脱会後(12) | 未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

その後、紆余曲折があって、わたしとNさんは引き続きここで働くことになりました。それに増員するという形で、隣町の斎場からT君という新人がこちらへ来ました。

そして、三人体制になると同時に、わたしが現場責任者になりました。Nさんは降格となったわけです。わたしはNさんと離れられなかったのは残念でしたが、責任者になったことで、今まで以上に仕事への熱意が高まりました。

いままでは一応Nさんが責任者だったので、色々と改善したい問題点があっても、それを言い出すのは困難な状況でした。でも、責任者となって、T君を味方につければ、Nさんも今までのように好き勝手は出来ないだろうと思いました。

しかし、責任者になってから少しづつ、わたしの歯車は狂い始めました。わたしはその頃、会社や所長から信用を得ていたので、わたしの提案とか希望はほとんど通りました。そしてわたしはそんな状況の中で徐々に天狗になり、傲慢になっていったのです。

実際、会葬者や遺族の方から、感謝の声も時々頂くようになっていました。わたしはそれを「おれが一生懸命やってきた結果だ」と、自分の手柄だと思い込むようになりました。所長がわたしを遺留したいきさつもあったし、「おれはこの斎場に必要な人材だ」と、いつしか自分を過大評価するようになったのです。

わたしは会社と所長からの信任を後ろ盾に、Nさんを押さえ込もうとしました。しかし、わたしなんかよりはるかに老獪なNさんが、おとなしく黙っているはずがありません。表面上は大人しくしているように見えましたが、様々な小細工を弄して、わたしをネチネチと揺さぶってきました。

ここの業務は火葬といっても、ただ焼けばいいわけではありません。玄関での柩の受け入れから始まり、読経の立会いや最後のお別れ、そして納骨まで全部取り仕切って行うのです。それが一日に何件も入る場合には、お互いの円滑な連携が必要になってきます。

ですから、仕事の流れに応じてどう動いていくのかを、時々ミーティングをしてチェックし、改善点があればお互いに意見を出し合いました。Nさんはこの時、わたしたちの意見に事あるごとに逆らいました。要は反対のための反対です。そして多数決で決まったやり方をわざと無視して自分流で動いては、現場を混乱に陥れていました。

また、この斎場では、地元の業者が仕出し等を請け負っていたのですが、その業者のリーダーでMさんという方がいました。このMさんは大雑把な性格だったせいか、Nさんと気が合いました。そしてNさんの味方になって、事務所に色々と吹き込んでいるようでした。

もちろん、それだけが原因というわけではなかったのでしょうが、わたしが責任者となって一年も経とうとする頃、「ミクラスとTが組んで、Nさんを除け者にしている」という噂を耳にしました。

わたしはそれを聞いて頭に血が昇りました。「お前らに、Nさんの何が分かるってんだ! お茶を飲む時に話す程度だろ? なのに簡単に丸め込まれやがって! おれたちは一日中一緒に働いて、直接に被害を被ってんだよ! なのに、そんなおれたちの気も知らずに、Nさんを苛めてるだって?!」

わたしは怒り心頭に達しました。おれは今まで、この斎場のためにこれだけ頑張ってきたのに、いまさらNさんの肩を持つだと?

わたしはこの時、怒りで目が見えなくなっていました。自分のプライドを守ることに精一杯で、周りの人を気遣う余裕などありませんでした。おれは間違ってない。なのに、なんでみんなNの肩を持つんだ? わたしは怒りに肩を震わせながら、控え室を飛び出し事務所へと向かいました。


(つづく)