興味の赴くままに

興味の赴くままに

クラシックのレコード音楽鑑賞と山歩きと野茂投手が好きで歴史の進歩を信じる壮年が、興味の赴くままに綴るブログです。
特に好きなのは、音楽ではモーツァルトの全部、ベートーヴェンとブラームスの交響曲、山では剣岳と鳥海山。
そして、スポーツでは野茂投手です。

私が応援しているチェリスト新倉瞳さんが、クレズマーという東欧系ユダヤ人の伝承音楽に深く傾倒し、活動拠点のチューリヒでCheibe Balaganというクレズマー・バンドに参加して活動していることは、SNSを通じて知っていましたが、それがどんなものかは知らずにいたところ、朝日カルチャーセンターでそれをテーマにした講座に参加する機会を得、ご本人による魅力的で興味深い講義と楽しい演奏とダンスと歌❣️に手引きされて、クレズマーの魅力の一端に触れ、彼女がこれに入れ込んでいるわけが分かりました。


新倉さんの講座は既に何回か開催されているらしく、以前にもクレズマーが取り上げられたことがあるようで、私を含む聴講者の半数ほどの「初めまして」の人のために、講義の初め10分間くらいは、クレズマーとは何かについてのおさらいでした。


今回のテーマは、19世紀末以降迫害を逃れてアメリカに渡ったユダヤ人達が伝えたクレズマーのアメリカでの変容と盛衰。


講義は、黒のスーツに眼鏡という研究者然としたいでたちの新倉講師が、20世紀にアメリカで活躍した4人のクレズマーの担い手を取り上げ、彼らの演奏音源を流しながら進められました。


その音源の数々は、新倉さんが自分のiPhoneにSpotifyで曲目リストを作って入れて来たものを、ケーブルでオーディオ・アンプに繋いで再生するという、如何にも今風の方法で紹介されました。


それらの音源を聴きながら、クレズマー特有の節回しや旋法を知ることができました。


そのアンプの音量調節役兼助手は、共演のアコーディオン奏者佐藤芳明さん。


にこやかで爽やかな話しぶりの新倉講師の、クレズマー愛ゆえの熱くなりがちな運びと、佐藤助手の冷静軽妙なツッコミとの絶妙な掛け合いが、この講義を一層楽しいものにしてくれました。


最後の30分間は演奏タイム。


新倉さんが「この格好ではチェロを弾けないのでお着替えして来ます。」と聴衆に断り、「これで先生ごっこはおしまい!」とお茶目な独り言を言い残して一旦下がった間、佐藤さんが独奏でつなき、カラフルなスカート姿で再登場後に、講義で取り上げられた4人の作品の一部が演奏されました。


二人の合奏だけでなく、佐藤さんのアコーディオンに乗って新倉さんがクレズマー・ダンスを、聴衆の有志を誘って一緒に踊る❣️という、想定外の展開もあり、最後に奏されたアンドリュー姉妹の『素敵なあなた』では、新倉さんが魅力的な声で歌いながら合奏🎶🎵😌。


お話+演奏+踊り+歌唱という、4通りの才能全開で、私が知らなかった音楽への手引きをしてもらえ、参加し甲斐があった素敵な講座でした。



シルバーウィークの9月19~20日に出掛けた只見線橋巡りのプチ旅、その前後に沢山の楽しみがありました。

その二つ目は、初めて下車した会津若松市でのあれこれです。

往路の19日にその会津若松駅に到着する前、磐越西線の車窓から見えた、黄金の実りに輝く稲田の向こうに聳える磐梯山の姿がとても素敵でした。


到着した会津若松駅は、駅自体がレトロな雰囲気で惹かれます。

楽しい撮影スポットも幾つか用意されていました。


只見線に乗り換える前に、大正時代の街並みが残る七日町通に寄り道して散策と昼ごはん。


残念ながら城下町の街並みは武士階級没落とともに失われてしまいましたが、ここには大正ロマンの雰囲気を漂わせる建物が沢山残っています。


散策を始めて間もなく通り掛かった「稲忠」さんの店前で声を掛けて来た女将さんに尋ねて教えてもらった、「満田屋」という味噌・田楽の老舗に入り、田楽を焼く炉端のカウンター席で田楽三昧の昼ごはん。

地元の女翔さんのお薦めだけあって、出された6種類の田楽いずれも美味でした。


七日町通をぶらぶらしながら只見線に突き当たった所にある七日町駅から乗車し、会津宮下駅までの1時間20分の車窓を楽しみました。

七日町駅は無人駅ですが素敵な駅カフェが併設されており、乗車前に食後のデザートをいただきました。


20日午前中に霧幻峡を楽しんだ後の復路は、列車本数が少ない只見線ダイヤの都合で、会津若松に午後2時過ぎに到着してしまうため、午後はゆっくり市内見物し夕食まで済ませて夜7時23分発の郡山行きで帰る予定にしていました。

せっかく会津若松で午後の時間を過ごすからには、高名な白亜の鶴ヶ城に敬意を表すべく、最寄りの西若松駅で下車してお城へ。
その前に武家屋敷通りも見ておこうと、拾ったタクシー運転手にそれを告げたところ、そこは昔から残っている武家屋敷街ではなく観光用に設けられた施設、との説明を受けたので、鶴ヶ城へ直行することにしました。

この日は、折から開催中の「会津まつり」の中日で、祭りのメインイベント「藩公行列」の大勢の隊列が午前中から市内を練り歩いており、私達がお城に到着したら、それからほどない午後3時にその帰陣式が天守閣前広場で開催されることを知りました。

メインイベントの締めの様子を見れるとは願ってもないチャンスです。

既に芝生に座って開始を待っている大勢の観客に交じって一部始終を見物することにしました。


「藩公祭り行列」は、戦国時代から明治維新期に至る間に会津に関係のあった大名諸家や諸部隊等ごとに編成された30余りの隊列総勢600人にも及ぶ行列で、それが順次お城に帰陣して来るのです。

諸隊の参加者は、市内の中学・高校生から地元企業や県と市の職員をはじめ、会津だけに限らず、ゆかりのある各地からも多数の隊が参加しており、各隊ごとにまつわる史実を思い出しながらそれぞれの装束や装備を見比べるのも楽しく、帰陣後に勢揃いしたら広大な天守閣前広場を埋め尽くすほど壮観でした。


それが終わると今度は、鶴ヶ城築城にまつわる白狐伝説に因む狐の嫁入り行列❣️


お城に着いた時、やたらに狐のコスプレした女性が目に付いていたのは、これに参加するために全国から集まってきた狐衣装パフォーマーたちだったのでした。


夕食は駅前の会津料理の店でと思ったのですが、会津まつりの最中のためかどこも予約で満席。都内にもあるチェーン店で何とか席が取れて腹ごしらえできました。

帰りの列車を待つ駅の待合室のテレビに流れていたローカルニュースで、この藩公行列のことを取り上げていて、出陣式に会津が舞台の大河ドラマ「八重の桜」で主演した綾瀬はるかさんが参加して挨拶した様子を映していました。

大河ドラマの中で八重が繰り返し述べていた、会津藩の子供たちが幼少期に学んだ規範である『什の掟(じゅうのおきて)』の結びの言葉「ならぬことはならぬのです!」を思い出しました。

その掟が、七日町通に行くバスの車体にも、七日町通の街角の立て札にも書かれてたのを見掛けました。


会津の皆さんの矜持がしっかり息づいていることを感じさせられた半日でした。




シルバーウィークの9月19~20日に出掛けた只見線橋巡りのプチ旅、その前後に沢山の楽しみがありました。


只見川に因む楽しみと、行き帰りに立ち寄った会津若松での楽しみです。


中でも格別だったのは、只見川の霧幻峡。


「霧幻峡」とは、只見川の会津宮下と早戸の間にある宮下ダムのダム湖に霧が発生しやすいことに由来して付けられた名前で、1964年に山崩で廃村どなった、対岸の三更(みふけ)集落の住民の足として各戸が保有していた手漕ぎの渡し舟を観光用に復活させたものです。


20日朝、宮下温泉の宿を払って一駅上流の早戸駅へ。

霧幻峡の船着場が早戸駅すぐ下にあるのです。


その一駅の間では、只見線でも指折りの絶景区間とされる眺めに恵まれました。


早戸駅下の船着場から、三更出身の船頭さんが操る渡し舟で下流に向かって漕ぎ出し、早戸温泉前まで行き、その先に架かる早三橋を見渡しながら折り返して戻る、50分ほどの稀有な舟遊びでした。


その名の通り、朝の川霧が残る無風の川面を、船頭さんが語る様々な逸話を聞きながら、私達夫婦を載せた渡し舟が滑るように進み行く楽しみは、他所では得難いものでした。



舟を降りた後の楽しみは、早戸温泉つるの湯の只見川展望露天風呂で日帰り入浴。


そして隣接のカフェで只見川を眺めながらのランチ。


この素晴らしい午前中の楽しみの後に、会津若松で予定外の楽しみが待っていました・・。


(続く)



11年ぶりに5連休となった今年のシルバー・ウィーク、その初めの2日間を使って、滅多に行けない只見線の橋巡り。
台風25号接近で心配だった天気も持ちこたえてくれ、幸運にも傘知らずでした😭

目当ては、何と言っても只見川第1橋梁展望台から見下ろす眺め。
霧がたなびいていればベスト。

その最寄駅、会津宮下駅までは、昨日朝7時40発の東北新幹線やまびこで郡山まで行き、磐越西線に乗り換えて会津若松へ。

駅前の観光交流館「からんころん」で電動アシスト自転車を借りて、約2km離れた道の駅「尾瀬街道みしま宿」まで行き、その脇の山道を15分ほど登ると、やっと目目指す展望台です。

狙いは、16時8分頃に通過する上り列車が橋を渡るシーン。

でも、それまで1時間以上時間があるので、からんころんで教えていただいた、宮下アーチ三兄弟と、只見川第2橋梁を先に見届けておくことに。


「宮下アーチ三兄弟」とは、会津宮下駅近くを流れ下る只見川支流の大谷川に架けられた、上から,、国道252号、JR只見線、福島県道237号のアーチ橋が重なって見えるスポットてす。
3つのアーチ橋を重ねて見ることができるのは、全国でもここだけのレアモノです。


只見川第2橋梁は、一つ手前の駅会津西方駅近くにあり、自転車で一走りした只見川左岸の地元幹線道路から間近に見ることができました。


一巡りするうちに、いよいよその時間が近付いて来て、只見川第1橋梁展望台へ。

意外にも先客はいませんでしたが、間際になって6人組が登って来ました。

狙いの上り列車は定刻通り橋に差し掛かり、通過時には徐行してくれました。


しかも川面は水鏡❣️

昨日の宿は。会津宮下駅から1kmほどの只見川沿いに佇む温泉旅館「栄光館」。
素朴ながら心籠った気配りをいただけた、良い宿でした。

しかも、アーチ三兄弟ビューポイントまで徒歩5分という、地の利にも恵まれているのです。

今朝は、6時に宮下駅を出る上り列車が朝霧たなびく第1橋梁を通過する様子を見ようと、朝5時に起きて徒歩で展望台へ。

宿の前の只見川には程良く川霧がたなびいていて、期待が高まりましたが、豈図らんや、肝心の展望台からの眺めは、霧が深過ぎてほとんど何も見えずꌩ ̫ ꌩ💧。

これにはガックリ来ました。


気を取り直して宿に戻り、朝風呂♨️で気分転換した後、時刻表で目星を付けておいた、アーチ三兄弟を7時30分前後に宮下駅で列車交換して発着する下りと上りの列車が相次いで橋を通過するシーンを朝食前に見届けることに。


これが大正解💮💯


下り列車が宮下駅に先着するために橋を渡る姿はこれ。


上り列車が宮下駅出発直後に橋を渡る姿はこれ。


この至福の数分間の後、朝食を済ませて宿を払い、9時15分発の下り列車で一駅先にある、そこならではの楽しみへ。


(続く)




ミューザ川崎のモーツァルトマチネ、今日は東京交響楽団の若き新音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティさんが引き出す演奏にすっかり魅せられてしまいました🎶💕


モーツァルトの「プラハ」の素晴らしさと言ったら❣️


冒頭の和音のえも言われぬ音色と響きよう、それに続く3つの和音。これを聴いただけで一気に惹き込まれ、素晴らしい演奏が聴けることを確信しました。


その確信通り、モーツァルトがこの曲に散りばめた光と影を、最適なテンポと抑揚に仄かで繊細なニュアンスを添えて聴かせてくれ、この1曲で大満足です。


私は、この第38番「プラハ」を次の3大交響曲に劣らず買っていて、特に、陰影に富んだ序奏が大好きなのですが、お気に入りのオイゲン・ヨッフム指揮コンセルトヘボウ管弦楽団による録音の演奏に引けを取らずにこの序奏をしっくり聴かせてくれる演奏にはなかなか巡り会えずに来た中、失礼ながら、まさかこの36歳のヴイオッティさんの棒からそれに勝るとも劣らない演奏が聴けるとは❣️


今流行りの干物のような演奏とは対極にある、潤いと豊かさに満ちた演奏です。


後半はシューベルト18歳の交響曲第2番。

実演に接したのは初めてです。


「プラハ」よりも弦楽器を増やした編成で、コントラスバスは3丁から5丁に。


演奏が始まるや、その「五月蝿さ」にビックリ!

習作と言っても良いであろうこの曲に、18歳のシューベルトが、これでもかと音をてんこ盛りにした意気込みを感じさせます。


ヴィオッティさんと東京交響楽団の演奏で聴くこの若書き交響曲、途中から五月蝿さも消え、力強さと瑞々しさが漲る大曲に聴こえました。

ブラヴォーの声が飛んだのも頷けます。


でも、私的には、「プラハ」でブラヴォーを浴びせてもらいたかったところです。


ヴィオッティ監督、今年から3年契約でスタートしたばかりですが、第1回定期公演の反響凄まじく、早々に5年延長が発表されました。


7月にサマーフェスタ開幕公演て一度彼の指揮に接し、その爽やかな指揮ぶりに好印象を抱きましたが、その時は演目がシェエラザードだったので、真の実力は測りかねており、今日の2曲で納得です🤣


実はヴィオッティさん、2014年に プロの指揮者デビューを果たしたのはこの東京交響楽団。

まさに相思相愛です❣️


これから2034年まで、このコンビが様々な名演を重ね、前任のノット監督時代に劣らず深化して行くことを、大いに期待します。