バリトンホテルのラウンジで、坪倉総理と秘書官の木村慎吾が束の間の休息をしていた。
「総理は最初からこの世界に携わっていたんでしたっけ?」
「そんな事ないですよ。大学を出てすぐは一般企業に就職しましたよ。」
「どんな業種に就職されたんですか?」
「ここです!」
と、ニンマリ答える総理。
「え・・・?」
キョトンとする木村。
「ここですよ、ここ。」
「えっ!?ホテルマンだったんですか?」
「そうですよ。」
「へえ!以外ですね。どちらのホテルに?」
「ですからココ!です。」
「えーっ!?バリトンだったんですか!だからホテルの給料とか内情に詳しいんですね。」
「ハハハ、まあ、そんなとこです。」
「やっぱり苦労されました?」
「まあ、まだ若かったですし、とにかく気を遣う仕事だったので1年目に7kg痩せましたよ。」
「ああ、やはりそんなに大変なんですね。」
「私はサービス業に向いてないので。」
「そうなんですか?それなのになぜホテルに?」
「高校生の時、フロントマンになぜかピン!ときましてね。」
「それでフロントに?」
「いえいえ、ホテルはそんなに甘くないですよ。最初はBARの配属でした。ほら、そこに入り口があるでしょ。」
総理がラウンジの席から見えるBARの入り口を指差した。
「えっ?あそこにいたんですか?」
「はい、いましたよ。」
「へえ、今でも知り合いとかいらっしゃるんですか?」
「どうでしょう。久々に来たし、同期はみんな辞めていますしね。」
「そうなんですか?」
「だって、50過ぎたようなホテルマンってあまり見かけないでしょ?」
「言われて見れば、そうですね。」
「アスリートと同じで、現役が短い職種なのかも知れません。あ、役員になる人は別ですけどね。」
「なるほど・・・で、フロントマンにはなれたんですか?」
「なりましたよ。他のホテルでね。」
「良かったですね。」
「でも、やはりサービス業には向いてなかったので、1年で退職しました。」
「なぜサービス業が向いてないと?」
「聞きたいですか?」
「はい!」
「ムカつくんです。」
「はい?」
「横柄な態度とか、ワガママな客にムカついてストレスが溜まるんです。」
「えーっ?総理がですか?意外ですねえ。」
「ハハハ、そうですか?」
「はい。短気なんですか?」
「まあ、それもあるかも知れませんが、モラルの無い人やマナーが悪い人と会うと許せないんですよ。」
「真面目なんですね。」
「いえ、ただ向いてなかったんです。」
「給料が安いなら尚更ですよね?」
「そうですね、ホテルに出勤するのが毎日憂鬱でしたが、給料が良ければまた違っていたかも知れませんね。やり甲斐が。」
「安月給だとやり甲斐が無いですよね。」
「それよりも仕事に対して情熱を燃やせたなら、また違ったと思いますよ。給料がいくら高くても、その仕事に情熱を燃やす事が無ければねぇ。」
「難しいですね。」
「やり甲斐と情熱、似てるようで違いますから。」
「はあ・・・。」
「情熱を燃やせるモノというのは、給料の高い安いなんてどうでもいいと思えるほど没頭できるものだと思うんです。」
「なるほど・・・。」
「そういうモノに出会えたなら、それこそ幸せな人生だろうと思いますよ。」
〜つづく〜
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