未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

その時に彼は「来週の日曜、昇級審査があるんです。組手(試合)があるから緊張しますね」と話していた。


 

 

その翌週、彼は練習に来なかった。まあ、練習は18時半からなので、男性の場合、仕事の都合で来れない時も多い。だから私は特に気に留めなかった。

 

 

「明後日、昇級審査だから、それに備えて身体を整えてるのかな?」なんてことを思った。

 

 

そして、その翌週、私は彼から昇級審査の結果を聞けるのを楽しみにしていた。



すると当日、私が練習会場に入ろうとすると、彼らしい男性が、入り口近くで立ったままスマホをいじっているのが見えた。だが、彼は私に気づかないようだったので、私はそのまま更衣室へと向かった。

 

 

そして運動着に着替えて、更衣室を出て歩いていると、彼が後ろから声をかけてきたのである。なぜか、彼は運動着に着替えていなかった。

 

 

「昇級審査はどうでしたか?」私は早速たずねた。

 

「いや、ちょっと目の具合が悪くなっちゃって、審査を受けるのは見送ったんです」

 

「そうでしたか……それは残念でしたね」

 

「ところで、道場に問い合わせはしたんですか」と彼がたずねてきた。


前に空手道場の話しをした時に、私が軽い感じで「じゃあ、私も久しぶりに顔を出してみようかな」と言ったことを、気にしてくれていたらしい。

 

「いや、ホームページで調べはしたんですが、まだ連絡はしてないです」

 

 「そうでしたか……実は私、仕事の都合で埼玉に転居することになったんです」

 

 

私に軽い衝撃が走った。先々週、彼と話して以来、もしかしたら、良い友達になれるかもしれない……という思いがあったのだ。なのに、こんなにも早く離れて行ってしまうとは!

 

 

「そうなんですか!……いつ頃行く予定なんですか」

 

「もう来週に行く予定です。だから、今日の練習にも参加できなくて……先生にも、さっき挨拶してきました」

 

「そうですか。残念ですね……向こうに行っても頑張ってください」

 

「ありがとうございます。短い期間でしたけど楽しかったです」

 

 

こんな挨拶を交わして、私たちは別れた。

 

 

 

彼は、わざわざ私に挨拶するために、入り口で待っていてくれたのだ。そのことを思うと、何とも言えない寂寥感が胸の奥を突き抜けた。

 

たった数度、言葉を交わしただけだったのに、彼はわざわざ来てくれた。そのことは嬉しかったが、こんなことならば、もっと早い段階で、彼に声をかけていれば……という後悔が湧いた。

 

 

 

彼とは連絡先も何も交換していない。だから、おそらく、もう一生会うことはない。

 

たとえば、ラインのIDでも交換していれば、ここまで切ない思いになることはなかっただろう。


だが、連絡先を知らない状態で他県へ転居するということは、今生の別れが確定することを意味する。そのことが、私の胸を妙に切なくさせた……。




このことがあって、私は、自分の来し方を振り返らざるをえなかった。


今までの人生でも、きっと、ほんの少し勇気を出せば、得られていた出会いが、たくさんあったに違いないのだ。


そのことを、彼との短い出会いを通して考えさせられた。




私たちはテクノロジーの進化により、多くの恩恵を受けている。だが、その反面、失ったものも多い。


その一つが「生き生きとした感情」ではないだろうか。少なくとも私自身は、まだまだ自分の生命力を使い切っているとは、到底、言えない。



「一期一会」その言葉の意味を、あらためて噛みしめていきたいと思わされた、今回の出来事であった。



もし、彼がなにかの偶然で、この記事を目にして、コメントやメッセージを寄こしてくれたら嬉しく思う。まあ、そんな可能性は限りなく低いだろうが……。




(完)





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