未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

 

 

 

 

 

「私はあのとき、日本のために誠心誠意尽くそうと思っていた。韓国のためにという気持ちはなかったね。日本にいる以上は、日本の国を立派な国にすることが神のためだし、日本のためだ。そこにこそ、私が日本のために宣教してきた意味がある。だから、当時はもうすべてを日本のために捧げたという思いがありましたね」

 

 

「韓国の統一協会が食えなくて困っているというので、日本の幹部が「西川先生、韓国の協会に献金しましょう」と言ってきたとき、私は断わったんです。日本で得た金は、せめて日本の再建のために使えとね。日本で暮らしている以上は、日本のために使いなさい。思いは韓国においても、行動は、足がついてるところで誠実にやろうと言ったんです。


私が再臨の主である韓国に送金するのに反対したので、そのときその幹部はものすごく驚いていました。しかし、私がいる間は、韓国の統一協会には一文のお金も送らなかった。全部日本のために使えばいいと思っていました。(「救いの正体」より抜粋。西川先生の言葉)

 

 

 

前の記事で西川先生の名前を出しましたが、「救いの正体」という本に載っていた、西川先生のインタビュー記事を見つけました。内容はリンク先ですべて読めます。わたしは10年以上前に読んで、大きな感銘を受けました。

 

 

そこには、わたしが統一教会で求めていた理想が、すべて書かれていました。西川先生の願っていた、教会のあるべき姿。それこそまさに、わたしが信仰生活の中で求めていたものでした。

 

 

草創期の統一教会には、たしかに真があったのです。しかしそれは、ほかならぬ文師の指示により、潰されてしまった……。以下、「救いの正体」よりの抜粋です。

 

 

 

「どんな宗教も立派な指導者の下では素晴らしいものになりますが、間違った指導者だと方向を見失ってしまうものです。


日本の統一協会から私が去ったあと、韓国の指導者だった文鮮明が日本の統一協会を統率するようになって、協会が変化した最大の理由は何かと言えば、救いというものに対する教えの内容が変わってしまったことなんです。

 

私のときは、人間を完成してから神の国をつくろう__それが救いだったんですが、文鮮明によって『真の父』である彼を信じて血統転換(文鮮明の指名した相手との婚姻による子孫をつくること)しないかぎり信者は救われないというふうに変わったのです。

 

そんなバカなことがありますか。そんなもの、ただの宗教儀式ならともかく、それでは明るい社会をつくる『愛と真理』の社会運動ということにはならない。そこが問題なんだ。現在の協会は私にとっては別物になってしまったのです。

 

国際合同結婚式をなぜ『祝福』と言ったかというと、善良な人、善の行為を積んだ人が天から祝福されるという意味であって、たくさん献金したから与えられるとか、そういうものではなかった。神様って、そんなにお金が好きなわけじゃないのです」

 

 

 

「統一協会は神の名を使ってどんなことでもする。当然、悪いこともだ。どうしてかというと、神の世界は不可知世界であるから、仮にデタラメを言ったとしても永久にそれは露見しない。死後に霊界で救われるかどうかも、死んでみなければわからないから、これも仮に嘘を言ったとしても、永久に露見しない世界なんだ。


神の名前を使った究極の詐欺は、どんなことをしても永久に嘘が露見しない。だから『法律でも罰しようがない』って言うんだよ。


人間の欲望のなかで最高の欲望願望は何かというと、永遠の幸せをつかみたいということに尽きる。そこで『あなたは永遠に幸せをつかめる』というアメを与えて、反面で『やらなければ地獄に行くぞ』と脅す、それも自分だけじゃなくて、『祖先までも霊界で泣き悲しみ、また子孫までも地獄に行くぞ』と脅す。人間をアメと鞭で、最高の脅しと最高の願望でもって支配する。これが本当の宗教かい?って言いたいね。そこが統一協会の根本的な問題なんだ。

 

 

 

アンダーラインを引いた部分。『あなたは永遠に幸せをつかめる』というアメを与えて、反面で『やらなければ地獄に行くぞ』と脅す、それも自分だけじゃなくて、『祖先までも霊界で泣き悲しみ、また子孫までも地獄に行くぞ』と脅す。人間をアメと鞭で、最高の脅しと最高の願望でもって支配する。このたった三行の言葉が、現在の統一教会の本質を表しています。

 

 

わたしは、西川先生の言葉に「真」があると思います。統一教会が、この真を持って活動を継続していたら、本当に素晴らしい組織になっていただろうし、「統一運動」は世界を動かす、大きなムーブメントになっていたかもしれません。

 

 

拝金主義と化した統一教会の現状を見ると、重ね重ね、残念でなりません。