陰謀論は私も嫌いではない。

 嫌いではないから調べるのだ。

 

 

 もしかして、この流れってあの国、誰かの陰謀なんじゃないかって。

それで資料を見ると大体、あ、違うわってなるわけだ。

 

 

 今までの資料にも挙げてきたとおり、もしかして政府が良いように値を調整しているんじゃないかって思えても、そんなことは無かった。

 

 

 そもそもそんな資料を調べようという人間がどのくらいいるか。

 

 誰が見るのか。

 

 

 マスコミの中でも、そんな資料をまともに読んで、理解している人間がどのくらいいることか。

 

 

実際に、この資料はどういうことかと電話して教えてもらったことをそのまま記事にしているなんていう情けない話を聴いたことがある。

 

なぜ、そうなるのだろうか。

 

 

 簡単だ。自分で読み解いてそれを掲載して間違っていたら恥となる上に、責任問題にもなり得る。

 

 

 直接、教えてもらったことをそのまま載せれば、少なくとも自分たちの間違いや責任にはならない。

 

 

 資料には難しく、より具体的に書いてあるが、口で説明した事が報道されるとわかっていれば、資料の内容と報道向けの内容と分離して世に出る情報をコントロールすることさえできるだろう。

 

 

それはもはやただの伝言ゲームだ。
 

だから、私は一次資料を信じる。

 

 

 さて、賄賂社会の資料なんか、例え政府の資料であってもどこまで信用していいかわからない。

 

 

 選挙の無い独裁体制であれば、体制は強いかもしれない。任期が無期限であれば後継者に権力が分散する権力争いも当面は無いだろう。

 

 

 ただし、政府の意向に沿わなかったり、目標を達成できなければ、その社会によっては粛清されるなり命が危なくなることは言うまでもない。

 

 

 そうなると本人だけではなく、その家族にも塁が及ぶことだろう。

 結果、それを死んでも避けたい責任者が事実を隠蔽、改ざんする。
 

 

都合の悪い人物を殺害するなどの事件が起こるわけだ。

 

 

 当然、バレないようにするだろう。

 

 

 

 隠ぺい体質の社会が如何に恐ろしいか。
ちょっと想像力を働かせればわかりそうなものなんだが。

 

 

 年配の方ほどアメリカの陰謀を信じている人が多い気がする。

 

 

 本当にアメリカが日本を見下しているのであれば、日本が持つ米国債に、まともに金利なんか払わないだろう。

 

 

 唯一、アメリカが予想外だったのは、日本が経済大国になったことではないだろうか。

 

 

 アメリカは日本国内に米軍基地を設け、朝鮮戦争勃発とともにGHQは自衛隊の前身である警察予備隊の組織を指示した。

 

 

 もし、日本が戦後から今に至るまで貧しいままであれば、ソ連、中国の東側体制と闘う第三勢力として、米軍の言うとおりに動くただの兵力の駒として使われていただけかもしれない。

 

 

 それが、米軍基地の代償として要求する対価になったはずである。

 

 

 アメリカは確かに利益にどん欲だが、ことビジネスに関してはフェアネスを貫いていることを忘れてはならない。

 

 

 沖縄から米軍基地を追い出す?
尖閣諸島に対する中国の動きもあるのに?

 

誰が一番得するか考えたことはあるか。

 

もし、陰謀があるとすれば、日本にとって危険なのはだーれだ。

 

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この作品は2024年3月19日にnote.comで掲載したものです。

 

 

見ず知らずの他人にまで上下関係を意識する感覚は、儒教の思想に近い国ほどその傾向が強いのではないだろうか。

 

 

 それは、結局は"プライド"という形で年月を重ねるごとに析出が進み、やがて誰も手を付けられない禍々まがまがしいものとなる。

 

 

 「人の心を傷つける」というが、実際のところ、プライドが傷つくことをそう言いかえているだけに過ぎない。

 

 

 少子化が続き、かつ地政学リスクも年々高まる日本では、すでに多民族国家への道を歩み出しており、遅かれ早かれそんな妙なプライドの戦いには終止符が打たれることだろう。

 

 

 年上だから、先輩だからというプライドだけに頼った権威主義は、政治の世界でも芸能の世界でも、それが大きな大きな根となって今、大きな問題になっていることに気づいている人間がどれほどいるだろうか。

 

 

 自由社会とは言え、誤った慣習や常識に従わなければならず、かつそんな大物が口を開けば、それが誤っていると分かっていてもそれに従わなければならない。

さもなくば仕事から干され、生きていくことが出来なくなるからだ。

 

 
 恩があって頭が上がらないというのであれば尽くせばいい。

でなければ、ただのNOと言えない日本人の集団である。

 

 

いずれにしても駆逐される流れにあり、早々に悔い改めることを勧告する。

 

 

さて、AI画像の出力を試しているが、私の出す末端指定はシンプルだ。
"Theme is freedom"

 

 

するとどうなったか。

似たようなカメラ目線や似たようなポーズを決める退屈な構図からこう変わった。

 

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解像度は原寸
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解像度は原寸
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解像度は原寸
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解像度は原寸

 

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解像度は原寸

 

 

 

もう、つまらないプライドにこだわるのは辞めにしないか?

 

 

この作品は2024年3月18日にnote.comで掲載したものです。

 

目を覚ますと鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

シャワーを浴びて、新しいパジャマにも着替え、少し湿っていたマットレスや毛布も、サーキュレーターの温風で心地よく仕上がっていた。

 

そのおかげか、どうやらしっかり眠れたらしい。
 

時計は6時近くを示している。

 

これが、朝なのか夕方なのかまだ判断がつかないところが、ここ数日ベッドとお友達になっていた状態ならではの結果だろう。

 

リビングのカーテンをシャッと開けてみる。
 

外を散歩している人がちらほらいるくらい。

 

太陽からの光が弱弱しく、あらゆるものの右側に影があるということは、これは早朝だと気づいた。

 

3日間は寝込んだなあとため息をつきながら、水を汲んで一口。

 

ただの風邪なのか、流行り病なのかはわからないが、食欲にあまり影響もなかったし、このくらいで済んだのならただの風邪のようだ。

 

ただもう少しくらいは気をつけて、しばらくはまだ外に出ないでおこう。

 

 

井上さんから心配するチャットが3件ほど続いているので、気づかずにぐっすり寝ていたことと、熱は下がったようだと伝えておく。

 

とりあえず、保存しておいた固形食がまだあるので口にする。

 

よく考えたら、井上さんにも伝染らない保証などどこにもないので、安易に来てもらわなくてよかったと思ったものの、それはそれで心細くはある。

 

夢の内容が内容だっただけに、場合によっては自分もそのままどうにかなっていたかもしれないからだ。

 

まあ、それはそれで仕方がないと思えるのがわたしの性格なのだが。

 

 

人は必ずいつか死ぬ。

わたしだってそう。

 

古代の文明でどうだったかは知らないが、今の文明では少なくとも人間の寿命は100歳前後が限界らしい。

 

厄介なのは身体がどんどん衰えていくことだ。

 

毎日肌の小じわを気にすれば、おそらくはキリが無いだろう。気にするのが悪いわけではないが、気にするだけならストレスが増すだけだ。

 

美容化粧品で対応はできるが、一番良いのは余計なストレスを感じないようにすることが効果があることは解っている。

 

そしてあとはよく眠るしかない。
 

ただ、全くストレスを与えなかった場合は"たるむ"だけらしい。

 

 

ほとんどが自動化されたこの現代でもサービス業は存在するし、"外連味けれんみ"という"味"はどうしても機械では出せない。

 

機械で生み出されただけのものだけの世界に納得しなかったのは、他でもない人間だったからだ。

 

例えば、絵画やアニメなどの芸術の分野やサービスなどがある。それらに対価として支払うものはどうしても多くなりがちだがそれでいいはずだ。

 

機械音声の楽曲もあるが、なんだかんだ言って結局は人間がミックスして仕上げているし、なんでもかんでも機械化すればいいというわけではない。

 

とは言え、もう全部機械化してしまってもいい世界だってあるから、結局はバランスであり、ちょうどいいところを探ることになる。

 

そうやってこの国は、具体的には、われわれ人間と機械はちょうどいいところをこれからも探り続けることだろう。

 

 

「価値観は人それぞれ」なんていう極端に都合のいい考え方の時代もあったようだが、俯瞰ふかんしてよく考えると、それは互いに干渉せず全体として何も決められない事を意味することに気づいた。

 

結果として、怠惰と同義だったのだ。

 

 

互いの価値観や尊重をただただ念仏のように謳うだけでは不十分。

 

そもそも、そうしたことを主張する人間に限って、それが致命的に欠けているのは往々にしてよくあることだ。

 

かつての共産主義国家の成れの果てがそうだったように。

 

 

毎日勤務するという概念が取り払われた現代において、それを成しえたのがベーシックインカムという制度だった。

 

大体一人当たり毎月10万円もらえると思っていい。

以前にも話した気がするが、夫婦と子供が3人いると月に50万円入る。

 

ただ、医療や教育は高度なものを望めば望むほど自費が必要になるために、贅沢ができるわけではない。

 

家族や子供のためにと家を買ったとしても、子供が巣立ち、例えば海外へ移住するとなると最大で20数年で用済みになる。

 

子供が巣立てば、夫婦か自分たちに支給される分で生活するしかない。

 

もし、海外旅行に行きたければ働いて資金調達する方が良いだろう

むしろ、そんな望みはなくても、人と積極的に関わっていたいと言う人だっているから、社会がマヒすることはない。

 

海外から日本版グリーンカードを求めて、働きに来る人だっている。

 

それが実現できたのは、法が国を支配しているからだ。

法に気分や機嫌など無い。

 

主旨に照らし合わせて個別の事情を汲むことはあっても、一般的に法はその平等性を担保している。

 

法の秩序を乱したものが、一時的か永久に取り除かれるのは当然のことだが、それは何も国内だけの話ではない。

 

ひとつの地球に、距離は離れていれど共存せざるを得ない以上は、その叡智えいちから逃れられないことをいつ気づけるかによるだろう

 

残念ながらその生涯で、気づけない者もいるかもしれない。

 

その場合はもっと厳しい環境で、また誰かの人生をやり直す羽目になるかもしれない。

 

なんて難しいことを考えているうちに、8時を回ってしまった。

 

さすがに固形食ばかりでは飽きてきたし、体にも良くは無いかもしれないから買い物に行きたいが、何かあったら後で怒られるだろうな。

 

まだ何かほかに無かったかなと、ごそごそと探すことにしたが、ガラス越しに差し込む光が心地よく、まあ後でいいやと。

 

猫が居心地のいい場所を見つけたかのようにごろんと横になるのだった。

 

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この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月28日にnote.comに掲載したものです。

 

そうだ。

人は亡くなるとこんな風に目の前にただ横たわる。
 

まさに血の気は無い。

ただ、どうやってこうなったかによって様々だ。

 

私の娘は違った。


18歳じゅうはちで産んだあの先輩によく似た、よく似ていったあの

連絡を受けて真っ先にタクシーで駆け付けたのは母だった。


娘にとっては祖母だ。

私はというと、交番にお世話になってからというもの、夜には出かけ朝には娘とともに住んでいるはずの自宅へと帰り寝るだけの日々。

 

娘とはいつの間にか向き合えなくなってしまった。

 

私の感情で、あの人に似ていく娘を直視できなくなった。

でも、私の分身である娘だからという気持ちも無くはなかった。

 

いつしか娘を避けるという意識的だった私の行動は、嵌まらないはずのピースを探し求めて回るという無意識的な行動に成れ果てていた。

 

それは、娘と向き合う事ができない事を、どうしようもない事と思い込みたくて仕方が無かったのかもしれない。

 

 

明日話せばいい、明日できなければ明後日、そのまた次。
今のままではいけないと思えば思うほど、現実から逃げ続ける。

 

その結果どうなったか。

 

母に泣きながら力ずくで連れてこられた警察署には、娘かどうかはわからないほどに変わり果てた遺体が横たわっていた。

背丈から大人ではない、子供だという事は十分にわかる。

 

この子が本当に私の娘なのか。

あの人との間に産まれてしまったあの子なのか。

 

私はなんてひどい母親なんだろうか。

 

ただただ、申し訳ない気持ちだけだった。

他の誰でもない、何の罪もない、この子に対してだ。

 

なぜ、もっと早く向き合わなかったのか。

私が考えてもできなかったことをこの子はこうしてやってしまった。
 

少なくとも私以上にこの子は苦しんでいた。

そういう事だ。

 

ただただ呆然とする私に、母はなぜ泣いてあげないのと責める。

この子はさぞ、私を恨んでいる事だろう。

 

泣けばゆるしてくれるのだろうか。

 

膝から崩れ落ち、まるで娘に許しを請うような姿になる。さらには私の身体を借りた娘がこの世への恨みを放つように泣き叫んでいた。

 

そのあまりの恐ろしさに母はおろか、周りでそっと見守っていた警察署の職員でさえ、たじろいだという。

後から聞いた話だった。

 

まだこんな姿になる必要のなかった娘の骨を拾う。

この子は誰もが経験するはずの青春ですら、経験することはもうない。

 

家に遺されていた娘のノートにはおよそ青春とはかけ離れた、子供の世界の恐ろしさを思い出させるものが書き綴られていた。

 

こんなにも字が書けるようになっていたのかと驚き半分、その文字はどこか悲しそうで、憎しみを帯びていて、受け止めてあげられるのはもはや名ばかりの母親の私しかいなくて、ごめんねとひたすら続けて読む。

 

ノートは証拠として警察の預かるところとなり、イジメに関わっていた生徒はことごとく逮捕されていく。

 

もう、生徒指導室や学校内で始末される時代ではない。

ごめんなさいでは済まされない。

 

母親としてどうだったのかを刑事さんに話し、私も罰を受けたかったがそうはならなかった。

いっそ、収監してもらった方がせめて、せめて娘への償いになるという思いすらかなわない。

 

どうやらいよいよ身の置き所が無くなってしまったらしい。
ごめんねと繰り返す毎日。

 

あの世界には父もいる。

 

娘にも、父にも顔向けできない。

 

母も、父と孫である娘のところに逝ってしまった。

母にも顔向けできない。

 

みんななぜ、私を遺して逝ってしまうのか。

 

私はどうやら呪われているらしい。

私も同じ世界へいったところでとても顔向けできない。

 

手も握ってあげられなかったわが子だったが、丁寧に教えてくれる火葬場の職員さんに促されながら、変わり果てた娘の一部を丁寧に拾い上げていく。

 

そうしていくうちに、はじめて成長した娘と向き合えた気がした。

 

こんなにも今更で酷い母親も世界に二人と居やしないさ。

 

娘が入った壺を胸に抱いて帰途につく。

まだ温かい。

 

ごめんね

ほんとうにごめんね

 

ごめんね

 

私はこの命が尽きるまで、そう娘に言い続けようと心に決めたのだった。

 

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この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

この作品は2024年2月24日にnote.comに掲載し、修正を施したものです。

 

最近めちゃくちゃ頂くから、残数足りなくて返せないんだわ😭

 

 

星1個でも喜んでいただけるならそうするけど、

さすがにしょぼ感でちゃうのは嫌だなあと思うので

返せなかった方はごめんなさい!

 

お気持ちはいただいておきます!!!!!

 

小説か何かわからない

”あり得ない日常"をよろしくおねがいします!

 

 

こっそり→あと電子本出すかも

出るなら本独自ストーリー加筆するからよろしくお願いします!

 

🔽前回

 

 

 

読んでくださっているあなたへ愛をこめて、届けー!笑