こんな事が取りざたされているそうな・・

ブログはつまらなくなったのか?・「ブログ限界論」を検証する

うーん、あまり意味のある議論とは思えない。ここ3年の間にブログは急速に普及した。それに伴って、「ブログの質が落ちた」ということなのだが、普及すれば一部のエリートに限定されていた書き手から広がっていくわけだから、平均点は落ちるだろう。つまらないなら見なければいいだけだ。書きたい人が、書きたいときに書きたいことを書く。それがブログであり、インターネットというメディアのいいところのはずだ。

そもそも「つまらない」のは個別のブログであり、それを「ブログ」として一般化することに無理を感じる。首都圏で地上波が7チャンネルしかないテレビと同列に扱われても意味がないし、「有識者」と称する方々がこのような議論を真顔でしているのはどうも解せない。

仕事の上で関心のあるテーマなので触れておこうと思う。

総務省:通信・放送法制統合へ ネット情報も規制
総務省は6日、電気通信事業法、放送法など現行の通信、放送関連の法律を「情報通信法」(仮称)として一本化し、2010年の通常国会に提出する方針を明らかにした。社会的な影響の大きいインターネットのコンテンツ(情報の内容)を、現在の放送と同じように(1)政治的な中立性が保たれているか(2)公序良俗に反していないか--などの観点から規制できるようにする内容。新聞社や通信社による記事のネット配信も規制対象となる可能性があり、議論を呼びそうだ。

この議論の大前提にあるのは「通信と放送は融合する」というもの。「ネットにつないだパソコン・テレビで水戸黄門が見られる時代が来る」というあれである。

業界人・有識者の意見はともかく、私はネットと放送は融合しないと考えている。少なくとも巷の業界人・知識人とされる方々の考える方向とは違うと思っている。

まず、ネットとテレビでは見ている人の椅子の形が違うし、パソコンとテレビでは置いてある部屋も違う。テレビは黙って座って見る受動的なメディアであるのに対し、ネットは積極的に情報を取りに行く能動的なメディアだ。当然、みる状況も違えば、コンテンツも違って当然であるし、「影響力が大きい」と言ってもその質は全然違う。

また、ネットはテレビと違って発信場所を選ばない。仮に規制ができたとしてもサーバを海外に置いてしまえば、簡単に回避できる。そこはどう手当をするつもりなのだろうか?

実は結構異質な通信・放送を全く同列にして規制するのは果たしてどうなのだろうか?
特にこの組み合わせを意識した訳ではないのだが、ここ二日間でこの組み合わせでの検索が急増した。

http://ameblo.jp/nomikui/entry-10058456599.html

なかには「バッシング」というキーワードもセットになって。
事実はともかく、少なくとも世間が抱くイメージとしては渡部絵美さんは安藤選手の事を嫌っている、という事を実感してしまった。
事実はどうなのだろうか?
今日の大和総研の発表によると国内主要300社の増益の見通しらしい。

主要300社、09年度まで増益続く・大和総研見通し

原油や円高、設備投資による固定費増などの減益要因を欧州・アジア向けを中心とする輸出が支える構造とのことだ。

一方で、こんな気になる記事もあった:

英中銀、2年4カ月ぶり利下げ・サブプライム問題波及

日本企業の収益を下支えするはずの欧州では景気減速の見通しである。中国も北京オリンピック後の景気減速が言われている中、本当に日本企業の増益が続くのか、引き続きウォッチが必要であろう。




あちこちのブログでも、そして職場でも風邪が流行っている。気を付けねば。と言って気をつけてさえいれば風邪を引かなくなるのであれば、これほど簡単なことはない。やはり問題は引いてしまった後に如何に早く立ち直るか、だろう。

そこで、今日は昔お世話になった漢方の先生に教わったレシピをご紹介しよう。咳、頭痛を伴う風邪に良く効くので試してみてください。

1)まず、梅干を2個、オーブントースターで軽く表面に火を通す。そしてそれをマグカップの中でつぶす(焼酎のお湯割りの要領で)。
2)生姜を親指の詰めほどの大きさを目安におろし、マグカップに入れる。
3)レモンを1/2個を絞り、絞り汁をマグカップに入れる。
4)マグカップにお湯を入れる。
5)最後に醤油・ハチミツで味を調える。
6)飲む。梅干は種をしゃぶる。

これを朝晩の2回、飲む。ぐっすり眠れます。
残業帰りに以前、ここでご紹介した新橋の内緒の小料理屋(「X」だと芸がないので「Y」としておきましょう(笑))でひとしきり呑んだ。

グループのお客さんが帰った直後に入ったために私一人の貸切状態だった。

飲食店経営の話、料理の話で盛り上がってしまい、結構な時間を費やしてしまった。中でも印象的だったのは飲食店の経営の話になって「最近の飲食店(特に大手のチェーン店)は採算を重視するあまり、料理の質を落としすぎ。それでは短期的には儲かっても長続きしない。そもそも料理をわかっていない人が経営するケースが多すぎ」と熱っぽく語っていたこと。

我々の仕事にも共通する課題を見たような気がする。
私はタブロイド紙はほとんど読まないが、今日外出した際に駅の売店に出ていた広告が目についた:

安藤美姫 引退勧告 (ゲンダイ)

確かに目を引く。しかし、あまりにリアリティがないので買う気がしない。と言って結局ネット版で調べてしまう私・・・・

しかし、まあ一回の大会での失敗で「引退勧告」ですか。「勧告」って誰が出すのだろうか?スケート連盟の判断ならば別に「勧告」も何も強化選手から外してしまえば良いだけではないのか?そう考えると「引退勧告」はあり得ない。

さんざん「メダル有望」とプレッシャーをかけておいて一回や二回の失敗で一々バッシングをやって選手をつぶしてしまう馬鹿馬鹿しさはレークプラシッドでメダルを逃した渡部絵美本人が一番わかっている筈ではないのか?

正直なところ、この記事にはセンセーショナルなタイトルで読者の目を引く以外に意図が感じられない。

昨日の書き込みでも触れたように、折角良い選手が育つ土壌ができたのだから、もう少し暖かく見守ってやりませんか?
最近、陸上競技の短距離やフィギュア・スケートなど、かつては「日本人に向かない」とされていた競技における日本人選手の活躍が目覚しい。

少し海外に目を向けると更に興味深い事象がある。

陸上競技の短距離は米国では黒人が圧倒的な強さを誇るが、長距離になると白人が中心である。

一方、米国の黒人と同じ人種であるはずのアフリカ勢を見ると、マラソンなどの長距離種目は伝統的に強いが短距離ではほとんど聞かない。

陸の上では強い黒人(米国人・アフリカ人を含めて)だが、なぜか水泳、スケートでは聞かない。

バスケットボールは基本的にアメリカ、それも黒人の独壇場である。


これらを見た上で、参考になるのはサッカーだ。人種の傾向はどの国を見てもはっきりしたものが見えない。要するに「人種だ」「先天的なものだ」という要素よりもそのスポーツが育つ土壌があるかどうかの方が決定的要素として強いのだろう。

サッカーで言えば、日本にJリーグができて今年で14年経つが、今日本代表クラスの選手が小学生だった頃に始まったわけだ。彼らがJリーグを見ながら育ってきたわけだが、それ以来、公園でサッカーをやっている子供たちが確実に増えた気がするし、日本のサッカーのレベルも確実に上がっている。

今日のフィギュアスケートNHK杯で優勝した高橋選手の活躍と近くスケート・リンクで軽快に滑っていた子供たちを見ながらそんなことを考えた。
「放って置け!」と怒られそうだが、読んでいてどうしても突っ込みを入れたくなった記事がこれ:

持っていたら異性にモテそうな資格ランキング
 資格は自分のスキルアップのために勉強するものですが、持っていれば異性の評判が上がるような嬉しい資格があるかも.........≪続きを読む≫


事の本質はまさしく上記要約文にある:
資格は自分のスキルアップのために勉強するものですが

そもそも私もあれこれ英語関連の資格は持っているが、女性にモテたためしがない。まあ、私の場合、資格以前の問題なのでしょう。ワハハハ!

しかし異性にモテるために資格って取るのか?何か人生の価値基準が大きく間違ったアンケートのような気もする一方で、それにわざわざ真面目に答えるほうも答えるほうだ。そして「そうか、語学の資格をとると女性にモテるのか!」と言ってGABAに通いだす奴がいるのかと想像すると、やはり変な記事である。

誰だ?「だったらそんな記事読むな!」と言ってるのは?
さて、しばらくサボっていたこのシリーズだが、ビジネスとしてのブロードウェイ、オフ・ブロードウェイのショーについて考えた場合、避けて通れないのがプロデューサとコ・プロデューサ(或いはエンジェル、投資家)との間の利益の配分である。

一般に、米国でのケースではプロダクションのチケット売上は以下の優先順位で支払われる:

1)劇場の賃料、役者を含むスタッフの賃金などの運営諸経費
2)コ・プロデューサの投資元本
3)1)・2)を支払い終えた後の収益はプロデューサとコ・プロデューサで折半

因みにこれは他の投資ファンドと比較するとプロデューサにかなり偏った利益配分である。通常のプライベート・エクイティ・ファンドなどであると、ファンド運営者と投資家の配分は50:50の折半ではなく、20:80であるケースが多いからである。なぜ、こうなっているのか、実は私もよくわからないし、業界の方に聞いても「昔からそうだから」という答えしか返ってこない。まあ、プライベート・エクイティ・ファンドのことを知らない人にそことの比較をされても、向こうは困ってしまうだけだろう。ただ、考えられることとして①投資金額が比較的小さいため、プロデューサの取り分を大きくしないとプロデューサの生活が成り立たない、②そもそも投資家サイドも投資リターンよりも「コ・プロデューサ」であることの満足感のためにやっている色彩が強く、利益の分配については比較的鷹揚になれる、と言った事情は容易に想像が付く。

なぜ、私がこれまで米国での事例にあれこれと触れてきたか。日本でのショービジネスへの応用についてのヒントがあるからだと考えているからである。それについてはまた後日。