人事労務日記~所長のつぶやき~ -250ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成27年4月22日


 人間は歳をとればとるほど、心に角が

取れて丸くなるといわれていますが、

現実にはそんなことはありません。

逆に、歳をとればとるほど頑固になって、

人のいうことを素直に聞かなくなるものです。

  その原因の一つに、現役時代に

さまざまな人と仕事を通じて関係を持ったため、

相手の人柄や実力を見抜く訓練が自然に

できあがっており、どうしても率直に相手を

とらえることができず、相手を批判的に見て

しまうからだともいわれています。


 私も最近、とみに頑固になってきているようです。

困ったもんだ!


平成27年4月21日


 私は、最近「物忘れ」が大分酷くなりました。

人と面談をしているとき、「ついさっきまで覚えていた

言葉がどうしても思い出せない。のど元まで出てきて

いるのに声になって出てこない」ということが

割りと頻繁に発生するようになってしまったのです。


 こんな時は、「アレですよ。アレ!」とか、その

言葉を使わないで済むような回りくどい言い方など

をして、何とか乗り切ってしまうのですが、面談を

終えるとガックリしてしまいます。


 そしてそんなときに限って、トボトボ歩く帰り道で

「どうしても思い出せなかったその言葉」がヒョンと頭に

浮んで来たりして、

“どうしてあの時、この言葉が出てこなかったんだろう!”

と、改めてとても悔しい気持ちになってしまうのです。


 「物忘れ」には自分でイライラしています。


平成27年4月18日


  最近、「男の居場所」という話題がよくされます。

「キョウイク」と「キョウヨウ」という言葉の意味を問う

なぞなぞみたいな話題もあります。


「キョウイク」は、「今日、いくところがある」であり、

「キョウヨウ」は、「今日、用がある」との意味だそうです。

定年後は、この二つの言葉を念頭に置いて過ごす

ようにするとよいとの教えです。


  長い時間を会社一筋で過ごしてきた元サラリーマンが、

「会社の他に居場所を作れ」と言われても、

なかなか難しいのが現実でしょう。

退職して間も無くは、元同僚たちとゴルフに行ったり、

1杯やることもあるかもしれませんが、それも長くは

続かないでしょう。


 やはり男性に最も必要なのは、「自分の居場所」

なのかもしれません。

平成27年4月17日


 可憐な花を枝一杯に着け、道行人

の目を楽しませてくれていた桜もスッカリ

散ってしまいました。

風に吹かれて、桜吹雪となって散っていく

桜の姿を見ていると、何となく過ぎ去って

いくものへの哀愁を感じたものでした。


 そして同時に、

「来年の桜の頃は、“日本は、私のオフィスは、

そして、私自身はどうなっているんだろうか?”、

“相変らず元気で桜を見ているんだろうか?”」

と いう思いがボンヤリと頭の中をよぎったものでした。


 来年の桜の時期のことなんて、誰にも分りません。

でも、一つだけ確かなことは、私がまた1年、歳を

とるということです。

忙しい人にも、暇な人にも、時間だけは公平に

経って行きます。

平成27年4月15日


 今は、あれほど咲き誇った桜もスッカリ

散ってしまいましたが、桜といえば、中国古典に、

「花は半開きを看る」という一文があります。


  これは、「満開に咲き乱れている花は

確かにきれいだが、すぐに見飽きてしまう。

だから、満開よりも五分咲きぐらいの方に、

かえって花の風情があるのだ」という意味だ

そうです。


 確かに、満ち足りた状態というのは、だれでも

願うところではあります。

然し、「満ち足りた状態には、必ずいつかは

終わりが来る」というのもまた他面の真実です。


 だから、満ち足りていることが、果たして

「幸せなことなのかどうか」については、その人の

人生観によって「幸せだったり」、「幸せでは

なかったり」と感じるのかもしれません。

平成27年4月14日


  タバコを吸うこと自体が如何かと思われる

時代になってしまい、一時「ホタル族」なんて

呼ばれたベランダでタバコを吸う旦那さんも、

今はスッカリ陰をひそめてしまいました。


  世の旦那さんたちは、書斎など望むべくも

無いとすれば、マイホームで男がひとりになれる

場所はどこにあるのでしょうか?せいぜいトイレか

お風呂くらいしかありません。


  昭和22年から24年生まれのいわゆる団塊の

世代は、今は全員が65歳以上の『高齢者』に

なりました。

現役時代は、『猛烈社員』と言われてがむしゃらに

働き、日本の経済成長を支え、同時に消費文化

もリードしてきたこの世代。過酷な競争社会を

生き抜いてきた世代と言っても良いでしょう。

  

  その人たちが、仕事を終えて家庭や地域に帰って

きたのです。

果たして「男の居場所」を確保出来るのでしょうか? 

平成27年4月13日


  私は定年になる前に会社を辞めたので、

最後まで勤め上げ、定年となる「その日」を

迎える気持ちには正直よく分らないところが

あります。


 然し定年を迎えたあと、心から打ち込める

ものを見つけ出せず、毎日まいにちを鬱屈した

気持ちで過ごしている人たちの話はよく聞きます。


 “長年働いてきたのだから、もう何をして過ごそうと

俺の自由だ”という気持ちは、よく分るのですが、

気力・体力ともに十分な人が、打ち込めるものを

無くして、一日中することもなく、本当の「余生」を

過ごすことになってしまうのはもったいない話だとも思います。

カメラを肩に散歩をしている姿をみかけるたびにこんなことを

思っています。

平成27年4月11日


  

  団塊の世代が定年を迎えてから

暫く経ちましたが、ときどきそれらしい

人物がカメラを持って電車の中で

うたた寝する姿を見かけるようになりました。


  65歳で仕事を退いたとしても未だ20年

近くの人生を過ごさなくてはなりません。

この膨大な時間をうまく使っている人もいますが、

多くの人はそれが出来ていないようです。


  一番良く聞く話は、奥さんと一通り旅行に

行った後、「することがなくなる」というものです。

年がら年中、旅行に行くわけにもいかないし、

年に何度か行ったら、もう行くところもなくなります。

旅行から帰ると、いつも奥さんと二人。


 奥さんから邪魔者扱いをされる方も少なくようです。

だから、家にいないでどこかへ出かけることになる

のかもしれません。

平成27年4月10日


 今年の桜は花をつけたと思ったら、直ぐに

満開になってしまいました。

そして、可憐な花を枝一杯に着け、道行人

の目を楽しませてくれていた桜も、今はスッカリ

散ってしまいました。


  風に吹かれて、桜吹雪となって散って

いく桜の姿を見ていると、何となく過ぎ去って

いくものへの哀愁を感じたものでした。


 そして

同時に、「来年の桜の頃は、“日本は、私の

オフィスは、そして、私自身はどうなっているん

だろうか?”、“相変らず元気で桜を見ているん

だろうか?”」と いう思いがボンヤリと頭の中

をよぎったものでした。


来年のことは、誰も分りませんが、私は、

心の中で、桜に「来年も合おう!」と

叫びました。

平成27年4月9日


 仕事で躓(つまず)いたり、嫌なことが

あるとき、私は愛犬ハナちゃんを相手に

よく愚痴をこぼします。

でも何時もいつも、愚痴をこぼしている

わけでもありません。


  愚痴をこぼす代わりに、

“昔はよかったなぁ”とか“あのころに戻り

たいなぁ”とか、うまく行っていた頃の

思い出を頭に浮かべることもあります。

過去の出来事とそれへの対処の仕方を

振り返り、それを今直面している問題の

解決に生かしたり、元気を奮い立たせたり

することもあるのです。


  だから、過去にさまざまなことを経験し、

たくさんの思い出を持っている人ほど、

気分転換の仕方がうまく、何事にも

挫けずに立ち向かって行けるのかも

しれないと思ったりもします。