またあれから軽く寝てしまっていた。

 

 

 寒い季節のローカル線、それも年季の入った電車の暖房は座面まで熱いと感じるくらいに少し強めだが、外気ですっかり冷え切った身体を委ねるに適したものの上位に入るだろう。

 

 

「そろそろ降りますよ。」

 

 

 この言葉で自分が、今いる場所を実感させてくれた。

 

 

 ひとりだったらまたどこまで行ってしまっていたことやら。

 

 

 

 夢と同じ車両で、同じ路線の上だったからか、またあの男女の夢を見ていたようだ。

 

 

 由美さんの名前の由来はおじいさんがつけたもので、そういう想いがあってのことだったとは。

 

 

 由美さんとは別に、また男の子が生まれていたら、どんな人だったのだろうと想像してしまいそうになるところで、生憎目的地に着いたらしい。

 

 

 さあ、と促されて向かうのは自宅ではなく、クリニックへ。

 

 

 自ら向かうのは月1回のペースで、色々と先生に話を聞いてもらうのだが、前回はどうだったかな。

 

 

 

 一応、予約を取ってくれているらしいが、待合室に数人診察を待っている人がいる。

 

 

「少し混んでいるようですね。
何か飲んで待っていましょうか。」

 

 

 ありがたくもそう気遣ってもらえるので、お茶を所望する。

 

 

 紙コップだが、コーヒーと紅茶、それにお茶を待合室では頂けるようになっているので、少し長めの待ち時間にはありがたい。

 

 

 

「あの行先の電車によく乗りますよね。他の行先もあるのですが、おかげで助かります。金額もそんなに高くありませんしね。」

 

 

 そうか、定期券を持っていないんだった。

 

 

「何か思い入れがあるんですか?」

 

 

 そう尋ねられるが、いつも職場に向かう電車だと答える。

 

 

「そうでしたか。電車の車両に何か思い入れでもあってずっと乗ってるのかなとばかり思っていましたよ。」

 

 

 たしかに、もう何十年も使われている車両だ。

 

 

 勝手も変わらないので、無意識に使い続けていたが。

 

 

「もう新しい車両を生産する力はありませんからね。外国にはまだその設備が残っているところもあると聞いていますが。」

 

 

 なるほど、よく考えれば昔はずいぶん山奥だと感じていた場所が、今では通勤圏内にある。

 

 

「だから、もう残されたものをひたすら整備して使い続けるしかないんだよって、いつもの駅員さんが話してましたよ。」

 

 

 自動車にも車検というものがあったが、今ではそうした事情もあって使える物をしっかり使っていくというスタイルになっているから、ああしたとんでもなく古いものが大事に今でも使われている。

 

 

 

 さてそんな話をしていると、どうやら順番が回ってきたらしい。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年2月8日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

「いやあ、うっかり寝過ごしちゃうところだったね。」

 

 

 一日中歩き回っちゃったから、つい寝ちゃった。

 

 

「日陰はさすがに寒かったけど、良い景色だったなあ。」

 

 

 もう少し行ったら温泉があるみたいじゃない。
次はそこまで行ってみたいな。

 

 

「いいね、でも大丈夫?」

 

 

 どうして?

 

 

「ううんと、身体の傷とか気にしてたじゃないか。」

 

 

 一人だとね。
色々思い出しちゃうけどあなたが居てくれるんでしょ?

 

 

「じゃあ、いつか家族風呂とか貸し切っちゃおうか。」

 

 

 それならいっそ、一泊したいなあ。

 

 

「あはは、君がいいなら。」

 

 

 でも、そんなに都合よくお休みとれるの?
あなたの担当って特殊じゃない。

 

 

「そうだねえ。なかなか進んでやりたいって後輩はいないからなあ。」

 

 

 わたしはあなたのおかげで今の仕事をさせてもらってるから、あなたの話をするとマネージャーも快く合わせてくれるから感謝してる。

 

 

「そうか、ならよかった。
でも直接何かしてるわけじゃ無いし、お互いよく顔を知ってるっていうだけだよ?」

 

 

 それでもよ。
じゃないと、今の私なんて昔の私からしたら想像もつかないもの。

 

 

 

 空が朱く染まる中、そうお互いにお互いでしか出来ない話をしていると、手を繋ぐ5歳くらいの男の子とそのお母さんらしき親子を見かけて、しばし沈黙の時間が続く。

 

 

 私、男の子が欲しかったんだ。

 

 

 

「そうなんだ。」

 

 

 選びに選んだ彼の答えはこの一言しか出なかったのだろう。

 

 

 まだ子供だったとはいえ、突然親になってしまった上に、もうその娘はとっくにいなくなってしまったのを知っているから。

 

 

 気を遣わせてしまった。

 

 

 

 あの子には申し訳ないけど、今はこの人のおかげでなんだか人間の心をかけらながらも取り戻せたような気がしている。

 

 

 優しい命の恩人である、彼の子供をなんとかつくってあげられないかと思うのは傲慢だろうか。

 

 

 そんな事情だからと、あの子は許してくれないだろうか。

 

 

 

 この沈黙の時間をなんとかすべく出た言葉。

 

 

 ね、もし子供が出来たらどんな名前にしたいか聞いていい?

 

 

「ええ?考えたこともなかったなあ。」

 

 

 警察の仕事一筋で生きてきた彼は、浮いた話題が苦手なのは知っている。

 

 

 高校時代、周りの友達と合わせないと居場所がなかったからコンビニでバイトをして、そのお金でマックに行ったり、カラオケ行ったりしていた自分とは真反対に、真面目に生きてきた彼だろうから。

 

 

 ひと回り近く年上だけあって、なかなか話題が合わない事も多いが、だからといって命の恩人であることに変わりなど無いし、恩を返したい。

 

 

 

「男なら"しんじ"、女の子なら"ゆみ"かな。」

 

 

 私は真実、彼は裕二だからその文字をとって、らしい。

 

 

 "ゆみ"はどうして?

 

 

「弓道で弓ならまっすぐ的を、芯を貫きそうじゃないか。」

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年2月1日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

 レールのつなぎ目を乗り越える度にガタンゴトンとリズムを奏でる電車の音と、車窓から差し込む太陽の日差しにすっかり心地が良くなったわたしはいつの間にか少し眠ってしまったようだ。

 

 

 気が付けば見慣れた風景が目に飛び込んでくる。

 

 

 ようやく帰ることが出来そうだ。

 

 

 

「お目覚めですか?」

 

 

 ふいに声を掛けられてついびくっとしてしまった。

 

 

「今日はどこまでお出かけに?」

 

 

 そう尋ねられて、自分がついうっかり山越えをしてしまうところだったとその過程を順を追って話した。

 

 

 自分の事をこうもいろいろと話すのは楽しい。

 

 

 

 話している間、その人はわたしの話を遮ることもなく、にこにことうなずきながら静かに聴いてくれる。

 

 

 なんていい人なんだろう。

 

 

 

「山の向こうは今日は特に天候が酷かったみたいですから幸いでしたね。」

 

 

 どうしてです?

 

 

「なに、その恰好では寒くて仕方がありません。場合によっては命に関わったかもしれません。」

 

 

 うわあ、そうでしたか。
それなら本当に向こうまで行けなくてよかった。

 

 

 

「社長も待ってますから、このまま帰りましょうね。」

 

 

 心配かけちゃったみたいですね。

 

 

「そうですよ。」

 

 

 困ったように苦笑いするその人を見て、なんだか申し訳ない。

 

 

 

 そう言えば、仕事は大丈夫ですか?

 

 

「仕事ですか?」

 

 

 ええ、これからわたし、家に一旦帰って向かおうと思っていたんです。

 

 

「どちらに?」

 

 

 藤沢さんの担当があるでしょ、そこに顔を出さないととさっき思って。

 

 

「ああ、藤沢社長なら問題ないから、早くこちらに向うようにと言っておられましたよ。」

 

 

 そうですか。それなら安心ですね。

 

 

「ええ、安心しました。」

 

 

 

 車内のアナウンスでひとつずつ降りる駅が近づくのがわかる。

 

 

 そろそろ手回りを確認しつつ、降りる準備をしないと。

 

 

 

「ああ、ここで降りてもいいですけど、タクシーに乗らないといけなくなるからもう少し乗っていきましょう。」

 

 

 タクシーにわざわざ乗り換えるなら、このまま乗っていた方がいい。

 

 

 そうですかと返事をすると、にこやかにうなずいてくれた。

 

 

「もう少し眠っていても大丈夫ですよ。私が見ておきますから。」

 

 

 それは助かります。
朝が早かったからちょうど居心地も良くて。

 

 

 いつも、お尻に根が生えた頃に降りなくちゃいけなくなるんですよね。

 

 

 あはは、そんなもんですよねと二人して笑う。

 

 

 

 お言葉に甘えて、もう少しこの車内でくつろいでいくことにしよう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年1月26日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

 慣れたものだ。

 

 

 暖房の効いた車内、少し熱めの風をふくらはぎで感じていると、時間が経つうちに外の寒さを忘れるくらいには居心地が良くなる。

 

 

 この朝早い時間だから、お客さんもまばらだから余計によい。

 

 

 昔だったら通勤だ通学だと、決まった時間に遅れないようにそれはもうたくさんの人たちがこの狭い空間で自分の居場所を確保するのに余念がなかったはずだ。

 

 

 果たして、居場所を確保するという広い意味においては、何も通勤電車の車内に限った話ではなかっただろう。

 

 

 家庭内の居場所に難儀したおとうさん方もさぞ多かったはず。

 

 

 今、冷静に考えれば、実におかしな話である。

 

 

 

 きっかけは様々だがひとつの例をとってみると、某西洋宗教の考え方をもろに取り入れることになった我が国は重婚を禁止されてからというもの、浮気はともかく不倫という"大罪"はまるで首を取られたかのよう、格好の非難の的となった。

 

 

 これは性別問わず絶対にあってはならないものであって、ではなぜそれがいけないのかを考え、真に追及する人間はいなくなってしまったのである。

 

 

 かつて、若気の至りでそんな「過ち」を犯してしまったおとうさん方は、何らかの形で配偶者の方に許されるまで償うことになるわけだ。

 

 

 さて、そんな哀れな世のおとうさま方がどのくらいこの車内に詰めていただろうかと妄想すると、若干のいたたまれなさを感じる。

 

 

 何せ、こんな街の中心地から離れた場所から通う人たちともなると、無理して買ったマイホームのローンをたんまりと抱え、別れるに別れられないと後の悲劇、熟年離婚への道を歩み続けている事に気づくはずもない。

 

 

 あるいは、もはや考えるのも嫌になっていて現実逃避を決め込んでいる方々もそれはそれは多かったことだろう。

 

 

 

 自分の身体も年齢と共に良くも悪くも一刻一刻と変化していくように、社会もよほどのことがない限り変化をする。

 

 

 今は当たり前のものが昔は無かったように。

 

 

 自分が今浸かっている水はぬるま湯なのか、心地のいいお湯なのか、気づいたら熱湯になるかもしれない、そうなったらそうなったで諦めるしかないと、つまりはもう生き抜く気力というものを失っているのかもしれない。

 

 

 

 まさに衰退である。

 

 

 

 信じていたのに裏切られた。

 

 

 当初はそんな大したことがないと思っていたのに、こんなことになるなんて思ってもみなかった。

 

 

 そんな声が国中で蔓延する中、ようやっとこの現代まで来たのだ。

 

 

 

 信じるものを間違えながら、間違えた人間は容赦なく淘汰されながら、しかしそんなことはお構いなしに今日も山間やまあいから朝日が昇る。

 

 

 

 慣れたものだ。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年1月18日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 早朝、日の出もまだだというタイミングに自分の寝言で目が覚めて、仕事に向かおうと電車に乗り込むが、降りる駅が見当たらない。

 

 

 おかしいな。

 

 

 大昔からあるまだ土木技術が未熟な時代につくられた川沿いの線路はそのまま乗り続けると山の向こうの知らない土地へと向かっていく。

 

 

 幸いなことに、あまりの雪深さと気温の低さも相まって運転見合わせとなり、街を少し離れただけでそれ以上向かうことなどできなかった。

 

 

 季節は違うが、しかしどこかで見た景色だ。

 

 

 それまで車窓をぼんやり眺めているとそのように感じる。

 

 

 

 旅行に出かけたのではない。

 

 

 少なくとも私の職場は山間にはないはず。

 

 

 

 なんだろうか、もっとこう――

 

 

 ビルが立ち並んでいて、大勢の人が気忙しく一方向に足早く歩きつつ、駅を出たかと思うとそれぞれの目的地に蜘蛛の子を散らすような光景というか、そういう世界だったような。

 

 

 ああ、いけないいけない。

 

 

 そっちは違った。

 

 

 だいたい、仕事ってなんだよ。

 

 

 ふふっとなんだかおかしくなって、肩にかけるバッグから端末を取り出すと音楽を聴くことにした。

 

 

 昔なら有線のイヤホンを繋げているところだが、今は違うじゃないか。

 

 

 その日の終点で電車を降り、来た道を引き返す。

 

 

 内陸に向かえば向かうほど気温が下がるから、雪がより存在感を増していて明らかに普段とかけ離れたあり得ない状況で正気に戻ることが出来た。

 

 

 

 まるで逆方向に思い切り来てしまったから、これから自分の持ち場へ向かうのはまた時間がかかりそうだ。

 

 

 接客の仕事だったらばすみませんと、昔の時代のように遅刻するから、もしくは休みますと一報入れるところだが、幸いそうする必要は無い。

 

 

 しまったどうしようと、しばらく心臓がバクバクしていたが、冷静に考えるとその必要がおおむね無い状況と時代であることを思い出して、ちょっときまぐれで遠出してみた帰りといった感覚に移行した。

 

 

 

 端末の画面を見ると、管理すべき機器は正常に動作しているようで、監視カメラをモニタしても問題は無いようだから、わざわざ現場に向かう必要もなさそうではある。

 

 

 しかし、藤沢さんたちのところへは向かった方がいいだろうか。

 

 

 

 とはいえ、まだあのレンタルオフィスにいる時間では無さそうだから、一旦自分の部屋に帰ることにしよう。

 

 

 

 たまには意味の無いことをやるのもいい。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2025年1月12日にnote.comに掲載したものです。