人事労務日記~所長のつぶやき~ -186ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成30年7月20日

 

  訪日外国人が増えています。10年くらい前までは

考えられませんでしたが、今ではどこへ行っても外国人

観光客で溢れかえっています。


   私の子供の頃、外国人の姿などは殆ど見かけませんでした。

小学校の遠足に出掛けた時、外国人(白人)を見かけ

ガキ大将だった友人がハローハロー、サイン、サインとサイン

をねだり、先生に怒られていたのを懐かしく思い出します。


 「今はどうしているんだろう?」との思いとともに野球帽を

被った生意気そうな昔の友の顔が、今でも目に浮かびます。

 

平成30年7月19日

 

  私は、毎年暑い夏が来ると、幼い頃、自宅前の焼け野原

(戦争で焼け落ちた工場跡)で、近所の洟垂れ小僧たちと

チャンバラゴッコをしたことをよく思い出します。

 

  あの頃も、暑かった! 

汗をダラダラ流しながら近所の腕白たちと棒切れを振り回して

遊びました。

当時は、嵐寛寿郎の鞍馬天狗が流行っていた頃で、誰が

鞍馬天狗役をやるかで、何時も揉めていましたが、偶々

鞍馬天狗役を演じたときはバッタバッタと悪者役を切り倒し、

気分爽快、得意満面の笑顔で家に帰ったものでした。

 

  ここのところ、毎日暑い日が続いているので、昔のことを

思い出しました。

 

 

平成30年7月18日

 

  「捨てる神あれば拾う神あり」、「苦あれば楽あり」

と古くから言われてもいます。

これは「長い人生、そんなに捨てたもんではありません。

だから、決して人生を投げ出しては駄目ですよ」と

古人が戒めた言葉でしょう。

 

  なぜか貧乏神に好かれてしまい、「ジッとガマンの

サラリーマン人生を長く送ってしまったり、その後の独立も

当初は大変な苦労を強いられたり」と「苦の時間」が

長かった私の人生をいつも後で支えてくれたのは妻でした。

 

  この「我が人生最大の支援者」であった妻に先立たれて

しまったり、挙句にはその妻の介護疲労から坐骨神経痛を誘発、

手術する羽目になったりと、私の「苦の時間」は、結構深く

長いようです。

 

 

平成30年7月17日

 

  私の「朝遅く、夕方早く」の通勤時間帯では、

電車の中は本当に「おやじ」 達の巣窟でもあります。

中高年を「おやじ」と一言で呼んでいますが(私は違います。

もう「おやじ」ではなく、「じじい」ですから……)、

その中には色んな人がいます。

 

  特に目につくのは尊大な素振りをしている人。

会社で偉かろうが、偉くなかろうが外へ出たらそんなこと

には関係ないのが世の中の常識です。

然し、中にはそういう事が分かっていない「おやじ」がいるのです。

電車の中で「足を広げて」座り、スポーツ新聞を大きく

広げてみているような人です。

 

 人の迷惑ということを余り気にしていないように

振舞っています。

 

 

平成30年7月16日

 

  西日本の豪雨災害で、大変な被害を出しています。

それに加え、ここのところの猛暑で災害復旧も大変に

なっているようです。

 

  こんな中、ボランティアが全国から集まり、復旧の手助けを

しているとのこと。私が出来ないだけにそんなボランティアに

いつも感心しています。

 

  日本人の人に対する「あったか」な思いやりは、古くは戦国時代

に来日した宣教師ザビエル、明治初年に日本各地を訪れた

女性旅行家イザベラ・バードなどの外国人から、日本人の他人

に見せる親切さ、思いやりの深さが感銘を持って語られています。

 

  そんな日本人のおもやりの深さは、今でも変わらないと思っています。

 

 

平成30年7月14日

 

  ここのところ、毎日暑くて寝不足です。

暑さに閉口する夏の季節となりました。

 

  寄る年波のせいか、私は最近とみに暑さに弱くなり、

頭がジリジリと太陽に照り付けられると薄くなった髪の毛が

十分にお役目を果たせないため、

「脳味噌が溶け始めているのではないか」とさえ思えて

しまうことが随分と増えました。

 

  つまり、記憶力がメッキリ衰えてしまったのです。

いや、正確に表現すれば、「記憶する」というよりも「思い出す」

という能力に大分劣化現象が生じて来ているようなのです。

 

 一方で「暑い暑い」と言いながら、もう一方では「あれ、何だっけ」

と言い出しています。

 

 

 

 

 

平成30年7月13日

 

 人間のタイプの分け方には色々な考え方があります。

その一つに未来思考型、過去思考型というものがあります。

 

  未来思考型はこれから起こることや将来に軸を置いて考え

行動するタイプのことを言い、過去思考型は昔の経験や

過去の事実を軸に置いて考え行動するタイプのことを言うそうです。

思い出を大事にする人は過去思考型タイプの人であるといえる

でしょう。

 

 私は、過去志向型です。

中国駐在時の思い出やら、妻と旅行に行った思い出など

色んなことを思い出しては懐かしがっています。

 

 

 

平成30年7月11日

 

  最近、介護問題が非常に多く取り沙汰されるようになりました。

それだけ「介護」が、誰にでも(自分にも)いずれ訪れるであろう人生

の一大事として関心が高まってきているからなのでしょう。

 

  「私は妻の最期を一人で看取りましたが、介護しているときには

辛いと思ったことなど一度もなく、ただ「長く人生を共にして来た

連れ合いが、死ぬかもしれない。俺が最後を看取るのは当たり前」

という思いしかありませんでした。

 

  今更ながら、仕事を続けながらの介護(訪問介護士等が来ない

夕方から翌朝迄)、愛犬の世話、妻と自分の食事・洗濯等々

一日中本当に良く動けたもんだと思っています。

 

きっと今まで散々苦労を掛けた妻のためと必死だったためでしょう。

 

 

平成30年7月9日

 

   夫や妻を亡くし、独りぼっちになった人を「ロスト・シングル」

と言い、最近はそういう人が増えて、随分深刻な社会問題に

なって来ているそうです。


  朝日新聞の調査によれば、配偶者に先立たれてからの平均余命は、

女性の場合22年、男性の場合は5年なのだそうです

(ただし、調査対象は65歳以上の夫婦)。
 

  ロスト・シングルが社会問題になった理由は、妻に先立たれた夫がロクに

食事も家事もできず、生きる気力も無くし、衰弱して亡くなっていくケースも

あるからだそうです。

 

 その点私は、食欲は旺盛で仕事もしていますので、女性並みの平均余命

は確保できそうです。

 

 

平成30年7月6日

 

 人は、思い出に生きるといいますが、私も時々思い出に

ふけるときがあります。

 

 もう40数年前のことですが、私は中国(広州)に単身赴任

していたことがあります。

当時、外国人(特に歴史問題を抱えた日本人)にはとても

厳しい生活が強いられていました。

そんな中、ある日、妻に連れられて母が、私に会いに広州に

来てくれました。

当時は日本からの直行便が無く、香港経由でのフライトは、

一日がかりでした。

 

  老齢の域に達していた母の疲れはとても酷かったでしょう。

妻も高齢者を連れての旅に随分疲れたと思います。

妻も母もあの世に旅立ってしましました。

 今は、私一人で時々こんな思い出にふけっています。