遺書かあ。こうやってさらってると、"見て欲しいけどそうじゃない"みたいなものがいっぱい出て来るね。

 

 

 しばらく使われなくなった領域を直接確認するのも大事な仕事だ。

 

 

 人工知能があるとはいえ、所詮はまだ人の手で直接産み出し稼働させ続けているものの延長に過ぎないから、感情の分野にまで踏み込めてはいない。

 

 

 すなわち、何か事件性のあるものや不自然なものが存在していないかは見つけ次第簡単にチェックしなければならないようになっている。

 

 

 簡単に言うと、うっかり何かの証拠を消してしまわないようにしている。

 

 

 

 とはいえ、警察や検察の捜査や、果ては裁判所の差し押さえがあったものなんかは、通信元や経路の符号を便りにごっそりと抜かれているから、わたしたちみたいな素人がうっかり消したところでさして問題は無い。

 

 

「電話から始まった通信技術の先に、ブログからマーケットプレイスまで個人単位で幅広くカバーできる空間が出現するなんて、昔のおそらくほとんどの人は予想していなかっただろうねえ。」

 

 

 

 なぜ、こんな記憶領域を扱う産業がひっそりと、しかし重要なインフラとして鎮座しているかといえば、おじいさんが携わっていた"安楽死"制度の裏、人々の裏の感情をインターネットという開かれていて閉じてもいる空間がたっぷり吸収しているからである。

 

 

 昼間の顔とそれ以外の時間の顔が違う人がいるように、表向きのアカウントと裏向きのアカウントといった具合に、まるで人が違う、およそ同一人物とは思えない酷くかけ離れたものを対で観察ができる。

 

 

 これが通信インフラとしての記憶領域を支える裏方の仕事の特徴だろう。

 

 

 

 街を散歩していても

 

 

 電車に乗っていても

 

 

 公園から聞こえる子供たちの声を聴いていても

 

 

 皆、人間は裏の顔を持っていると思わない時間など無い。

 

 

 

 書かれていることは本当に正しいのか、間違っているのか。

 

 

 真実を周囲に信用してもらえない、巧妙に作られたシナリオが事実として広まってしまったと嘆くものもあった。

 

 

 逃げ場所を失ったであろうその人物は、ひたすら世の中を恨むと最期まで自身のブログを埋め尽くしてどこかへ消えてしまったらしい。

 

 

 

 そんなものを見るのはもう慣れてしまったのか、右親指で端末の画面をスクロールすると、削除しますか?の問いに「はい」と応える。

 

 

 なぜかは簡単で、日付が10年を超えているからだ。

 

 

 

 何か個人の名前や状況が含まれているのであれば、もう少し保存しておく必要はあるかもしれない。

 

 

 しかし、人工知能が処理を保留したものの中でも、最も中身の無い感情がぶち込まれたものだから何の問題も無いだろう。

 

 

 

 そういう世界だ。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年12月1日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 

 知らなければゆるされるのかといえばそうでもない。

 

 

 何もしさえしなければ罪は無いと言いたくても、命を繋ぐために普段自分が口にしているものを考えると、果たして罪など無いと言えるのだろうか。

 

 

 あくまで、そういう生業をしている人物に罪が集中してあるわけであって、自分はたまたま商品として売られているものを口にしているだけだ。

 

 

 そこで思考を停止してしまえば、なるほど確かに自分に罪は無いと思い込むことはできる。

 

 

 だがその先がある以上は、残念ながらそうではないということだろう。

 

 

 いやいやしかし、心配しなくていいはず。
なぜならユニークなものではない、皆等しく背負うものだからだ。

 

 

 生きていくためには仕方がなく、人間に限らず生き物として自然な弱肉強食の世界に生きる者の宿命のはず。

 

 

 ならば、そもそも罪として捉えるのはどうなのだろう。

 

 

 あまりにも卑屈が過ぎやしないか。

 

 

 そうだ、そうに違いない。

 

 

 

 じゃあ、何も知識が無くても、特技など無くても、例え何もしなくても、なにも悪くなど無い。

 

 

 

 ただひたすら何もせず、いかに波風を立てることを忌み嫌い、この命が尽きるその時をひたすら待ち続けるほかない。

 

 

 自分は何も悪くない、いかなる罪もひたすら被ることが無いように、最小限の行動にとどめ、ひっそりと身を縮めて生きていくしかないわけだ。

 

 

 

 過去の数々の失敗や、周囲からの批判や陰口すらも、知らなかったが故の失敗であって、誰かが噛み砕いて5歳児でも理解できるように教えてくれなかったのが悪い。

 

 

 そう、自分は何があっても悪くない。

 

 

 悪いはずがない。

 

 

 まして罪などもってのほか。

 

 

 

 だから、動画サイトやSNSでやたら目立つ人間は極めて異端で、周囲に対して主張を述べている人間の気が知れない。

 

 

 いったい何を言っているんだ。

 

 

 まるで善人ヅラ下げて、自分だってまともな人間じゃないだろうに、よくそんな堂々ともっともらしいことを言う。

 

 

 偽善もいいところ、もはや人間のやる事じゃない。

 

 

 証拠?論理?クソ喰らえ。
おれが理解できないんだから、そんなものは意味が無い。

 

 

 あるわけがない。

 

 

 あってたまるか。

 

 

 

 なのになんであいつはおれが持っていないものを持っているんだ。

 

 

 こんなの不公平じゃないか。

 

 

 

 あんなふうになりたくない。

 

 

 あんな奴みたいにはなりたくない。

 

 

 

 

 ―― 由美さん?

 

 

「なんか遺書みたいなのが出てきた。」

 

 

 社会の闇だね。
遺書なら、もういいんじゃない?

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年11月23日に note.com に掲載したものです。

 

 

 

 子供たちの前では滅多に苦しさを見せない咲那さんだが、彼らが教務センターの学習室へ勉強をしに行っている間だけは解放される。

 

 

 とはいえ、他人の前でみっともない姿をさらしたくないという芯の強さもあって、わたしの前ではおろか旦那さまである社長の前でも、そう簡単に弱音を吐くような人ではない。

 

 

 社長のほかに取締役が二名いるから、最悪社長は彼らの方針に判断をするだけで問題はないが、例の事件の反省もあって、把握していない事があってはまずいと出来るだけ直接現場に関わる姿勢を見せている。

 

 

 そのため、気が休まることが無いのは容易に想像ができる。

 

 

 しかも、健康保険制度の廃止も相まって実現した最低給付保障制度ベーシックインカムによって、ある程度の所得がある世帯はその医療費のほとんどを自費で賄う必要があるから稼ぎを減らすわけにもいかない。

 

 

 財団に申請すれば、小さな子供を育てていることもあって3割くらいの負担にしてもらえるかもしれないが、いかんせん本人の咲那さんが延命治療を望んでいないので、社長としては個人的にも辛い日々が続いている。

 

 

 咲那さんの入院に同行した際にその気持ちを吐露されたことがあった。

 

 

「僕は、妻に生きて欲しいとこんなにも願っているのにさ、どうしても叶えてくれるわけにはいかないんだろうな。」

 

 

 タクシーの窓から今にも雨が降りそうな曇り空を見上げつつ、そう小声で問われたか独り言なのかわからない叫びに対して、答えられる言葉をわたしは持ち合わせていなかった。

 

 

 

 由美さんとキッチンに並んでいたこともあって、ある程度の料理はできるようにはなっていたが、それがこんな風に活かすことになるとは思っていなかったな。

 

 

 新しい事務所が入るビルの上に自宅を移してから、あの事件の事もあって咲那さんはわたしの顔を見るたびによく自然に招いてくれた。

 

 

 うちの子たちがあなたによく懐いているからと言っていたが、今からよく思い返せばこうなることを考えていたのかもしれない。

 

 

 その代わりと言えるのかわからないが、社長がよく自宅を留守にしつつ、各拠点の効率化に力を注ぐようになったからだ。

 

 

 設備のモニタリングなどは人員を割かなくても実現できる。

 

 

 本当は奥さんと一緒にいる時間を多く作りたいだろうに。

 

 

 

 日本でも人が多く集まり住む地域では、それだけ人気が高いために賃貸でも住居を構えて維持するのはそう簡単ではない。

 

 

 最近ではついに最低給付保障制度でもらえる金額では賄いきれなくなってきたため、ここで生活を続けようと思うと一般人は会社にどうにかしがみつくほかなく、それができなければ地方に脱出するしかなくなる。

 

 

 社長の努力で、ある程度自動化が実現しつつあるこの会社にわたしは社員としていつまで居続けることができるだろうか。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年11月18日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

「あとね、ここで塩と胡椒をこのくらい入れるのよ。」

 

 ひゃっ

 

 社長の奥さん、咲那さなさんの横に並んで料理を教わっているのだが、あれから少し大きくなった長男君がおなかすいたと後ろから抱き着いてくるもんだからびっくりする。

 

「…っ。」

 

 あっ大丈夫ですか?
後はやるので休んでてください。

 

 

「ごめんね、ちょっと横になるね。
 ほら、もうすぐ出来るから困らせないの。」

 

 

 お子さん二人にはもうすっかり懐かれているが、素直には喜べない。

 

 咲那さんは具合が良くならないようで、共に食卓にはつかなかった。

 

 

 初めてこの子たちに会ってもう3年が経つ。
あんなに小さかったのに子供の成長は早いなと実感する。

 

 

 ね、算数が得意なんだって?

 

「そうだよ、社会は苦手だけどね。」

 

 へえ、やっぱり社長の息子さんなんだねえ。

 

「パパもそうなの?」

 

 社長も?そうだよ、だから今の会社が作れたんだろうね。
最初はお金が無いからって中古の機械をかき集めて始めたって聞いてるよ。

 

「そうなんだ。
それって難しいの?」

 

 そうだねえ、きみのパパが高いものを手に入れて出来ることと同じことをどうやったら実現できるかを計算したり、考えたりしていなかったら、きっと今わたしたちはここにいなかったはずだよ。

 

「そっか。」

 

「ねえ、パパってすごいの?」

 

 おにいちゃんが納得したかと思うと、その真似をするように弟くんがポテトサラダを口にしながら尋ねてくる。

 

 うん、すごいんだよ。今だって、お仕事で遠くに出かけてるくらいだから、パパがいないとみんな困るんだから。

 

「そっかあ。」

 

 返事までお兄ちゃんの真似をしているようだが、わたしが言いたいことはきちんと伝えておきたい。

 

 

 咲那さんは由美さんより少し年上くらいで、世代は大して変わらないのだが、少し前からガンを患って入退院を繰り返している。

 

 

 見つかった時にはすでにそれが無数にあって、治療をするにもどのみち大変な思いをすることになると言われてしまった。

 

 

 まだお子さんたちが小さいこともあって、一度はどんなにつらい治療でも乗り越えようと思ったそうだ。

 

 

 だが、病院でずっと過ごすよりも、子供たちの傍にいる事を望んだ。

 

 

 たまにお邪魔をしていたこともあって、すっかり咲那さんと仲良くなっていたわたしは、そのお手伝いを何となくやっている。

 

 

 由美さんも藤沢さんと同居を始めたので、まるで姉を取られたような感覚にちょっぴりなっていたのだが、今ではこの子たちと過ごす時間が多くなってきた。

 

 

 この子たちには、どんな風に思われているだろう。

 

 

 社長は、ありがとうとだけ言ってくれている。

 

 

 わたしはこういう時間を過ごして、果たして正しいのだろうか。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年11月11日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

「すっかり遅くなっちゃったね。」

 

「どうする?電車ないでしょ。」

 

 

 夜中の独特の雰囲気、時計を見れば日付が替わろうとしている。

 

 

 お客さんがいなければ、閉店時間を繰り上げたりして工夫をしているようだが、わたしたちのお尻にすっかり根が生えたばっかりに時間いっぱいまでお店にお世話をかけてしまったようだ。

 

 

 時折訪れては、長話をしていくメンバーだとすっかり定着していないか心配ではある。

 

 

 出禁にならなければいいのだが。

 

 

「タクシーで帰ろうよ。」

 

 

 すっかり藤沢さん、いや誠次さんのリーダーシップに頼る流れ。

 

 

 先輩後輩は置いておいて、歳もひと回り彼が上なのだから、そういう素質を持った人にガンガン前に出てもらった方が円滑に進むだろう。

 

 

「香菜ちゃんどうする?」

 

 わたし?お邪魔じゃない?

 

「もう、からかわないで」
 

 こう言うが、由美さんはどうやらまんざらでもないご様子。

 

 

 誠次さんにちらっと目配せをするが、どうやら理解していないらしい。

 まだまだこれからか。

 

 

「じゃあ、お二人気をつけて。
由美さん、またチャットで資料送るからよろしくね。」

 

 

 駅前の客待ちタクシーにたどり着くとさらっと解散する。

 

 

 もうじれったいからさっさと進めろよと思うところ半分、しかしこういうのはじれったい時期ほど楽しくも盛り上がるのかもしれない。

 

 

 由美さんは乗り気のようだが、肝心の藤沢誠次さんという三十代半ばのお兄さんは一体どう思っているのやら。

 

 

 仕事だけの関係なのか。

 

 

 いやいや、お店のあの雰囲気では結構、距離の近さが目立っていたから、何もなくはない、と思う。

 

 

 違ったら気まずくなって関係が空中分解しかねないし。

 

「…どう思う?」

 

 え、どっち?

 

「どっち、いや、企画通るかなって。」

 

 

 あああ、仕事のほうね。
一旦、企画としてやってみるのは良い案だと思ったよ。
ダメならすぐに引けるし。

 

 

「無名のコラボでもいけるかなあ。」

 

 

 支援の人に声かけるのも良い案だと思うよ。
社長も街に少しは恩返しがしたいって言ってたからね。

 

 

「そっか、ありがとう。」

 

 いや、巻き込んじゃったのはこっちだし。
むしろこちらこそありがとうだよ。

 

 

「一人だったから、最近はこの辺りが限界かなあって思ってたんだ。」

 

 そっか。

 

「あのさ、せ..いやなんでもないや。」

 

 

 うん?

 

 

 少なくともこの街の人達は、迫りくる海岸に追いやられるようにして高台に住むようになり、かつて広がっていた関東平野の旧市街を見下ろしながらの生活もすっかり当たり前になってしまった。

 

 

 わたしはそんな全盛期の時代を知らない若者の一人だが、人々は明らかに衰退の歩を進めているとはいえ、そうでなくては出会えなかった関係だってこうしてあるのだから、今は前だけを見るとしよう。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年11月3日にnote.comに掲載したものです。