「私の代わりをありがとう。」

 

 

 いえ、そんな代わりだなんて。

 

 

「寒くなるとよく燻製肉でシチューを作るのがうちの定番だったから、子供たちもすごく喜んでたんじゃないかな。」

 

 

 へえ、そうだったんですね。
咲那さん料理上手だから、わたしじゃ務まらないですよ。

 

 

「そんなことないって。
あの人も嬉しそうだったじゃない。」

 

 

 ええ?それならいいですけど。

 

 

「あはは、もう大丈夫そうだね。」

 

 

 そんな、まだまだ一緒に居てもらわないと――

 

 

 

 スーパーにたまたまあったチキンの燻製肉でシチューを作ったらとても美味しかった。

 

 

 あれから社長が帰宅すると子供たちがわあっと駆け寄り、現場を自身で回るようになって疲れているはずなのに、そんなことを感じさせないところがさすがだ。

 

 

「扉から香りがしてたからまさかと思ったけど、嬉しいね。
ありがとう。」

 

 

 そんなに喜んでもらえるとは思っていなかったから、良かった。

 

 

 まさか社長の好物だったとは。

 

 

 

 人とは不思議なもので、たった一回の印象的な出来事を意識せずとも繰り返し振り返ってしまう。

 

 

 お肉も世界的な食糧事情から生肉はすっかり贅沢なものになり、とにかく高品質のまま日持ちする食品をいかに生産するかに注力する社会になったから、今では一般的な家庭料理だと思うが喜ばれると嬉しい。

 

 

 しかし、本来咲那さんがいるべき場所にわたししかいないんじゃ、なんだか肩身が狭くて仕方がないですよ。

 

 

 そう語りかけたところで、発した言葉は虚しく壁や天井に響き、自分の寝言だったと認識したのは、それで目が覚めたからだった。

 

 

 いまだ一人暮らしの自室の天井が目にはいる。

 

 

 薄暗くも鳥のさえずりが聞こえるからおそらくは朝。

 

 

 いつだったか、同じような目の覚め方をしたような気がするが、今回は嬉しい夢をみて心が満たされている気がする。

 

 

 隣におじいさんと住んでいた由美さんは、藤沢さんと同棲するようになって引っ越していった。

 

 

 時と共に身の回りの環境がずいぶん変わったなと外の景色を遮るカーテンを動かすと、遠くに見える山々がすっかり白くなっている。

 

 

 最近の天気予報で何かと聞くようになったのは、空気中の水蒸気量が歴史的に高い水準に達しているらしい。

 

 

 そのため、日本海側や北日本では氷点下30度に達しているという。

 

 

 子供たちを思えば、学ぶにも他に手段が無いから学校に通うことが義務という時代から通信が発達した現代になって、手元の端末から知識に自由にアクセスできるから、命の危険を心配する必要は無い。

 

 

 ちょっと早いけど、今日の仕事に向かうか。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年1月1日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

 クリスマスという、海外宗教に由来するイベントは、かつて物が豊富にあった時代に比べ、今ではこの国でもその本来の趣旨を取り戻したかのように慎ましく行われているようだ。

 

 

 子供にとっては、夢のあるイベントであって、絵本でもよく読み聞かせが今でもされているから信徒であるかどうかは別にして、朝起きるとプレゼントが枕元に置かれているのを楽しみにする文化は残っている。

 

 

 農業だけではなく、工業や商業を支えた使いやすい低地、平野は海抜の低い場所から軒並み海に飲み込まれたこともあって、現代を生きる人間は世界的に物が不足する事態となっている。

 

 

 まるで川岸でバーベキューを楽しんでいたら、知らず知らずのうちに川の水がみるみる増えてきて、いつの間にかすっかりすべて流されてしまったかのように。

 

 

 20世紀後半から登場したようなあらゆる色とりどりのおもちゃやそれらの物は大半が姿を消し、まだ土地に余裕があって工場を持つ海外製の限られた数のおもちゃたちをWebを通じて入手できるかどうかだ。

 

 

 出生率も相変わらず少ない日本では需要が少ないこともあって、国内産の物があっても高価だし、生産力のある外国から取り寄せるにしても通貨の弱さからどちらにしろ高い代金を支払う必要がある。

 

 

 そのため、まだ幼いならともかく義務教育課程に入った子供には、Web上で遊べるゲームのギフトカードなんかをプレゼントする家庭が大半だ。

 

 

 なぜかは言うまでもない。

 

 

 タブレットなどのゲームを楽しめる端末を持っているなら、あとは電気代の問題だけであって、非常にコストパフォーマンスが良いからだ。

 

 

 その分、夢を犠牲にするが贅沢は言えない。

 

 

 

 そんなわけで、社長の子供たち二人には何をプレゼントしようかと悩んでいるが、あまり嵩張るものや目立つものを咲那さんを差し置いてプレゼントするのもどうかという悩みを毎年思い出すのだ。

 

 

 結局、プレゼントと言わずに形のあるものを避けて、社長の子供たちとおしゃべりをしながら、唐揚げを作ったり、まだ上手には出来ないけどホールケーキを一緒に作ったりして、お茶を濁している。

 

 

 今年は咲那さんの姿はない。

 

 

 数日前から意識を失っていて、静かに眠り続けている。

 

 

 何かあればすぐに病院から連絡が飛んでくるはずだから、気をつけてはいるが、そんな緊張感をまだ深く理解できない子供たちの無邪気さとの狭間ですっかり咲那さんの代役をこなせているようではある。

 

 

 ちなみに社長がそろそろ帰宅する時間だが、この寒さだ。

 

 

 シチューが良いだろう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年12月29日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 社長の奥さんである咲那さなさんは、社長が一人で今の商売を始める少し前に、友人の紹介で出会ってから連れ添ってきた。

 

 

 娘さんも欲しかったらしいが、男の子二人に恵まれて今では中等、初等の教育を受けるまでに成長している。

 

 

 あの社内の事件がきっかけで初めて出会ってから数年経つが、子供の成長は実に解りやすく時間の重みを思い知らせてくれる存在だと思う。

 

 

 まだ出会った時の小さいままなら、実の母親が病気で亡くなり、父親の会社の若い女が新しいママになるよと言ったところで、わかった!と無邪気に答えてくれるだけで済むかもしれない。

 

 

 咲那さんには出来るだけその命を永らえていてもらいたい。

 

 

 でなければ、さすがに今のわたしではその複雑な問題に向き合えるだけのプレッシャーを乗り越えるだけの胆力を持ち合わせていない。

 

 

 こう自問自答しながらも、刻一刻とその時はやってくる。

 

 

 そもそも社長本人からそんな話をされたことなんて一度もないし、咲那さんの勘違いということも十分ありうるわけだ。

 

 

 

 いずれにしてもこうなると、やっぱり社長を意識してしまう。

 

 

 困ったぞ。

 

 

 

 自室で目が覚めると、自分の今置かれている状況にどう立ち振る舞ったらいいのか嫌でも頭の中をよぎる。

 

 

 そのたびに布団に丸まって悶えるしかなかった。

 

 

 あ、でもそろそろ買い出しをしておかないとあの子たちの食べるものが無くなってしまう。

 

 

 今日は何を作ろうか。

 

 

 病室で咲那さんとあの話をして以来、社長の自宅で朝を待つのを意識して避けるようになってしまった。

 

 

「お姉ちゃん今日は帰るの?」

 

 

 うん、ちょっと家でやることが最近多いからね。なんてやりとりを最近しょっちゅうやっているから、そろそろパターンが尽きてきたし、でも行かないわけにもいかない。

 

 

 あの子たちの生活は今、わたしにかかっているのだから。

 

 

 お金に困っているわけではない。社長の稼ぎもあれば、あの子たちそれぞれに振り込まれるベーシックインカムだってある。

 

 

 その気になれば子供たちだけで生活することだってできる。

 

 

 しかし、しかし、わたしは咲那さんから託されている。

 

 

 わたしを必要としてくれる人がいるのだから。

 

 

 

 そんなよくわからん葛藤をひとしきりした後、いつものスーツ姿に着替えて家を出るのだ。

 

 

 何か安いものがあるかな。
スーパーに寄っていくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年12月21日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

 今日は社長の奥さん、咲那さなさんの病室にいる。

 

 

 この辺りでも一番の高台に病院はあって、世界的な人類の衰退の中でも日本の首都に構える病院とあって、かなり大きい。

 

 

 月3万円を余計に支払うことで、日中は日当たりもよく、見晴らしのいい個室で穏やかに過ごすことが出来る。

 

 

 ベッドのわきにある小さなアンティーク調の椅子は、調子がいい時は咲那さんが座り、処置をするために看護師が使うこともあれば、もちろんお見舞いに来た人物が穏やかに会話をする助けにもなる。

 

 

 いよいよ人の助けを借りることが多くなってきたこともあって、出来れば自宅でという想いもあるが迷惑はかけたくないという本人の葛藤の末に、病院のベッドに身体を預けることになった。

 

 

 子供たちも、もちろん夫である社長も自宅に母親で妻でもある咲那さんの姿が無いのはさぞ寂しいだろう。

 

 

 人間というのはままならないものだ。

 

 

 そうは言っても、今こうなるまではやりたいことをやれて来たのだから、そのことは忘れてはならないし、不満を言うべきでもない。

 

 

 遅かれ早かれ、どんな形であれ、誰にでも訪れる時間だ。

 

 

 

 社長が新事業立ち上げるといった判断をしたのも、それらを会社にして信頼できる人間に任せるという判断をしたのも、出来るだけ今、限りなく自分の時間を作り出す狙いがあった。

 

 

 もちろん、その理由はただひとつ。いつまでこの世にとどまれるかわからない妻の咲那さんのためだ。

 

 

 もし、このことが無ければ生涯、ワンマンを通したかもしれない。

 

 

 人間一人だけではないと本気で気づかせてくれたのは、結局妻の咲那さんだったと、後に社長は語った。

 

 

 

 咲那さんがわたしの手を握って言う。

 

 

「あの人と子供たちをお願いできる?」

 

 

 どれだけの痛みなのか想像もできないが、これだけは言わせてと咲那さんの覚悟が伝わってくる。

 

 

 社長と咲那さんの家族の物語、それがパラパラ漫画に描かれていたとして、わたしはその途中で割り込んだいたずら書きのような存在のつもりだったのに、まさかそんな。

 

 

 咲那さんとの別れはいつかやってくるとわかっていた。

 

 

 だけど、それはあくまで友達の枠を超えて、さらには姉妹のような感覚でいたからこそ、その時が訪れる直前の貴重な時間にも関わらず、ベッド脇の小さな椅子に座っている、それだけのはずだったのに。

 

 

「気づかなかった?あの人はあなたが好きよ。」

 

 

 この様々な感情が含まれる言葉にどう反応したらいいかわからない。

 

 

 

 "コンコン"

 

 

 

「やあ、すっかり遅くなっちゃった。
具合はどうだい?」

 

 

 社長がひととおりやることを済ませてきて、咲那さんに会いに来た。

 

 

 わたしはすっと立ち上がって咲那さんに目配せをすると「また聞かせてね」そうぽつりとつぶやいた。

 

 

「ありがとう。」

 

 

 社長はわたしにそうお礼を言う。

 

 

 どんな顔をしていたらいいのかわからないのもあって、少し藤沢さんのところを見て来ますと言うと、「ああ、そうだね。頼んだよ。」と社長が承諾してくれた。

 

 

 扉を開けると、ちょうど看護師さんが同じく扉を開けようとしていたところだったようで、あっと会釈をする。

 

 

 本当は由美さんのところを、と言って咲那さんに言われたことをそのまま相談したい気持ちでいっぱいだったが、こればっかりはすべて含めて自分の心と向き合うべきだと思い直す。

 

 

 また、由美さんに相談したところでそう言われるだけだろう。

 

 

 そういった"お願い"をできるのもそれを"許せる"のも世界でたった一人、社長の奥さまである咲那さんだけだからだ。

 

 

 

 わたしは幸せだ。

 

 

 そう言える心の広さと囚われない考えを持った人たちと、こうして関わることが出来ているのだから。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年12月15日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

「昔は人を雇うのも雇い続けるのも神経を使ってたなあ。」

 

 

「やっぱりそうでしたか。」

 

 

 タクシーの助手席に座る藤沢さんが社長にそう返す。

 

 

 あれから、由美さんと藤沢さんでひとつの会社を社長の下で設けるということで話が進んだのだ。

 

 

 由美さんがひたすら進めてきた記事やら写真やら、また多数の読者からのリアクションを含めたデータ資産を会社が引き受ける代わりに社長が出資するという形で進めることになった。

 

 

 設備の管理は引き続き親会社がしばらく管理をするが、中身のサービスについては由美さんの個人から団体まで広く使われやすいものを中心に入り口を整えて、藤沢さんがその構築を手伝いつつ利用者の拡大を社長としてやっていく手はずだ。

 

 

 そのうち、設備自体も業務委託という形で任せるという。

 

 

 藤沢さんの仕事と由美さんの仕事をそれぞれまた会社にしてしまえば、より管理がしやすくなるだろう。

 

 

 皆それぞれがただの従業員の立場から経営者へと変化していくわけだ。

 

 

 

「やっぱり、最低給付保障制度ベーシックインカムが大きかったんでしょうね。」

 

 

「大きいというより革命だったよね。社員も年金や健康保険料を出していたけど、会社だって同じ額出さなきゃならなかったからね。手続きだって入りも出も大変だったよ。今思えば、よくやってたと思うよね。」

 

 

「今は違うんですか?」

 

 

「戸籍も行政が電子管理してるから24時間対応できるし、戸籍があるならベーシックインカムがあるから辞めてもらうのも簡単になったからね。」

 

 

「電子管理といえば、うちのシステムのお客さんでもありますね。」

 

 

「そう。ありがたいよね。」

 

 

 

 21世紀初頭のいわゆる"大きな政府"から、コストパフォーマンス重視の"小さな政府"に大きく動いた。

 

 

 度重なる大きな災害や、気候変動による低地の消失から、住む場所どころか食べ物すらも窮する事態になり、当然それは日本だけの話では済まず、各々の国で何とかしなければならない中、利権だなんだと言っている場合ではなくなったからである。

 

 

 人口減少に悩んでいた日本にとってはむしろ都合がよく、明治時代と同じくらいの人口、つまり最盛期の5分の1程度にまで減ってしまった今の日本にとっては、抱えていた高い教育や技術水準が幸いして早々に問題を解決するに至った。

 

 

 最低給付保障制度ベーシックインカムを導入するにあたっては、日本人ではない人間に給付をするのはおかしいという至極もっともな前提に基づいて身分証明書と戸籍の管理を徹底せざるを得ない。

 

 

 移行期間においては、健康診断の際に行う血液検査からDNA鑑定を行うなどの厳しい調査が秘密裏に行われるほどだった。

 

 

 その結果、日本人のフリをした様々な人たちは、本来いるべきくにに帰るか、移民に寛容な国の国籍を取得してから再入国するか選択を迫られていて、今もなお裁判で争っているという。

 

 

 滞在費用は自費で賄う必要があるため、負担できなくなった者から去っているが、労働目的での滞在は税金を納めれば認められるので、おとなしく従う者が多数派であるのが現状だ。

 

 

 世界的に見ても、ようやく普通になったのだろう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年12月9日にnote.comに掲載したものです。