↑のつづき。



さてさて、炎に巻き込まれて亡くなってしまったイサナミ。

シラヤマ姫(菊理媛)からの報告により、そのことを知ったイサナギ。

イサナギは一目イサナミに会いたいと花窟に入ったが、そこには蛆がたかり、変わり果てたイサナミの亡骸が。。

その後の話は記紀にもある通り、イサナギは黄泉の国で変わり果てたイサナミと再会し、八人の地獄の醜女に追いかけられるが、山葡萄を投げ、桃の実を投げ、なんとかこの世に戻ってきた。

桃は四代目天神ウビチニとスビチニのシンボルであり、その霊力により醜女を撃退することが出来た。

このことから、イサナギは桃に『オホカンツミ(大神つ実)』という称え名を賜った。
※個人的にはオホカンツミは人名であり、初代桃太郎であると思っています。

ウビチニとスビチニのお話は↓をご参照あれ。
この黄泉の国の一件を、ホツマツタヱでは、ある種の幽体離脱や夢のような、現実世界の話ではないと解釈されていたりする。


さて、それから時は経ち、イサナギも年老い、近江の『アワ宮』で最後の時を過ごす。

古事記には、「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」と記述がある通り、アワ宮とは近江一宮の『多賀大社』のこと。
※淡路との説もある。


イサナミ亡き後、取り乱したことを反省し、禊を払い、国の為に力を注いだイサナギ。

そして晩年、集大成とも言える「導きの歌」を読んだ。

ざっくりまとめると…

「アワ歌を世に広め、国の平定に貢献したが、イサナミの急死により取り乱してしまった。

しかし、禊を払い、それからは天神としての責務を全うし、平和な治世を取り戻すことができた。

初代天神クニトコタチから授けられた神宝『瓊と矛』の意味をようやく理解し、「ト(瓊)の教え」の奥義に達することが出来た。

 ※瓊と矛で『瓊矛(ぬぼこ)』。
両神の国造りに用いられた『アメノヌボコ』とは、「教え」のことだったのだと解釈出来る。

 

↑※ヲシテ文字の「ト」は、手を広げて父なる太陽の恵み(V)を受け取り、母なる大地(□)に繋げる縦の棒(|)を表した文字。
妻への未練の心『足引き』は、国の豊穣を願う心『葦引き』に置き換わり、葦を引き抜いて稲を植え、湿地は新田になり、稲穂が稔った。

「ト(瓊)の教え」の奥義とは、「ヤ」と「マ」。

「ヤ」は日が昇ることを表し、
「マ」は日が沈むことを表す。

大いなる真(マコト)の「ト」。

それが、


『ヤマト』の道。

歌の道で心内を明らかにし、
禊によって身の内を清らかにする。

人々がこの道を志し、心が晴れやかになる時、大いなる素晴らしい国『ヤマト』として称えられることであろう。」


そう。
遥か太古、イサナギがいた縄文時代から、国名の『ヤマト』は存在していたのです。

ヘブライ語で「ヤーウマト(神の民)」が語源だという話も面白いが、もっともっと大昔から、大和は『ヤマト』だったのだということなのです。

面白いことに、ヲシテ文字の「ヤ」と「マ」。
二つ合わせると↓


なんと『太陽十字』になる。

「ヤ」と「マ」で『山』。

「山(サン)」は「太陽(SUN)」に繋がるのです。


日出る国。


いつまでも毎日太陽が昇ってくれるように祈るばかりです。



さて、ホツマツタヱのお話は、第七代天神の時代が終わり、いよいよ新しい時代の夜明け。

『アマテル(天照)』の時代でございます。


つづく。

ではまた❗


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