撃墜(上) | 野村孝博のブログ

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 柳田邦男著「撃墜(上)」を読みました。著者はノンフィクション作家ですが、私は本書を読むにあたり二つも大きな勘違いをしておりました。大韓航空機爆破事件についての記事を読んで、掘り下げてみようとAmazonで「大韓航空機」と検索してみたら本書が出てきたのです。著者名を見て「遠野物語」の柳田國男かと思ってしまったのですが、著者の柳田邦男はノンフィクション作家でした。また、別にジャーナリストの柳田邦夫という方もいらっしゃるそうです。

 

 読み始めるともう一つの大きな勘違いに気がつきます。本書は大韓航空機爆破事故ではなく、1983年にサハリン上空で大韓航空機がロシア軍機撃墜されたという事件についてのものでした。こちらの撃墜事件について、私は当時9歳でしたからまったく記憶にありませんでした。大韓航空機爆破事故は1987年ですが、大韓航空機に過失は少ないとしても、これだけの頻度で墜落している大韓航空機ってどうなの?と思わされました。

 

 撃墜の経緯について、ソ連側は当初とぼけていましたが、撃墜されたのがサハリン上空と日本に近いエリアだったので日本の自衛隊がソ連機の交信を傍受しており、その記録も本書に掲載されていました。この証拠から、ソ連も撃墜を認めざるを得なくなりますが、そうなると今度は当該機がアメリカのスパイ機だと言い出します。そもそも、この年代は冷戦中ですから、これをチャンスとばかりにソ連を叩きたいアメリカと、それに乗り過ぎたくない日本、ヨーロッパ諸国、撃墜を認めたくないか責任転嫁したいソ連の思惑が良く書き上げられていたと思います。

 

 アメリカと日本の代表団とソ連側の軍人が交渉のテーブルに着き、そこでソ連領海内でソ連軍の捜索活動によって発見された物件リストを貰いますが、そこに書かれているのは衣類や靴など76点で遺体はありませんでした。「遺体があるはずだ」と詰め寄っても、ソ連側の少将は「遺体を発見していない」の一点張りです。外務省の担当者は相手のかたくなな姿勢を和らげようと「この町の人口は何人ですか?」とか「私は今四十五歳ですが、あなたはいくつですか?」という質問をしますが、それらの質問にもはっきり答えることはありませんでした。交渉担当者は「自分の年齢すら人にいえないとは、ソ連の出先の人間はなんと哀れなんだろう。中央からは極小の権限しか与えられないで、場合によっては虚偽も言うことを義務付けられている出先の人間。この非人間的な体制こそ、今度の事件の根源にあるのではないか…」と回想しています。

 

 少し長くなりましたので、明日に続きます。