未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

今にして振り返れば、この警備会社を退職したのは、若気の至りだったと思う。

 

(というか、この後、延々と繰り返される退職劇は、すべてが「若気の至り」だったといえるのだがw)

 

その頃、長男はまだ0歳の赤ん坊だった。でも、当時の私には根拠のない自信があり、きっと今より良い仕事に出会えるという希望があった。

 

そして実際に退職する少し前、私は誰もが知る大手の警備会社、セ○ムの求人に応募した。面接会場には50人ほど来ていて、会社説明から適性検査、そして面接へと進んでいった。

 

私はまず、適性検査でつまづいた。並んでいる数字を足し算するだけの簡単な試験であったが、私は早くやろうと焦りパニくって、最後の方はほとんど回答できない無様な状態に陥ってしまった。

 

そして面接である。私は、自分が今の会社を辞めたい理由は、しごく正当なものだと思っていた。

 

「営業がやりたくないから、警備会社に入った。なのに、営業の仕事をやらされそうになっている。これを辞めるのは当然でしょ」 という思いだ。

 

しかし、私が面接官からかけられた言葉は、意外なものだった。

 

仕事は全部営業だよ。警備員の仕事だって、良い仕事を顧客に見せるのは営業と同じなんだ」

 

私は、自分の言葉に面接官も同意してくれると思っていたので、その言葉には不満があった。

 

「そんなのは屁理屈じゃないか。とにかくおれは、営業はやりたくないんだ!」 

 

結局私は不採用となった。しかし、今思えば当然である。セ○ムのような大企業が、私のような甘ちゃんを採用するわけがない。

 

私は再び職探しを始めたが、私が探していた職種はただ一つ。やっぱり「警備員」だった。

 

その頃の私にとって、自分が警備以外の仕事をするというイメージが、まったく持てなかったのである。この二年あまりの期間で、警備員のゆる~い世界にどっぷりと馴染んでしまったのだ。

 

私は決して、自分の過去を後悔しているわけではない。今こうしてここにいるのは、さまざまな必然の結果だと思っている。

 

でも、後悔とは違うが、あの時にもっと違う職業を選んでいれば、また違った人生になったのかな? という思いはある。

 

当時の私には「キャリアを積む」という考えがまったくなかったのだ。あったのは「今できることをやる」という、フリーター的な発想だけだった。

 

仕事というものは、何年も経験を積んでやっと一人前になれる仕事と、誰にでもできるバイトや派遣労働のような単純作業とがある。

 

しかし、子供のころから「不得手なものからは逃げる」というスタンスで生きてきた私には、地道に経験を積んでいくという発想ができなかった。

 

私はその後もずっと「嫌なものからは逃げる」というスタンスで生きていくこととなるのである。

 

 

 

 

 

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