「お前はこんな所でバイトしてちゃだめだ。」
思わずそんな事を言ってしまった。
山田由紀子は山梨から上京して来て3年の女子大生だが、このバイトを始めてまだ1ヶ月。
それもお嬢さんだ。
なぜお嬢さんかというと、娘の為に親が池袋にマンションを買っているからである。
それだけではない。
まだ若いのに品があり清楚な雰囲気で人柄も良いのだ。
彼女はそこに弟と住んでいて、その弟の家庭教師がチェッカーズのフミヤに似ていてカッコいいと言っていた。
それを聞いた俺は、「ああ、家庭教師のことが好きなのかぁ」と、自分の中で勝手に撃沈していたあの日だった。
あの日とは・・・それは2週間前の仕事中、すれ違う度に一言二言たわいもない会話をしていたのだが、その日の彼女は普通に下ろした髪型だったので、「あ、今日はポニーテールじゃないんだね。俺ポニーテールが好きなんだけどなぁ。お前はポニーテールの方が可愛いぞ!(笑)」って言うと、数分後にすれ違った時にはポニーテールになっていたので、「あっ、やってくれたんだ!(笑)」と。
彼女は「だってヤナダさんがこっちの方が好きって言うから(笑)」
俺は気持ちが高まって「なあ、今度休みの日が合った時、飲みに行かない?」と、誘ってしまった。
「いいですよ(笑)」
「ホントに?!」
「はい(笑)。ヤナダさん何曜日が休みでしたっけ?」
「俺は水木。」
「そうですか、私はまだ来週のシフト出てないなぁ・・・。」
「そっか。あ、ちょっと待って・・・。」
俺はBARのコースターの裏に電話番号を書き出す。
だが、店内が忙しくなって来て彼女は店内に呼ばれて戻ってしまった。
数分後、裏ですれ違った時にコースターを渡すと、「これ私のです(笑)」
山田由紀子も電話番号を書いたメモをくれたのだ。
それから数日経ち、俺は池袋駅東口に迎えに行くと羽田に連れて行った。
羽田といっても空港ではなく、近くにあったホテルのBARに前から一緒に行きたかったのだ。
そこには窓に向かって座るカップル席があり、目の前が滑走路なので夜はそこの照明がネオンのように綺麗だった。
「何で今日俺に付き合ってくれたの?」
「だって、コンパニオンの子達に言ったら、ヤナダさんなら安全だから言ってきな!って、みんなが言ったから(笑)」
「えーっ?!安全って、何それ(笑)」
思えば入社してまだ1ヶ月の頃、同じ歳の岩本沙耶香と3つ歳上のベテランコンパニオンの中村鮎美の2人を誘って飲みに行った日もあった。
岩本は俺の入社とほぼ同時期からコンパニオンを始めていたが中村さんはもう3.4年やっていて、Pホテルの妻子ある人と不倫中だと言っていた。
まだ入社したての俺にそんなこと話していいのと思ったが、たぶん酒の勢いもあったのだろう。
入社して間もなくコンパニオン2人と飲みに行ったなんて誰にも言えず、3人だけの秘密にしていたと思っていたが、どうやら山田には話していたのだろう。
「コンパニオンのバイトは慣れたか?楽しい?」
煌びやかな滑走路に着陸して来る飛行機を眺めながら、おもむろに聞いた。
「はい、みんな優しいから楽しいですよ(笑)」
「でも厄介な客もいるから気をつけろよ。」
「はい、加山さんにも言われました。お客様もですが、藤間さんには電話番号絶対に教えないで!って(笑)」
「へえ、加山さんが(笑)」
加山さんとは27歳でBARに入っているコンパニオンの中では最年長だが、生真面目で純情なお姉さんという感じがする女性だ。
「藤間さんはすぐコンパニオンを飲みに誘ってるって。」
「そうなんだ。」
「誘われて飲みに行った子達は、もう何人も辞めてるって。」
「え?そうなの?」
「そうみたいです。」
「あ、お前は組長にも気をつけろな。ヤ○ザは何するか分からないし、薬漬けにされたら人生終わるしな。」
「そうなんですか?」
「ああ、だからお前はコンパニオン辞めろ。ヤ○ザに気に入られてるお前が心配で見てられないからさ。」
「怖いですよね。辞めようかな・・・。」
また、男気があって頼り甲斐のあるベテランバーテンダーの藤間さんだが、俺はこの後にとんでもない事実を山田由紀子の口から聞くのであった。
〜つづく〜