令和6年1月16日
「居場所」というものは、人が社会生活を
円滑に送っていくためには必要不可欠な場所だ
と思います。
学校や勤め先、住まう地域などの「場」で、
ただ居るだけということではなく、なんらかの役を
担って「気兼ねなく居られる場所」が、「居場所」
ということになるでしょうか。
多くのサラリーマンが定年後の居場所探しに
苦労している話はよくところです。
令和6年1月16日
「居場所」というものは、人が社会生活を
円滑に送っていくためには必要不可欠な場所だ
と思います。
学校や勤め先、住まう地域などの「場」で、
ただ居るだけということではなく、なんらかの役を
担って「気兼ねなく居られる場所」が、「居場所」
ということになるでしょうか。
多くのサラリーマンが定年後の居場所探しに
苦労している話はよくところです。
令和6年1月15日
「サラリーマン」は、雇用主からSalary
(俸給)を貰って生活している人を指す和製英語で、
第一次大戦後の「大正バブル期」に当時の
「働き方改革(肉体労働から頭脳労働へ)」の
一環として生まれたそうです。
2022年の労働力調査によると、就業者数67百万人
の内約9割(66百万人)がサラリーマンであり、
まさに日本経済の屋台骨を背負っています
令和6年1月12日
定年を境に男性は、それまでの会社生活
とは異なる環境の変化に戸惑い、中にはうつ病や
認知症を引き起こしたり、病気とまでは言わない
までも、怒りっぽくなったり、暴言や奇行が
目立つようになったりするケースが見受けられます。
定年退職者のクレーマーには、昔、管理職
だった人が多いと言われていますが、部下に批判的
なダメ出しをしていたのが癖になっている人が
多いからなのかもしれません。
令和6年1月11日
齢を取ると忘れっぽくなるのも
齢を取ると時間が経つのが早く感じる原 因の
一つかもしれません。
何しろ朝やったことも夜には忘れて
同じことをまた繰り返したりするのですから。
朝晩で2時間かかった作業も夜だけの1時間で
済んだように感じてしまうのです……。
令和6年1月9日
最近は忘れっぽくなった半面、昔のことを
よく思い出します。子供の頃とか学生時代や独身時代
のことなどを懐かしく思い出したりします。
この間、義理の姉が亡くなり、葬儀が荒川区の
町屋斎場で行われたので、数十年ぶりに町屋に行って
きました。
町屋は私が幼少時から結婚するまで住んでいた
ので昔のことが色々と思い出されました。
中でもチンチン電車(都電荒川線)が前と変わらず
町屋駅を発着しているのを見て昔のことが懐かしく
蘇りました。
令和6年1月6日
ポスト・コロナの時代は、昔は気楽な稼業とも
言われたサラリーマンの姿は、随分変わったものに
なって行くでしょう。
社員それぞれが個人事業主化してプロ意識を持ち、
自らのアビリティで仕事をするようになれば、今
の会社が嫌なら契約を解除して自分をもっと評価して
くれる別の会社と契約し直すことができるようになります。
他方で、アビリティが高くないサラリーマンは、
やがて組織から排除されて行ってしまうかもしれません
令和6年1月4日
新年になって初めて会う友人や知人に
「新年明けましておめでとうございます!」
と挨拶すると、その都度清新な気分になり、
少しばかり気が引き締まったような感じがします。
それは新年の挨拶に伴い、昨年中の嫌な
出来事は忘れて、新しい年の新しい事柄との出会い
にワクワク感を感じたり、心の高揚感を感じたり
するからなのかもしれません。
令和5年12月29日
令和5年ももうすぐ幕を閉じようとしています。
この一年を振り返ってみると平々凡々な毎日を
繰り返しながら、あっという間に過ぎ去った感じが
しています。
時間の経つ早さは、没頭する程度によって
感じ方が違うそうです。
子供の頃友達とチャンバラごっこで夢中になって
遊んでいた時間とサラリーマンになって退屈な
会議に出ている時間とでは、同じ一時間でも
子供の頃夢中で遊んでいた時間の方が早く経って
しまったなぁと改めて思ったりしています。
令和5年12月28日
私は未だ仕事をしているので、日曜を除いた毎日、
地下鉄を利用して通勤しています。
足が悪い私には電車内での長時間の立ちっぱなしは
結構辛い。
そこで乗客が少ない時間を狙って朝は遅く、
帰りは早くの「重役タイム」で通勤することにしている
のですが、最近はこの「重役タイム」も結構混むように
なってしまいました。
きっとテレワークが普及し、出社日でも出退社時刻は
社員の選択可という制度が採用されて、「重役タイム」で
通勤する社員が増えたためではないかと睨んでいます。
令和5年12月27日
「私」たちは、自分らしく生きたいと願います。
とくに人生の後半戦に突入すると、世間に惑わされない
生き方をしている人に魅了され、「私」も自分らしく
生きたい、そのためには「やりたいことだけをやる」
「やりたくないことはやらない」ことに憧れる人たちも
出て来ます。
しかし、やりたいことだけをやって生きていけるのは、
ごくごく僅かの才能に恵まれた人たちだけです。
多くの人たちはいくつになろうとも、やりたいとか
やりたくないとかに関係なく「やらなくてはならないこと
をやりながら毎日を過ごしています。
人生とはとかく思い通りにならないものです。