↑のつづき。


さて、ホツマツタエには『ひな祭り』の起源まで記されている。




お内裏様とお雛様の元になった、古代の天皇と皇后とは、『ウビチニ』『スビチニ』という夫婦神であるという。


なんと、神世七代まで遡る話である。


古事記においては、初の男女対の神様。


神世七代の系図は下記の通り。

クニトコタチ

トヨクモノ

ウビチニ・スビチニ

ツノグヒ・イクグヒ

オホトノベ・オホトノベ

オモダル・アヤカシコネ

イザナギ・イザナミ


イザナギより四代も前の大昔の話。




ホツマツタエでは、ウビチニは四代目の天神とされている。


ウビチニ・スビチニの二柱は、越邦のヒナルノ岳(福井県日野山辺り)の神宮で産まれ育ち、幼い頃から将来を誓い合った仲であったそうな。


二人は庭に木を植え、三年後の三月三日には多くの花が咲き、多くの実を結んだ。


花も実も百(もも)を数えた為、「桃の木」と名付けたのだった。


そのようなことから、二人は『モモヒナギ』『モモヒナミ』と名付けられた。


「モモ」は桃から、「ヒナ」は雛のように愛らしい様から、また、「木の実」にちなんで、「キ」は木で男神、「ミ」は実で女神を表している。


「キ」と「ミ」を合わせて『君(キミ)』となる。


※この時代は『君(キミ)』『臣トミ)』『民(タミ)』という位があった。




二人は成人し、誓い合った通りに結婚した。


それは、三月三日の夜のこと。


二人は桃の木の下で、神酒を酌み交わす儀式をおこなったのだそうな。



ちなみに、酒の醸造技術は、モモヒナミの母『スクナミカミ』が発明したとされている。


スクナミカミは、ある日、雀が竹の切り株に何かを運んでいるのを不思議に思い観察した。


雀は、稲籾を運んでおり、切り株には雨水が溜まっていた。


二ヶ月後、その事を思い出したスクナミカミは、切り株を見に行くと、稲籾の入った水は発酵し、甘い匂いを漂わせていた。


飲んでみると(その勇気すげえ(笑))、体調が良くなり、健康的な飲み物だと気づいたスクナミカミは、試行錯誤してその飲み物の醸造方法を確立させたのだ。

その飲み物は、モモヒナギ・モモヒナミの婚礼の際に献上された。


酒の入った器に月が逆さまに映り、とても美しかったことから、『盃(サカヅキ)』という言葉が生まれた。



スクナミカミは『ササナミ』の称え名を賜り、その飲み物は『ササケ』と呼ばれるようになった。


「ササ(笹)」は竹の切り株から生まれた飲み物だからだろう。



これが、『酒(サケ)』の起源というわけだ。

「捧げ」とも繋がるのではないか…と解釈することも出来る。


スクナミカミは、亡くなった後『ササケ山(笹ヶ峰)』に祀られた。


スクナミカミは「トコヨ」の「ヰノクチ」つまり、現在の滋賀県今津市辺りに住んでいたという。


滋賀県近江八幡市安土町に鎮座する

『沙沙貴神社(ささきじんじゃ)』の「ササキ」とも関連性があるのではないか。


全国の佐々木さん、教えてください。。



そして、この神社の祭神様は、なんと『少彦名神(スクナヒコナ)』である。



酒の女神スクナミカミ。

スクナヒコナもまた、薬の一種とされた酒を広めた酒の神と言われている。



スクナヒコナは、大国主との国作りを終えた後『常世郷』へ渡った。


『常世(とこよ)』については、「あの世」や「海の彼方の異世界」とも言われるが、前述したスクナミカミが住んでいた場所「トコヨ」との繋がりを感じずにはいられない。



スクナミカミとスクナヒコナ。


入れ替わったのか、同族なのか、はたまた同一神であり、国作りは創作か。


古代より続く日本の文化は、「ひな祭り」ひとつとっても、深く潜らなければわからない面白い文化なのだと感じる今日この頃です。


つづく。


ではまた❗



参考:「はじめてのホツマツタエ」

 

 



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