グッドラック

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自分の周りのあれこれ

Amebaでブログを始めよう!
昨日とある会社の内定式に行ってきました!
いよいよ社会人になる日も近づいてきたなぁと実感しました。

ベトナムから帰ってきて駅から家まで荷物を背負って歩いた道のりを
1ヶ月もしない内にスーツ姿で歩くのはなんとも違和感のある感じでした。



さて!
ベトナム滞在記ですね!



8月30日の午後15時頃にハノイに到着したわけですが!
ハノイのノイバイ空港から市街地までは高速を飛ばしても30分ほどかかる。

事前に市街地への移動は考えていたけど悩んだ挙句ミニバスという乗合バスに乗ることにした!


値段もある程度交渉で決め、それぞれの希望した場所で順に降ろしてもらうタクシーみたいなバス!


ずっと人が集まらず最終的に1時間以上待たされて17時回った頃に出発!

一緒に乗ったのはベトナム人の女性が一人と男性一人、それとスリランカの旅行客二人だった。

ベトナムの女性は同じ飛行機で関西からハノイに帰ってきたらしく若干日本語を話せた!

なんでも徳島県の農家に出稼ぎしているらしく、閑散期に入ったので休暇をもらったらしい。
日本語は少し話せるけど、英語はからっきしダメだったのがなんだか不思議な感じだった


なかなか時間はかかったけど無事にチェックインを済ませ
初日は近隣の散策と食事だけ済ませて早い目に就寝!



そういえば、ホステルのベッドはだいたいベッド間に仕切りがあったのだけど
何故か自分の所だけ仕切りがなく、隣のベッドだったオランダ人と
お互い少し困った様子で「ここだけ仕切りないね…」的な話から色々と話をした。


オランダ人のヨーイ君は確かカンボジアからベトナム入りしたらしく、
お互い共通して「ベトナム人のTrafficはCrazyだ!」って話で華が咲いた。
あとはどこに行ったことがあるとかそんな話をした。




ホステルはハノイ大教会のすぐ脇の立地
正直この立地が良さそうだからここにしたってのも大いにある

ホステルの窓からは教会が見えたし、時間になると教会の鐘が度々鳴らされていた。






もちろんせっかくなので中にも入った!

冷房もろくに聞いてないから暑かったけど心地はよかった。
教会は心休まる気がするので中に入るのが本当に好きだ。



ハノイ一日は早く休んだので、翌朝から
とりあえずハノイの市内で訪れたかった場所を巡る。



ホアロー収容所

歴史は古く、フランス植民地時代から残ってる監獄




暗いけど、ギロチン
早速ベトナムの一昔前の闇に近付いた感じがした。






少し歩いて公安博物館

日本ではあまり馴染みがないけど、ベトナムは仮にも社会主義国家だから
この公安というヤツがなかなか力あるみたい。
まぁ日本でいう所の警察であり消防であり、公務員的な役割なのだろうと思った。


ここまでは教会から南下していたが一転北上をしてホアンキム湖周辺へ

ハノイの市街地はこのホアンキム湖を中心に形成されていると言っても過言じゃないと思う。




ホアンキム湖の他にもたくさん湖があるけど、このホアンキム湖が最大

最大とはいえ歩いて普通に一周できるぐらいの広さ


ハノイもホーチミンも一緒だけど、もし観光客が一人で歩いていようものなら
バイクタクシーやシクロ(下写真)という自転車を改造したタクシーみたいなんのおっさん達が
次から次へと声をかけてくる。





少し調べたら山ほど出てくるけど、これらはとにかくぼったくりなどの金銭的トラブルが多いらしい。

自分も観光初日からこんなんに絡まれてたまるか!ってことでひたすら突っ撥ねて歩き続けた。


ただ正直ベトナムの昼間は暑すぎるから、こんなんに声かけられて誘惑される気持ちはわかる。

結果的にバイクタクシーには一度乗ることになる(後日詳細)




ひたすら歩いてホアンキム湖北部に広がるハノイ旧市街地に突入

とにかく味わい深い町並みが続くけど
道が複雑に入り組んでるから初日は特にかなり迷った。
(結果的に3回この旧市街には踏み込んだけど3回目ぐらいでようやくわかるようになったw)


とにかく鉄則は自分が今東西南北どっちを向いてるかを忘れない事だと思い知った。







まだほとんど語ってなかったけど、
ベトナムの交通は何せバイクが全ての中心

街中はとにかくバイクが溢れかえっている。
しかも交通ルールがほとんど存在しないようなものだから

信号無視や逆走は当たり前
バイクが行き交う道路を歩いて横断するのは最後までなかなかスリリングだった!


ちなみにはコツは『等速運動をすること』だ!

先述の通りバイクはほとんど交通ルールを守らない
赤信号でもガンガン突っ込んでくる。

そこを渡るのだが、大抵のバイクは歩行者の動きを予測しながら運転しているようで、

こっちが一定のスピードで歩くて前後ろと次々に避けて行ってくれる!
コツを掴むとこの横断もなかなか面白いものだった。





自分がベトナムに滞在したのは8月30日から9月7日までだったけど、
そのうちの1日はがっつりと祝日だった。
9月2日はベトナムの独立記念日!

ハノイに着いた時から街中はこの独立記念日に向けて若干ウキウキモードだったみたい。
9月2日は金曜日だったこともあり、3連休で田舎に帰る人も多かったそうな…






旧市街は道毎に色々と違った様相を持っていて
お土産屋が多い通り、帽子屋が多い通り、金物が売ってる通り、飲み屋が多い通りと様々で
ひたすらウロウロしても飽きない所だった




あとこの外人どう見ても観光客だけどバイク…って感じだけど、
バイクにはレンタルもあったりで街中を颯爽と走る欧米人も時々見かけた。


さて初日最後のイベント
タンロン水上人形劇へ!




昼間ウロウロしている間にチケットを買っていたのでスムーズに入場

当然だけど、客の8割以上は外国人だった。
日本人も多数見かけた。

上の写真のように楽器を演奏してそのリズムに合わせて下の写真のように人形が小気味よく動き回る。




一見すると実にチープでよくわかんないけど、
また一見すると実に面白いし人形の動きとかがなかなかリアルで
言葉がなくても結構楽しめた!


がっつり1時間ぐらい鑑賞して
晩ご飯を食べて宿に帰ることにした。


晩ご飯の写真とかは携帯だからまた後日まとめてご飯集作ろうw


というわけで長いブログを書き上げたので終わります!

次回は参加したハロン湾ツアーについて書きます!
記憶を掘り起こしながらだから、だいたい時系列で書いていきますわね!





バイクと歩行者の渋滞。



では
完全にさぼってました。
香港のブログも書こうと思ってずっとさぼってました。。。

ともあれ、今年に入ってからの出来事
いよいよ学生生活も最後の1年となり、

春先から夏前まで就職活動
お盆直前まで中間報告に向けての研究

それ以降形式上『学生最後の夏休み』でした!

せっかくの夏休みなのにじっとしたまま終わるのは勿体ない…


そんな思いつきと勢いで行ってきました!ベトナム!!

8月30日から9月3日までハノイ
9月3日から9月7日までホーチミンに滞在しました。


では、何故ベトナムなのか?


理由は3点ぐらい

①何よりも直感でとりあえず東南アジアが良かった(お金もなかったし)
②仏教国だから(候補にはマレーシアやインドネシアもあったけど、政治情勢的に見送った次第)
③ベトナム戦争があった国だから
(意外とこれが重要で、40年も前の傷跡が未だに残る土地っていうのは結構興味深いと思ったから)


思い立ったが吉日ということで盆明けぐらいに計画を立て始めて急ごしらえで飛行機と宿だけ確保して出発!!







今回全ての移動はベトナム航空にした!

関空から直行便でハノイ
ハノイ→ホーチミン
ホーチミン→関空
でトータル54,000円ぐらいだった。

ちなみにCAの女性はみんなアオザイ風の制服を着ていた。綺麗ですね!

サービスに関しても特に不満もなく至って快適なフライトだった。


個人的に
一人旅をするにあたって、お金をかけたいと思ってるところは
①観光②食事③宿
の順だから

宿に関しては全くこだわらず、ただしぼったくりや詐欺の噂がない
「評判の良い健全なホステル」を探して予約した。




ハノイのホステルの一室
所謂ドミトリーというやつです!

ちなみにシャワー、トイレは共有、朝食付きで1泊約500円

安すぎない??



12人部屋は流石にうるさいのか?と思ったけどドミトリーの暗黙の了解で
誰かが寝ていたら室内は静かにする!ってのが保たれてて非常に快適だった。


物音や清潔さなど、結構こだわりのある人にはツライだろうけど、
自分は寝床に対してのこだわりもないし、寝てしまえば起きないので
ドミトリーの生活は特に苦痛を感じることはなかった。

強いて言うなら逆に「一人の時間がないこと」が若干疲れるときはあったかな?






こっちはホーチミンで泊まったホステルの吹き抜け階段
マトリックスみたいで面白くて撮影

ハノイに続き12人部屋のドミトリーで
1泊約600円。
トイレシャワーは共有
朝食なし


「ドミトリーって荷物の管理大変でしょ?」ってよく聞かれるけど、
自分はザックと言えど室内では必ず鍵をかけてたし、
この宿では一人一つずつ大きなロッカーがあてがわれたから、そこに荷物放り込んで
自分で持っていった鍵をかけてた。

その上で貴重品は基本的に肌身離さず持ってた。


共有部屋だからといって必要以上に過敏になる必要はなく、
盗ってくださいと言わんばかりの放置の仕方さえしなければ
最低限の注意で足りると思う。




ベトナム行ってとにかく感じたのは物価が安いなってことだった。


晩御飯1食が300~500円あれば十分足りるぐらい

ペットボトルの水が25円ほど
缶ビールが50~100円ほどで買えるぐらい
と考えればだいたいわかるはず。


なので
現金で5万円持っていったけど、
ツアー参加料金とか含めても現地では3万円分の両替で9日間過ごすことができた。

決してケチったつもりはないんだけど、物価に関しては驚きの連続だった。



さて、グダグダなってきたのでこの辺で終わる。

初回なので旅の出だし的な説明が多くて写真少ないけど許してほしいw


次回以降は色々と観光したこととか食事とかについてダラダラ書いていこうと思います。


あとさぼらないように気をつけます。



では


ほぼ丸々1年更新してなかったです。
お久しぶりです。


なんだかんだと、今年は授業だなんだと言い訳して全然行きたい所行けなかったのですが、
ふとしたきっかけで
11月20日~22日まで2泊3日で香港に行ってきました。

動機は例の如く…

「やっぱり『深夜特急』読んだ人間なら香港には憧れないといけないよな…」
っていうそれだけw



航空券は超格安でGETしましたw
peachのセールは偉大だよ!

航空券片道3990円だものw
空港使用料、燃油サーチャージ諸々込で往復15000円ぐらいで済んだ。


あと、通貨レートは1香港$=だいたい16円~17円ぐらい
で、たとえばマクドナルドのセットが$4.5ぐらいだったから相場はほとんど変わらないですね。

だから決して物価が安いってわけでもなく
流石近年急速に発達している土地!ってのを感じた。



さて
よく「香港って何があるん?」と聞かれたんだけど、
正直俺も香港の有名なものが何かわからないw



香港着いて、周りを見渡せばそんなことどうでもよくなるもんねw




思い描いたままの香港があって本当に良かった。


そうそう!ホテルは旺角(モンコック)駅から徒歩10分ぐらいの所にした。
都心へのアクセスも良好で下町感もある、凄く雰囲気の良い土地だった。




街中至るところで工事をしていたんだけど,香港の工事現場は大概竹で骨組みされてる.

すごいよね…しなってたもんw







電車も至って変わらず、
でも電車賃は結構安かったような気がする。

というか電車に限らず、公共交通機関はだいたい50円前後だったはず…。


あと、「これは便利だな」と思ったものがあって、
空港で『オクトパスカード』というのを買ったんだけど、
システム的にはICOCAみたいなもので、
$50のデポジットに$100分の現金がチャージしてて、
乗り物はそれを使えば電車もバスもだいたい乗れるというもの


乗り物はなによりも小銭を調整するのが面倒臭い!
その欠点を一発で解決してくれた。


ちなみに、帰りにまた空港でオクトパスカードを返却したら
残額+デポジット-手数料(たしか$9)が戻ってくる。
これほど便利で手数料も大したことないし、もし香港行くことあれば是非使うべきだと思う。




とりあえずこんな感じですかね。


複数日に渡って書いてしまったので支離滅裂な内容ですが、
とりあえずpart1はこれぐらいにしておきます。


多分
part2 旺角(モンコック)周辺
part3 九龍(クーロン)市街地
part4 香港島
part5 食べ物その他

って感じで台湾の時みたいな内容にすると思います。



それでは
沢木耕太郎の『深夜特急』全6巻を読んで、

その深夜特急の旅や、それ以前の話、帰ってきてからのこと
なんかをまとめたエッセイ集『旅する力 -深夜特急ノート-』も読み終えた。


これを読んでいくつか印象的な所があった。

その中で特に印象に残ってるのは


本来、未経験は負の要素だが、旅においては大きな財産になり得る。なぜなら、未経験ということは、新しいことに遭遇して興奮し、感動できるということであるからだ。

(中略)

極めて逆説的な言い方になるが、未経験者が新たな経験をしてそれに感動することができるためには、ある程度経験が必要なのだ。

経験と未経験とがどんおようにバランスされていればいいのか。それは「旅の適齢期」ということにかかわってくるのかもしれない。


『旅する力』より



ようするに、多くを知りすぎてても、あまり無知すぎても
どこでも本当の意味で感動することはできないんじゃないか?
ということなんだと思う。


そういう意味でも、自分自身がそろそろ旅の適齢期に入ってきたんじゃないか?と最近つくづく思う。


ちょっと脱線するけど、
そもそも初めての一人旅は4年前の夏休み。

3月に東日本大震災が発生して、
何か奮い立って一人で東北に旅行しに行った。

目的は、強いて言うなら『物見遊山』つまり、ただどうなってるのか知りたかった。

でも、その旅を終えたぐらいから特に『旅』ってものを意識するようになったんだと思う。


今でもよく覚えてる。素晴らしい経験だったと思う。








心の奥底から突き動かされるような感情に任せて行きたい所に行くっていうのも、
もちろん時と場合によるけど、とてもいいことだなと思うわけです。




そんなことを思ってアメリカを振り返ると、また違う見方ができるんじゃないか?とか思ったり…

わかんないけどw








とまぁ、


アメリカに関して、

今回の旅行では

サンフランシスコ→ラスベガス(→グランドキャニオン)→ロサンゼルス→サンフランシスコ

という行程だったわけで、

その中で、飛行機を使って、ツアーに参加して、バスに乗って、電車に乗って
と色々な乗り物に乗って、アメリカのいろんな顔を見るっていうのも目的だったわけです。






とりあえず、一番最初、サンフランシスコからラスベガスに向かうときには
普通に飛行機を使った。

といってもアメリカの国内線なわけで、何から何まで英語で、「手続きうまくできてるかなー…」とかがずっと不安だった。


飛んでみればなんてことはなく、アメリカの雄大なロッキー山脈、ラスベガスの近くの砂漠を眺めて2時間ほどで着いちゃったのよねw




サンフランシスコ国際空港から出発して





サンフランシスコ上空。町が広いねー。






しばらくしたらロッキーの上空に





また気づいたら砂漠になってた。



この飛行機で印象に残ってることは、
のんびりと音楽を聴いてて、シャッフル再生したら、
Jose GonzalezのStep Outがかかったことかな。

映画『LIFE!』を見て感動したってこともあったから
この曲を聴くことでより一層『旅』ってものを意識できたと思う。





そんなこんなでラスベガスへ



確かチケットが80ドルほどで、面倒だったから荷物も預けたので
トータルで1.2万円ぐらいになったのかな?

まぁそんなもんかな?って感じでした。

でもこの飛行機は窓側にしといてよかったよ。本当に。。






ラスベガスからのツアーでグランドキャニオンに行って、その間の道もまた実にアメリカ!って感じで良かったけど、

旅に出る前に計画を立ててて、これは乗りたいと思ったのが、
アメリカの長距離移動用バスgreyhound
いろんなものを調べれば調べるほど、これが魅力的で、

アメリカの「一般客」が乗る長距離移動バス!って感じだった。

今思うと、これが一番深夜特急っぽいのか。


ラスベガスのターミナルについて、時間になるのを待ってたけど、確かに、町で見かける比率よりも全然黒人の割合が多いし、

まさしく『ヒッピー』って感じの人がいたり、中国人の親子がこれでもか!ってほどの荷物を持ってたり、

まさに『庶民』の乗り物って感じだった。



驚くのはその値段もそうで、
上記のサンフランシスコ―ラスベガス間とほとんど直線距離では変わらない
ラスベガス―ロサンゼルス間を
たったの15ドルで予約できたと思う。


ちなみに、予約の時期によって値段も変動するみたいで、予約した時の1週間ぐらい前計画立ててる段階では4ドルとかだったと思うw

逆に直前では25ドルぐらいまでなってたけどw



そんな庶民が乗るようなバスで不安はないのか?って話だけど、
何かで見たのが、

「グレイハウンドは誰よりも運転手が強そう。ただ体格的に強そうなだけでなく、実際客をどこで降ろしても良い権限も持ってるほど、だからこの運転手に逆らおうなんて連中は滅多なことではいない!だからそれほど『危険になる』ということもないだろう」と


ついでに
この運転手の自己紹介の時に「短い間とは言え、同じ目的地を持った仲間なのだから、楽しい旅にしよう!」的なことを言ってて、すごいグッときたのを覚えている。




ラスベガスのターミナル





内部。





こんなバス。

出発したは良いけど、
ターミナルの出口が工事で塞がれてて、運転手がすごい困って、別の出口に切り替えそうとするんだけど、

ちょうど僕の乗っているバスの腹の辺りで、置いてあったドラム缶を巻き込んで、すさまじい音がしたw

運転手は一回心配して降りてったけど、何事もなかったかのように発進したw


雑な国やでーホンマw


ちなみに日本人なんて勿論自分以外誰もいなかったw






このグレイハウンド座席がとにかく快適でw


乗り物ではほとんど寝ることがない僕もウツラウツラと夢の世界に入っていったw




休憩はルート66の町バストー。
主にバスやトラックの休憩所で使われてるみたいだった。





12時過ぎに出発して、ロサンゼルスに着いたのは18時前だった。

バスで走ってる時に前方に陽が沈んでいくのが見えた。
この日も綺麗な夕日だった。
アメリカの夕焼けはいつも綺麗。





あと、グレイハウンドのバスターミナルはだいたい町のはずれにあるみたいで、
ラスベガスは全体として全然マシだったからよかったけど、
ロサンゼルスのターミナル周辺はとにかく不気味だった。




最後に電車について。


アメリカを横断したり縦断したりしてるAmtrakという列車があって、
今回はワシントン州シアトルからカリフォルニア州ロサンゼルスまで、
アメリカ西海岸に沿って縦に走ってるcoast starlightって線に乗った。


ただこの電車は目的地のサンフランシスコは通ってないので、
(というのもサンフランシスコは半島の先端にある)
半島の付け根にあるシリコンバレーの町サンノゼ(メキシコ読みでサンホセ)
までのチケットを買っておいた。

確か料金は44ドル

正直これが一番どうなるか不安で、
誰に聞いたら良いかもわからんし、システム自体もいまいち理解できてないし、で

わけわからんなりに色々聞いてなんとか乗車できた。





ロサンゼルスのユニオンステーションから出発



ホーム低いなーとか思ってたら列車が来た。



いやwでかすぎでしょww


チケットで座席とか決まってたりもするけど、
発車後一度車掌が確認に回ってきた後はみんな自由に動いてるし、展望車やダイニングカーやに行ったりしてた。





すぐに「如何にも!」って景色に変わった。









まだこの辺は町の郊外だなって感じだったけど、

次第に山の中に入っていくし、反対側には海が広がってるし、
「あぁアメリカだなー」って思うばかりだった。





これメチャメチャ気に入ってる写真。
そんな上手い写真とかでもないけど、所謂「その時、その場所を切り取ったような写真」って感じがするから。







途中の駅サンタバーバラ

あと、車内は禁煙だから、スモーカー達は数少ない停車駅で降りては煙草を吸ってた。





大地





ここら辺でトイレも兼ねて車内散策に繰り出した。

座席者を通り過ぎて展望車へ





そこから売店とかのあるダイニングカーへ







窓の外には太平洋が広がってた。






本当にある所を境に、ド田舎って感じになってた。








見渡す限りの大地にいるのは牛だけ。

こんな景色日本のどこを探しても見られないよね。




この写真もものすごい気に入ってる。
むしろなんでこんな写真撮れたんやろう?ってぐらいの会心の出来。





とある小さな駅に停まってた時、
窓の下でとある家族と思われる3人がいて、両親と娘だと思うんだけど、

娘一人が電車に乗るっぽいんだけど、両親が別れを惜しんでハグしてる
ってそんな様子を目の当たりにして、なんかわからないけど、胸がジンとした。




窓の外に広がる景色が映っていく度に面白がって写真撮ったり、
ただボーっと眺めたりしてたんだけど、


何を隠そう、この電車朝の10時過ぎ発、夜の8時過ぎ着って約10時間電車に揺られっぱなしなわけで、

次第に飽きてくるしw
明るいうちはまだ良いんだけど、夜になったらいよいよ景色さえも楽しみなくなって、
本当に長く感じた。


最終的にサンノゼに到着する直前におじさんと少しお喋りできたけど、
とにかく長かったww





というわけで若干不安だったAmtrakの旅も
何も問題なく、アメリカの広大な土地を見ることができた素晴らしいものになったのでした。






そんなわけで、
今回の旅で使った3種類の乗り物

すべてに色んな特徴があって、当たり前なんだけど、それが凄い楽しかった。



さて!

これで予定してたアメリカ日記ブログは一応終わりですね!



今後の予定ですけども、

この時に撮った動画が約30分ぶんぐらいあって、
これをそのままにしとくのは勿体ないなーと思ってるので、


動画編集して一本のムービ―にしてもっと言えばyoutubeにでもupできたら良いなと考えています。


いつになるかわかんないけど、とりあえず編集環境は整えたので、またチマチマ作業してみようと思います。



それではどうもありがとうございました!


またアメリカに行きたいです。

最近ずっと沢木耕太郎の『深夜特急』という小説を読んでいる。

作者の自伝的小説で、26歳の時に突然仕事をやめて
インドのデリーから乗合バスだけでロンドンを目指す
っていうストーリー。

全6巻で香港・マカオ編からスタート。
現在第6巻のポルトガル編を読み終わったところであと一息で読み終わってしまうのです。

それまでにまたブログを更新しようと思いまして





というわけで、ロサンゼルスで迎えた3度目の朝

この日いつものようにノンビリ起きてキッチンに朝食を食べに行った時
小さな出会いがあった。


というのもトースターの調子悪いな。とか思ってたら横にやってきたアジア系の人が
「なんかおかしいね!」と声を掛けてきて、内心ちょっと面倒だったけど、返事して
ってしてたら
その人「どこから来たの?」 俺「日本」
「日本のどこ?」 「大阪!」
「大阪のどこ?」 「(ん?知ってるん?)堺」
「自分は日本とアメリカのハーフで、大阪では吹田に住んでた!」

ってまぁ勿論最初は英語で会話してたんだけど、
そのまま同じ席で話し始めて、凄い楽しかった。
名前はジョナサン君でメキシコの方から一人旅で片方の実家のシアトルを目指してるという。
ビザが切れる頃に日本に帰る予定!っていうことらしかった。
勿論ハーフだし、英語がペラペラ。


ずっと日本語で喋ってたら同席だったブラジルとイタリアのハーフ(国籍はブラジル)が話しかけてきて
「自分はどんな所が気に行った」とか「ロサンゼルスならここが良かった!」とか
これが憧れてたやつや。。って思いながらちょこちょこ話にも加わった。


束の間の楽しい時間を過ごし、その日にロスを発つらしいジョナサン君とさよならした。
(今の時代だし、簡単にfacebookの申請で連絡先の交換できる。なんと便利なことか。)



というわけでノンビリ出発。
アメリカに着いて暫くは「どこ行くのも観光地は混むし、できるだけ朝早く出ないと!」
とか思ってたけど、このころになると時間が決まってない限りは「少々ノンビリ出ても余裕」
って思い始めてた。



最初の目的地はUCLA!!
正式名称University of California, Los Angeles
アメリカ西海岸有数の名門大学




ビバリーヒルズの裏道辺りになるんやけど、勿論高級住宅街でいちいち家が凄い。




バスでハリウッドから30分ぐらいかけてUCLAに到着。

海外の大学って凄い興味あったけど、
とにかく建物が綺麗だし、学生は楽しそうだし、芝生で寝そべって休んでる光景とか
何から何まで素晴らしかった。









あまりにも綺麗な青空だったから余計に綺麗だと思ったのもあるかもしれないな。





あと、凄いと思ったのはUCLAの中に消防署があり、警察署があり、敷地内までバスが入ってきたり

一つの大学が小さなコミュニティになってるっていうのが日本ではなかなか見ることができない面白さだなと思った。


予定通り昼ごろにサンタモニカビーチに向かおうと思ったけど、腹が減ったのでSUBWAYに入ってみた。

やっぱりSUBWAYは人気みたいで、この旅行中も結構あっちこっちでSUBWAYがあるのを見かけてた。
(普通にマクドナルドよりたくさんあったな。)

ただ入ってから気づいたけど、SUBWAYって日本でも色々こっちから注文するでしょ?
それが英語になるんだからてんやわんやw
店員のおばちゃんにしかめっ面されましたわww

まぁ無事に食べ終わって
バスで更に45分ぐらい!
サンタモニカビーチに行った。




バス停からビーチに歩くだけで南国感が漂ってきた。




見えたぞ!



ってかビーチ広すぎやろw

浜辺にたどり着くまで10分ぐらいかかったわw



この通り。美しい砂浜









砂浜で座り込んで黄昏てたけど、
見れば周りはカップルばかり。
気持ちは凄く穏やかで、最高に幸せなんだけど、この時につくづく「あぁ自分は一人でアメリカにいるんだなぁ」っていうのを痛感した。





あと、ゲイのカップルと思われる2人組もいた。
日本ではまだまだ同性愛っていうのが偏見を持たれがちだけど、こんな光景に出合えるのもアメリカだからこそなんじゃないか?と思ったりもした。




でも本当に心は晴れやかで太平洋を眺めながら
「この海の向こう側に母国日本があるのかー」ってシミジミと感じ入ってた。



多分1時間ぐらいそんなしてダラダラして
サンタモニカピアという小さなモールみたいなところへ!



ここは何と言っても、グランドキャニオンのツアーでも訪れた『USルート66』
その終点!

この道をず~~っと辿って行けばシカゴまで続いてるんだったかな?とか考えて
なんとも不思議な気持ちになった。





旅の中で色んなストリートミュージシャンを見たけど、特に印象に残ってるのは2人で

一人はサンフランシスコのフィッシャーマンズワーフで
ルイ・アームストロングの『What A Wonderful World』を歌ってた白人で
もう一人がこのウクレレのハワイアン

やっぱり2人とも情景とセットになって素晴らしさを感じた。

この土地のこの風景だからこの音楽があるんだなと深く感動した。





ルート66を辿る旅とかベタだけど、だからこそ面白そうだな。と思った。




日が暮れ始めたからあまり良い写真じゃないけど、サードストリートプロムナード
ここは通りが一本丸ごとショッピング街みたいになってる。
ただ、綺麗な海を見た後だとそれほど興味も起きなかったので
普通に通り過ぎただけだったw


またサンタモニカからバスで1時間ぐらい揺られてハリウッドの近くまで戻ってきた。




帰りにロサンゼルスでも指折りの名店だと言われてるホットドックの店PINK'Sに行った。



チリチーズドック多分4ドル弱だったかな?

勿論美味しかったけど、この店で一番強烈だったのは店のおばちゃんのメキシコ訛り
ホントに「なんて言ってんの?」って聞きたくなるようなことがしばしばあったw


またバスでホステルまで帰ったんだけど、
バス停の近くに99¢ショップなるものがあったので興味本位で入ってみた。

日本の百均みたいな感じで、色んなものが売ってた。
お金がいよいよ底を尽きかけてたし、翌日の腹の足しになるような物と、簡単なお土産になりそうなお菓子だけ買ったw



ホステルには8時ごろに着いたけど、
六人部屋にまた一人分の荷物が増えてた。
部屋は俺の他がブラジリアンの三人組だけだったからどんなヤツだろうとか思ってたら
その本人が帰ってきて、
ビックリしたことにそれが日本人だった!


横浜の大学4年生で就職までに一人旅に飛び出してきたそうな。

自分が行ったところの情報交換や、経験談とかを話してた。
二人の結論は「やっぱりこういう旅に出たがるのは自分たちぐらいの年齢だよなw」ってことだったw


しばらくしたら朝も話してたブラジル人とその友達が帰ってきた。

横浜の彼曰く「普通ブラジル人は夜な夜な遊びまくってるから絶対遅くにしか帰ってこないだろw」
だったけど、普通に9時ごろに帰ってきて二人で笑いこらえてたw



そこで同室の5人でまた色んな情報交換が始まって、
ブラジル人たちが「明日スペースシャトルを見に行く!」って
はしゃいでたから、あれは本当に素晴らしかったよ!ってちょっと先輩風吹かせたったw



したら「サンタモニカで夕焼けは見たか?」って聞かれて、
サンタモニカじゃないけど、グランドキャニオンで最高の夕焼けを見た!
って言って写真見せたら唸ってたw


最終的にラスベガスで行ったストリップ劇場の話とか
体験射撃でバカでかい銃を撃ったとか
日本人と言えばDJが有名だろ!Steve Aokiが!あいつのライブはクレイジーだ!とか

くだらない話に花を咲かせて
ロサンゼルス最後の夜は最高の形で終えることができた。


翌朝朝8時までにユニオンステーションに行かないといけなかったので
横浜の彼には別れの挨拶ができなかったのが少し心残りだけど、
結果的にこのロサンゼルスの滞在も思い出深いものになった。



多分次回か、その次でアメリカブログは終わりになると思う。

とりあえず次はアメリカの移動について




ばいばい