
ついにクラスが3つに減ることになった。
1クラス減るって、実はけっこータイヘン^^
教室に47~8人もいることになるんで、
後ろのほうまでぎっちぎち(-"-;A
それはそれは窮屈な教室やった。
その時、新しく担任になったのが
ベテラン音楽教師のZ先生ですねん。
正直申しまして、
以前からヒジョーに評判のヨロシクない
ちょっと問題の多い先生…とは1聞いてたの。
それが見事に正解やった(///∇//)
「自分の言うことをきく生徒」を理想に掲げ、
常に「自分が気に入るかどうか」が判断材料。
こんなことがあった。
夏休みの宿題で、僕は「面白いのがえーな」と
ピンボールみたいにゲーム的に遊べる貯金箱を
けっこー手間かけて作ったのね。
意外といい出来だったんだなこれが(^ε^)
ところが、2学期最初の日。
僕の作品を見て、Z先生はこう言いましてん。
「こんなの作る意味ない。バカらしいくだらん」
「あーれま( ̄0 ̄;」
結局、僕の工作は宿題と認めて貰えなくて、
その日のうちに持って帰らされた。
当然、夏休みの宿題の工作は「してない」扱い。
「あらら(^_^;)…」
実は、それを知った若い先生が、
職員会議で問いただしてくれたんやけど、
「あんたは生徒の味方な!教師の味方な!」
などと怒鳴りつけられたんやそーです。
※怒られた先生本人から聞いちゃった^o^
僕、ちょっと冷めた見方をする子やったんで、
『Z先生、ちょっとマズいなー( ̄_ ̄) …』
なんて、けっこー冷静に見てましてん。
その年の秋、
僕が所属してた学校の合奏部が
市のコンクールに出場することになった。
顧問はもちろんZ先生(^_^;)
わはは、何を隠そう、僕は当時は音楽少年で
なんとまーバイオリンを弾いとりましてん。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:わーお
どのぐらいの才能やったかと言うと、
主旋律担当の2年下の後輩の後ろの席で
そーっと音を出さない程度に弾いてたとゆー、
それはそれは有望株でしたの。
いやん(*v.v)。
当日、某小学校の体育館に僕らは集合した。
床に敷かれたカーペットの上に陣取って、
リハまでの時間、トイレに行くことになった。
バイオリンとゆー楽器は実にデリケートで
「自己責任できちんと管理」が原則。
僕も、きっちりケースに入れて、ふたをして、
周囲の友人に「見ててねー」とお願いした。
で、用を足して自分の場所に戻ったら、
なんかしらんフタが開いてますねん。
「お( ̄^ ̄)?」
よーく見たら、なんと弦が1本切れてんの。
びよよ~~ん
((T_T) ううっ)
同じバイオリン仲間の友人が飛んできて
「ごめん!調弦しようとして切れちゃった」
そらもー泣きかけるぐらい平謝り。
ま~、こんなの怒ってもしかたがない。
「練習以上に音が出せんよーになった(^^」
とりあえずリハ練習はお休みして、
仲間のリハーサルの様子を見てましてん。
そしたらZ先生がやってきて、
体育館の裏まで引っ張って行かれた。
「なんで自分の楽器が管理できんのな!」
いきなり両頬に張り手バシバシ!
「へ?」
ワケわかりまへん( ̄_ ̄ i)
「あの…僕は切られたわけで、その…」
「なんで人のせいにするんな!」
またびしばし!
それから10分ぐらい、なんか全部僕の責任で
弦を切った友人も悪くなく、
顧問の自分に責任が来たら迷惑この上なく、
全部あんたが悪いお前が悪いこのあほぼけ
…などと延々怒鳴られて、
けっきょく10数回顔を叩かれた。
「100%あんたが悪いんやで、わかったな!」
そして最後に一言。
「これでもう終わりやで。もう一切言わんように」
「はい?」
「二度とこのことは口にするな、ゆーことや!」
結局、主催者の方が新しい弦を用意してくれて、
僕は無事にコンクール本番には出れましてん。
お世話になりましたm(_ _)m
ところが、翌日の放課後、
合奏簿の仲間数人が 僕のところにやってきましてん。
「あの、昨日のことやけどな」
「うん」
「僕、調弦してた、ゆーたやろ?」
「うんうん」
「あれ、Z先生に言われてやってたんや」
「へ(→o←)?」
リハの前、僕がトイレにいってる間に、
Z先生が僕の友人に、
今のうちに調弦するよう指示したそーですねん。
「あらま、そーなん^_^;」
僕もまあどこまでひねくれモンやったのか
怒るりもなんかバカバカしくて笑った笑った。
「でな、弦が切れた時、先生がこーゆーたんや」
「黙っとけ…って?」
「うん。人に触らせた彼が悪いんや…ゆーて」
「あはは」
(まあ、そーゆー人っているよね~(^_^;))
10歳の僕は思わず笑ったのでございます。
ところがところがこの話、
どーゆーわけか他の先生の耳に入っちゃった。
その先生、僕と、弦を切った友人を連れて
職員室のZ先生のところに連れて行ったの。
「彼らからこんなことを聞きました」
若い男性教諭は、Z先生を問いただした。
すると、Z先生はこう言いましてん。
「私は知らんし、そんなこともさせてない」
知らん顔。
で、怒った友人が
「僕は先生に言われて…」
と言いかけると、
「ウソをつくんはダメ人間や。ゆーたやろ!」
そして僕に向かって一言。
「自分が悪いゆーて謝ったのはウソなんやな」
「…は?」
「情けな。ただの嘘つきやったんや、あんた」
僕、子ども心にZ先生が可哀そうに思えてきた。
「あんたらみたいなダメ人間、相手にできんわ」
Z先生はそう言って、 僕と友人の顔を
またパンパンと叩いた。
その時の僕は痛いとか哀しいとか全然感じずに、
「保身のためにウソを平気で言う人がおるんや」
…と、ちょっと冷めた目でZ先生を見てたのを
今でも覚えとりますねん( ̄v ̄ i)
結局、この問題は職員会議にまで広がって、
Z先生は1年たたないうちにいなくなった。
大学で勉強し直す…とゆー理由だけ訊いたけど、
学校からも誰からも、 その後はなーんも
僕らへの説明話はなかったのよね。
今はもうとぉ~いお昔。
懐かし懐かし( ̄∀ ̄)
僕は、子どもの頃から、
物ゴトを常に論理立てて考えるのが好きで、
いつも理論武装をしてから、
大人と会話する癖があったもんやから、
学校の先生の「ホンネとタテマエ」に対して
けっこーツッコミ入れることが多くて、
こーゆー体験、いっぱいしてきましてん。
(やーなガキでした。ごめんなさい)
それで、教師という職業が苦手になってた。
今?
わはははo(^▽^)o、
今は全然そんなこと思っとりません。
ながーい人生の中で、いろんな先生に会い、
その人間的な面、面白さ、しんどさ、つらさ…
そーゆーものに触れてきて、
逆に好きな職業にすらなってるかもしれまへん。
いえ、むしろ愛しているかもしれない( ̄v ̄)
なんで、って?
だってほら、僕のカミさん、
元教師ですねんV( ̄v ̄)V
ちゃんちゃん。
苦労されてるよーですね( ̄v ̄;)
m(_ _)mゴクロウサマです。
教育は明日の社会を支える重要な基礎やと
僕は思いますです。
今後ともよろしくお願いしますm(u_u)m
僕が子供の頃にも、いろんな先生がいた。
忘れられないのが、Z先生(女性)。
あの日、体育館の裏側で、Z先生は
「あんたが全部悪いんやで!ええな!」
そう言って、何度も僕の頬をパンパン叩いた。
もう35年以上も前の話ですねん^^;
僕が通ってた小学校は1学年4クラスで、
坂出市内で一番大きな学校やったのね。
それが、オイルショックで
番の州工業地帯がダメになったせいで
どかー!と人口が減っちゃって、
友だちもどっさり転向していなくなった。
とーっても寂しかったのよこれが(T▽T;)
僕が4年生になった時、
ついにクラスが3つに減ることになった。
1クラス減るって、実はけっこータイヘン^^
教室に47~8人もいることになるんで、
後ろのほうまでぎっちぎち(-"-;A
それはそれは窮屈な教室やった。
その時、新しく担任になったのが
ベテラン音楽教師のZ先生ですねん。
正直申しまして、
以前からヒジョーに評判のヨロシクない
ちょっと問題の多い先生…とは1聞いてたの。
それが見事に正解やった(///∇//)
「自分の言うことをきく生徒」を理想に掲げ、
常に「自分が気に入るかどうか」が判断材料。
こんなことがあった。
夏休みの宿題で、僕は「面白いのがえーな」と
ピンボールみたいにゲーム的に遊べる貯金箱を
けっこー手間かけて作ったのね。
意外といい出来だったんだなこれが(^ε^)
ところが、2学期最初の日。
僕の作品を見て、Z先生はこう言いましてん。
「こんなの作る意味ない。バカらしいくだらん」
「あーれま( ̄0 ̄;」
結局、僕の工作は宿題と認めて貰えなくて、
その日のうちに持って帰らされた。
当然、夏休みの宿題の工作は「してない」扱い。
「あらら(^_^;)…」
実は、それを知った若い先生が、
職員会議で問いただしてくれたんやけど、
「あんたは生徒の味方な!教師の味方な!」
などと怒鳴りつけられたんやそーです。
※怒られた先生本人から聞いちゃった^o^
僕、ちょっと冷めた見方をする子やったんで、
『Z先生、ちょっとマズいなー( ̄_ ̄) …』
なんて、けっこー冷静に見てましてん。
その年の秋、
僕が所属してた学校の合奏部が
市のコンクールに出場することになった。
顧問はもちろんZ先生(^_^;)
わはは、何を隠そう、僕は当時は音楽少年で
なんとまーバイオリンを弾いとりましてん。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:わーお
どのぐらいの才能やったかと言うと、
主旋律担当の2年下の後輩の後ろの席で
そーっと音を出さない程度に弾いてたとゆー、
それはそれは有望株でしたの。
いやん(*v.v)。
当日、某小学校の体育館に僕らは集合した。
床に敷かれたカーペットの上に陣取って、
リハまでの時間、トイレに行くことになった。
バイオリンとゆー楽器は実にデリケートで
「自己責任できちんと管理」が原則。
僕も、きっちりケースに入れて、ふたをして、
周囲の友人に「見ててねー」とお願いした。
で、用を足して自分の場所に戻ったら、
なんかしらんフタが開いてますねん。
「お( ̄^ ̄)?」
よーく見たら、なんと弦が1本切れてんの。
びよよ~~ん
((T_T) ううっ)
同じバイオリン仲間の友人が飛んできて
「ごめん!調弦しようとして切れちゃった」
そらもー泣きかけるぐらい平謝り。
ま~、こんなの怒ってもしかたがない。
「練習以上に音が出せんよーになった(^^」
とりあえずリハ練習はお休みして、
仲間のリハーサルの様子を見てましてん。
そしたらZ先生がやってきて、
体育館の裏まで引っ張って行かれた。
「なんで自分の楽器が管理できんのな!」
いきなり両頬に張り手バシバシ!
「へ?」
ワケわかりまへん( ̄_ ̄ i)
「あの…僕は切られたわけで、その…」
「なんで人のせいにするんな!」
またびしばし!
それから10分ぐらい、なんか全部僕の責任で
弦を切った友人も悪くなく、
顧問の自分に責任が来たら迷惑この上なく、
全部あんたが悪いお前が悪いこのあほぼけ
…などと延々怒鳴られて、
けっきょく10数回顔を叩かれた。
「100%あんたが悪いんやで、わかったな!」
そして最後に一言。
「これでもう終わりやで。もう一切言わんように」
「はい?」
「二度とこのことは口にするな、ゆーことや!」
結局、主催者の方が新しい弦を用意してくれて、
僕は無事にコンクール本番には出れましてん。
お世話になりましたm(_ _)m
ところが、翌日の放課後、
合奏簿の仲間数人が 僕のところにやってきましてん。
「あの、昨日のことやけどな」
「うん」
「僕、調弦してた、ゆーたやろ?」
「うんうん」
「あれ、Z先生に言われてやってたんや」
「へ(→o←)?」
リハの前、僕がトイレにいってる間に、
Z先生が僕の友人に、
今のうちに調弦するよう指示したそーですねん。
「あらま、そーなん^_^;」
僕もまあどこまでひねくれモンやったのか
怒るりもなんかバカバカしくて笑った笑った。
「でな、弦が切れた時、先生がこーゆーたんや」
「黙っとけ…って?」
「うん。人に触らせた彼が悪いんや…ゆーて」
「あはは」
(まあ、そーゆー人っているよね~(^_^;))
10歳の僕は思わず笑ったのでございます。
ところがところがこの話、
どーゆーわけか他の先生の耳に入っちゃった。
その先生、僕と、弦を切った友人を連れて
職員室のZ先生のところに連れて行ったの。
「彼らからこんなことを聞きました」
若い男性教諭は、Z先生を問いただした。
すると、Z先生はこう言いましてん。
「私は知らんし、そんなこともさせてない」
知らん顔。
で、怒った友人が
「僕は先生に言われて…」
と言いかけると、
「ウソをつくんはダメ人間や。ゆーたやろ!」
そして僕に向かって一言。
「自分が悪いゆーて謝ったのはウソなんやな」
「…は?」
「情けな。ただの嘘つきやったんや、あんた」
僕、子ども心にZ先生が可哀そうに思えてきた。
「あんたらみたいなダメ人間、相手にできんわ」
Z先生はそう言って、 僕と友人の顔を
またパンパンと叩いた。
その時の僕は痛いとか哀しいとか全然感じずに、
「保身のためにウソを平気で言う人がおるんや」
…と、ちょっと冷めた目でZ先生を見てたのを
今でも覚えとりますねん( ̄v ̄ i)
結局、この問題は職員会議にまで広がって、
Z先生は1年たたないうちにいなくなった。
大学で勉強し直す…とゆー理由だけ訊いたけど、
学校からも誰からも、 その後はなーんも
僕らへの説明話はなかったのよね。
今はもうとぉ~いお昔。
懐かし懐かし( ̄∀ ̄)
僕は、子どもの頃から、
物ゴトを常に論理立てて考えるのが好きで、
いつも理論武装をしてから、
大人と会話する癖があったもんやから、
学校の先生の「ホンネとタテマエ」に対して
けっこーツッコミ入れることが多くて、
こーゆー体験、いっぱいしてきましてん。
(やーなガキでした。ごめんなさい)
それで、教師という職業が苦手になってた。
今?
わはははo(^▽^)o、
今は全然そんなこと思っとりません。
ながーい人生の中で、いろんな先生に会い、
その人間的な面、面白さ、しんどさ、つらさ…
そーゆーものに触れてきて、
逆に好きな職業にすらなってるかもしれまへん。
いえ、むしろ愛しているかもしれない( ̄v ̄)
なんで、って?
だってほら、僕のカミさん、
元教師ですねんV( ̄v ̄)V
ちゃんちゃん。