野村孝博のブログ

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 色々考えさせられる本書ですが、更に「『人に迷惑を掛けないこと』『黙って相手を思いやること』『人の痛みを察すること』が美徳とされがちな日本の風土では、往々にして摩擦や対立を回避しようとする心性ばかりが働きがちである。遠慮や気遣いが先に立って、言うべきことを「言ってもしょうがない」と抑え込む意識に支配されがちだし、介助者は障碍者に気兼ねし、障害者は介助者に遠慮し、結局、本気で言い合い、本気で対話する関係など『無理ではないか』とあきらめてしまう。」とありました。そして、鹿野はここで言う摩擦や対立に晒され続けて、生きているということでした。反省しなければいけないのは、障害者と健常者という関係だけではなく、経営者と社員とか、先輩後輩、友達、家族というところでも、こうした「あきらめ」のスタンスでいてはいけない、対話する関係を築いていかなければいけなのではないかと言うところです。私自身は全くできていないような気がして、何とも言えない気持ちになりました。

 

 そうした軋轢があるなかで、ボランティアを続けるというのは大変なことだと思います。私がボランティアにお邪魔して、介助をしている時に「帰れ!」なんて言われれば、その場でやめてしまうことでしょう。そうした中で続けてこられたボランティアの1人にこんなコメントがありました。「つべこべ言わずに、やんなきゃしょうがねぇ。そう思っちゃったんですよね」というものです。著者も、本書を書くにあたり何度も壁にぶつかったのですが、「シカノさんのところに通っているうちに、なんでか、もう逃げられないと思っちゃったんですよね。それは自分でも不思議なことなんですけど。」とコメントしています。理屈じゃないんですね。理屈ではなく、鹿野の情熱にほだされたというところなのでしょう。仕事をしていれば、色々と面白くないこともありますが、「つべこべ言わずに、やんなきゃしょうがねえ」と思えるように、また周囲に思ってもらえるようになれればいいなと思いました。

 

 「“あつかましさ”っていうのが人にとっていかに大事か。それは、今の仕事をしていても、つくづく感じるんですよ。最初は嫌がられても、追い返されても、はねつけられてもね、情熱さえあれば、結局人って動いてくれるし、最終的にはわかってくれるんだよね。」とありました。続けて「とにかくシカノさんは、人に対して手抜きをしない人だった。誰とでも真剣に付き合ってた。そして、目一杯生きた。重度の障害を抱えた人生だったけど、その枠組みで、ホントに精一杯生きたなという気がする」とありました。真剣で、目一杯で、精一杯だからこそ、言葉もきつくなるし、あつかましくもなるのでしょう。そういう意味では、私自身、まだまだ目一杯、精一杯には程遠く、また、そこには障害者も健常者も関係ありません。私自身が、まだまだ真剣に目一杯、精一杯に生きていかなければと反省しきりでした。まだまだ、しっかりと理解が出来ていない部分もありますが、折を見て読み返したい一冊です。