入社して5ヶ月もすると、ホテル全体のいろいろな事が見えてくる。
外資系という事でフロント部門、レストランバー部門の各マネージャー達の会議は全て英語だという。
当然、我々の給与明細も英語表記だ。
タバコの自販機は置いてない為、お客様に頼まれた場合はスタッフがフロントまで買いに行って手渡しとする。
また、このホテルは基本的にお客様にはNOと言わない。
例えば、レストランでもBARでもお客様が要望する一品がメニューに無くても、材料があれば作って出す。
流石にBARで汁物は出さないが、チャーハン、焼そば、餃子、焼売、鴨の燻製などは中華キッチンまで走って来て出すし、和食の寿司も同様だ。
BARに配属されて初めて握り寿司の料金を知った時には驚いた。
握り一人前が9800円、トロ二巻で3600円だ。
更には、BARのメニューにある牛刺しなんて、ぺらぺらに薄いのが5枚だけで3600円もするのだから、各レストランバーの常連客は凄いと思った。
入社前にアルバイトしていたフィットネスの常連客は皆ホテルの会員だが、それは入会金に数百万円、年会費も数十万円というのだから新入社員の俺には衝撃的だった。
同じ常連客でも当然いろいろな人がいるけど、BARの常連客の中にはタチの悪い人間も何人かはいる。
いつも何かとスタッフに難癖をつけては絡んでくる弁護士、バーテンダーに対して酒の間違ったうんちくを語る出版社の社員、他のテーブルの常連客が飲んでいるボトルを見て、大きな声で「こっちのボトルの方が高いだろ!」と、くだらない見栄を張りたがる常連も多い。
そんな常連客に競い合わせて高いボトルを入れさせるのが、実はBARスタッフのテクニックだったりするのを成金のアホな常連客らは当然ながら気付いていない。
あとはコンパニオン目当てに来ている常連もいるが、本当にそんな客の愛人になってしまった女子大生がいたのには目が点になった。
数週間前に辞めたコンパニオンが、ある日突然常連客と腕を組んで来店した時にはビックリしたというかスタッフ一同は呆れていた。
なぜなら、さほど可愛いわけでもなくスタイルも良くないし、なんなら性格は悪い方だったから。
まあ、そんな人間だから妻子ある常連客の相手になったのだろう。
コンパニオンというのは、やはり金持ちの常連客からは常に口説かれている。
我々に気づかれないよう上手く裏で常連客の愛人となり、BARの中では常連客もそのコンパニオンもあくまで客とスタッフを装っていた2人もいたようだ。
そして、実は我々の中にもコンパニオンを口説いている妻子持ちがいた。
キャプテンの内田さんだ。
しかも俺と同じ年の岩本沙耶香にゾッコンのようで、一生懸命飲みに誘っているが中々その誘いにのってくれないようだ。
浮気する人って病気だよなと、俺は思っている。
それも一生治らない不治の病だ。
そんな持病のある男達を社会人1年目にして何人も見てしまうのだから、フロントには就けそうもないし、この時の俺はもうホテルマンという仕事には次第に魅力を感じなくなっていたのかも知れない。
また、もし俺に彼女や嫁さんがいたなら、絶対にホテルで働かせたくないと思うのだった。
〜つづく〜