ホテルマンは3年で辞めました【35.視界から消す存在】 | SHOW-ROOM(やなだ しょういちの部屋)

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 毎朝、満員電車に揺られ普通の会社員の様に出勤し、定時に退社する日々はまるで公務員の様である。


しかし、ホテルマンでありながら毎日会議室で座学が続く様は、学生時代の授業風景を思わせるもので退屈だった。


時にはマナー講師たる方が来たりしていたが、それは現役のホテルマンの俺達よりも、親会社から出向組の代表や支配人が受けた方がいいんじゃないの?と思いながら、ただボーッと講義を受けていた。


そんな退屈な毎日が2週間経った辺りから、やっとフロント業務についての研修が始まる。


帝国ホテルから来た浜田副支配人と、フロントマネージャーの佐竹さんが日替わりで講師となり、時にはフロントでの接客シュミレーションも、スタッフが客を演じたりしながら実践に向けた研修も行なった。


この頃にはもうそれぞれが年齢差を感じる事なく、同期として打ち解けている様に感じていたが、同時に我の強いスタッフとのトラブルも発生するのだった。


それは、浜田副支配人が出した課題に対し、みんなで考え1つのレポートにまとめて提出するというものだったが、その時に田宮さんが柴田支配人に言われて独り他の業務を別室でやっていた為、彼女を除いたメンバーで午後からレポートを作成し夕方には提出と、スムーズな流れで進んでいたが、夕方に他の業務が終わった田宮さんが戻って来ると「見せて」と、俺達が作成したレポートを読み終えるとすぐに、いろいろ勝手に書き直し始めた。


数分間の沈黙。


と、松田さんが口を開いた。


「田宮さあ、それ何してんの?昼から俺達みんなで考えて作ったレポートなんだぜ。何で今来たお前が勝手に訂正してんの?それは違うんじゃないか?」


みんなが思っていたことを松田さんが代弁してくれた。


すると、田宮さんは下を向き静かに泣き始め、そこに浜田副支配人がレポートを受け取りに来る。


場の空気に異変を感じた副支配人が「どうした?」と、松田さんに聞く。


ザッと松田さんが説明すると、これから一緒にやって行く仲間なんだから、カバー出来る事はカバーし合ってみんなで協力しながらやっていきましょうと、そんな事を言いながら副支配人はレポートを受け取って出て行った。


田宮さんは「すみませんでした」と、涙ながらに謝罪をしていたが、俺と松田さんは目を合わせながら彼女に冷めた視線を送っていた。


この女、何様だよ!と、俺はその時から自分の視界から田宮さんの存在を消したのだった。


そんなある日、佐竹マネージャーが予約業務についての講義をしていた時、リザベーションカードの説明をしていた。


それは電話で予約を受ける際、我々が書き込んでいくカードで、宿泊日時、宿泊数、人数、連絡先などを上から順に聞きながら書き込んでいくものだ。


マネージャーが「下にあるEXTって何の略か分かるか?」と。


誰も何も言わない。


え?マジ?何で?


不思議だった。


俺はHホテルで普通に目にしていたから。


「ヤナダ、分かるか?」


「エキストラ(extra)。」


と、即座に俺が答えた瞬間、クスッと俺を小バカにしたような田宮さんの笑い声がすると、更にそれを押し潰すように「そうだ!」と、マネージャーが言った。


シーンとしていただけに田宮さんのクスッと笑う声は響いたが、それは自分が無知である事を自らさらけ出した惨めな瞬間となっていた。


どこの職場にも自分がいちばん仕事が出来る!と、思い込んでいる人はいるが、大半は周りのスタッフが陰でカバーしていることを本人は気付いていない。


〜つづく〜


 

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