でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -237ページ目

昔、僕は教師が嫌いだった物語

今、学校の先生は、タイヘンな時代を迎えて

苦労されてるよーですね( ̄v ̄;)


m(_ _)mゴクロウサマです。


教育は明日の社会を支える重要な基礎やと

僕は思いますです。

今後ともよろしくお願いしますm(u_u)m



僕が子供の頃にも、いろんな先生がいた。

忘れられないのが、Z先生(女性)。

あの日、体育館の裏側で、Z先生は

「あんたが全部悪いんやで!ええな!」

そう言って、何度も僕の頬をパンパン叩いた。

もう35年以上も前の話ですねん^^;



僕が通ってた小学校は1学年4クラスで、

坂出市内で一番大きな学校やったのね。


それが、オイルショックで

番の州工業地帯がダメになったせいで

どかー!と人口が減っちゃって、

友だちもどっさり転向していなくなった。



とーっても寂しかったのよこれが(T▽T;)


僕が4年生になった時、

ついにクラスが3つに減ることになった。


1クラス減るって、実はけっこータイヘン^^


教室に47~8人もいることになるんで、


後ろのほうまでぎっちぎち(-"-;A


それはそれは窮屈な教室やった。

その時、新しく担任になったのが


ベテラン音楽教師のZ先生ですねん。



正直申しまして、


以前からヒジョーに評判のヨロシクない


ちょっと問題の多い先生…とは1聞いてたの。


それが見事に正解やった(///∇//)


「自分の言うことをきく生徒」を理想に掲げ、


常に「自分が気に入るかどうか」が判断材料。


こんなことがあった。


夏休みの宿題で、僕は「面白いのがえーな」と


ピンボールみたいにゲーム的に遊べる貯金箱を


けっこー手間かけて作ったのね。


意外といい出来だったんだなこれが(^ε^)


ところが、2学期最初の日。


僕の作品を見て、Z先生はこう言いましてん。


「こんなの作る意味ない。バカらしいくだらん」


「あーれま( ̄0 ̄;」


結局、僕の工作は宿題と認めて貰えなくて、

その日のうちに持って帰らされた。


当然、夏休みの宿題の工作は「してない」扱い。


「あらら(^_^;)…」


実は、それを知った若い先生が、

職員会議で問いただしてくれたんやけど、

「あんたは生徒の味方な!教師の味方な!」


などと怒鳴りつけられたんやそーです。


※怒られた先生本人から聞いちゃった^o^


僕、ちょっと冷めた見方をする子やったんで、


『Z先生、ちょっとマズいなー( ̄_ ̄)
…』

なんて、けっこー冷静に見てましてん。


その年の秋、

僕が所属してた学校の合奏部が


市のコンクールに出場することになった。


顧問はもちろんZ先生(^_^;)


わはは、何を隠そう、僕は当時は音楽少年で


なんとまーバイオリンを弾いとりましてん。

:*:・( ̄∀ ̄)・:*:わーお


どのぐらいの才能やったかと言うと、


主旋律担当の2年下の後輩の後ろの席で


そーっと音を出さない程度に弾いてたとゆー、


それはそれは有望株でしたの。


いやん(*v.v)。


当日、某小学校の体育館に僕らは集合した。


床に敷かれたカーペットの上に陣取って、


リハまでの時間、トイレに行くことになった。

バイオリンとゆー楽器は実にデリケートで


「自己責任できちんと管理」が原則。


僕も、きっちりケースに入れて、ふたをして、


周囲の友人に「見ててねー」とお願いした。


で、用を足して自分の場所に戻ったら、


なんかしらんフタが開いてますねん。


「お( ̄^ ̄)?」


よーく見たら、なんと弦が1本切れてんの。


びよよ~~ん


((T_T) ううっ)


同じバイオリン仲間の友人が飛んできて


「ごめん!調弦しようとして切れちゃった」


そらもー泣きかけるぐらい平謝り。


ま~、こんなの怒ってもしかたがない。


「練習以上に音が出せんよーになった(^^」



とりあえずリハ練習はお休みして、


仲間のリハーサルの様子を見てましてん。


そしたらZ先生がやってきて、


体育館の裏まで引っ張って行かれた。


「なんで自分の楽器が管理できんのな!」


いきなり両頬に張り手バシバシ!


「へ?」


ワケわかりまへん( ̄_ ̄ i)


「あの…僕は切られたわけで、その…」


「なんで人のせいにするんな!」


またびしばし!


それから10分ぐらい、なんか全部僕の責任で


弦を切った友人も悪くなく、

顧問の自分に責任が来たら迷惑この上なく、


全部あんたが悪いお前が悪いこのあほぼけ


…などと延々怒鳴られて、


けっきょく10数回顔を叩かれた。


「100%あんたが悪いんやで、わかったな!」


そして最後に一言。


「これでもう終わりやで。もう一切言わんように」


「はい?」


「二度とこのことは口にするな、ゆーことや!」


結局、主催者の方が新しい弦を用意してくれて、


僕は無事にコンクール本番には出れましてん。


お世話になりましたm(_ _)m


ところが、翌日の放課後、

合奏簿の仲間数人が
僕のところにやってきましてん。


「あの、昨日のことやけどな」


「うん」


「僕、調弦してた、ゆーたやろ?」


「うんうん」

「あれ、Z先生に言われてやってたんや」


「へ(→o←)?」



リハの前、僕がトイレにいってる間に、


Z先生が僕の友人に、

今のうちに調弦するよう指示したそーですねん。



「あらま、そーなん^_^;」


僕もまあどこまでひねくれモンやったのか


怒るりもなんかバカバカしくて笑った笑った。



「でな、弦が切れた時、先生がこーゆーたんや」


「黙っとけ…って?」


「うん。人に触らせた彼が悪いんや…ゆーて」


「あはは」


(まあ、そーゆー人っているよね~(^_^;))


10歳の僕は思わず笑ったのでございます。


ところがところがこの話、


どーゆーわけか他の先生の耳に入っちゃった。


その先生、僕と、弦を切った友人を連れて


職員室のZ先生のところに連れて行ったの。



「彼らからこんなことを聞きました」


若い男性教諭は、Z先生を問いただした。


すると、Z先生はこう言いましてん。


「私は知らんし、そんなこともさせてない」


知らん顔。



で、怒った友人が


「僕は先生に言われて…」


と言いかけると、


「ウソをつくんはダメ人間や。ゆーたやろ!」


そして僕に向かって一言。


「自分が悪いゆーて謝ったのはウソなんやな」


「…は?」


「情けな。ただの嘘つきやったんや、あんた」



僕、子ども心にZ先生が可哀そうに思えてきた。



「あんたらみたいなダメ人間、相手にできんわ」


Z先生はそう言って、
僕と友人の顔を

またパンパンと叩いた。



その時の僕は痛いとか哀しいとか全然感じずに、


「保身のためにウソを平気で言う人がおるんや」


…と、ちょっと冷めた目でZ先生を見てたのを


今でも覚えとりますねん( ̄v ̄ i)



結局、この問題は職員会議にまで広がって、


Z先生は1年たたないうちにいなくなった。


大学で勉強し直す…とゆー理由だけ訊いたけど、


学校からも誰からも、
その後はなーんも

僕らへの説明話はなかったのよね。


今はもうとぉ~いお昔。

懐かし懐かし( ̄∀ ̄)


僕は、子どもの頃から、


物ゴトを常に論理立てて考えるのが好きで、

いつも理論武装をしてから、


大人と会話する癖があったもんやから、


学校の先生の「ホンネとタテマエ」に対して


けっこーツッコミ入れることが多くて、


こーゆー体験、いっぱいしてきましてん。


(やーなガキでした。ごめんなさい)



それで、教師という職業が苦手になってた。


今?



わはははo(^▽^)o、

今は全然そんなこと思っとりません。


ながーい人生の中で、いろんな先生に会い、


その人間的な面、面白さ、しんどさ、つらさ…

そーゆーものに触れてきて、


逆に好きな職業にすらなってるかもしれまへん。


いえ、むしろ愛しているかもしれない( ̄v ̄)


なんで、って?


だってほら、僕のカミさん、


元教師ですねんV( ̄v ̄)V



ちゃんちゃん。