人事労務日記~所長のつぶやき~ -175ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成31年1月11日

 

   世の中には、いつも「運の良い人」と、 いつも「運の悪い人」

がいます。ある学者が「統計学では10万回繰り返さないと

幸運と不運は同じ数字にならない。よって、幸せな人は最後まで

幸せであることはあり得る。またその逆も……。」と言っています。

 

  実際、幸運を絵に描いたように重ねる人もいるので、その通り

かもしれません。

でも「幸福か不幸か」は、その人の心の問題でもあります。

いくら外目には成功していても、自分を不幸だと思っている人は

沢山いるかもしれませんし、逆に、貧しい生活をしていても幸せ

一杯な人も沢山いることでしょう。

 

 サラリーマンも出世だけが幸せではないかもしれません。

私も“そんなに出世はしなかったけど、俺のサラリーマン人生は

充実していたなぁ!”といつも思っています。

 

平成31年1月8日

 

  「日日是好日」という言葉があります。

元々は中国の高名な禅師が説いた言葉で、

小難しい解釈もされていますが、要は

「毎日まいにちが無事で好い日である」

という意味になるようです。

 

  では、サラリーマンにとっての「日日是好日」

とは、どういう日でしょうか?

テレビドラマの半沢直樹みたいに、上司だろうと

取引先だろうと自分の正義に反する行為には

とことん立ち向かい、「倍返しだ」の台詞とともに

自分の信じるままに、言いたいことを言ったり、

立ち振る舞ったり出来る人は、毎日が

『日日是好日』かもしれません。

 

しかし、そんな事は、普通の人にはとても

出来ません。残念ながら・・・・・・。

 

平成31年1月7日

 

  脚本家の内館牧子著の「終わった人」(講談社刊)

という小説が注目されています。

これは、高学歴(東大法卒)で高職歴(メガバンク関連会社

の専務が最終)のシニアが、プライドを捨てられないまま

「退職後の自分の居場所探し」に苦悩する話です。

 

  「自分の思い通りに人生を送れる人なんてそうそうはいない。

世の中、そうは問屋がおろさない。現役のときいくらエリートと

言われても、肩書きも学歴も通用しなくなる“定年退職”を

迎えたとき、世間の厳しい扱いにどうもがくのか。

高すぎるプライドが邪魔になることもある。」ということを訴えて

います。

 

「人生山あり谷あり」ということでしょうか?

 

 

平成31年1月5日

 

  私は6人兄弟の下から2番目で、幼い頃は遊び回ったあげく近くの

「どぶ川」に嵌まって死にそうになったり、中学時代には股関節炎を

って長い闘病生活を余儀なくされたりしました。

 

 特に中学生の多感な頃、病院の担当医から“復帰するまで長い時間

がかかること”を告げられたとき、ショックのあまり涙が溢れ出たことを

思い出します。そして、その涙が手の甲にこぼれたとき、一緒に聞いて

た母が黙って手ぬぐいを渡してくれたときの顔が今でも鮮明に浮かんで

来ます。そんな時代、実家は零細工場で、多額の手術代・入院費は

一家総出での工場の売上げがそのまま私の治療費に消えたとことを

後で知りました。

母が家事を片付けたあと、割烹着のまま工場の仕事を夜遅くまでして

たころの顔が今でも浮びます。

 

  思えば、私は随分と父や母を心配させたり、悩ませたりしたようです。

「親孝行したいときには親はなし」

・・・・・よく言ったものです。

 

平成31年1月4日

 

  私も1月4日が仕事始めです。

年初から株式市場が急落しており、中々厳しい年と

なりそうな感じがします。

 

 人事労務の世界でも、高度プロフェッショナル制度とか

裁量労働制の拡充とか流動性に欠ける日本の労働慣行を

動かそうとする動きが出て来ていますが、中々思うようには

進展しないようです。

 

 でも、今年もまた「今年こそは」との思いで新年を

迎えました。


 

 

平成30年12月28日

 

  仕事を終えて我が家に帰ったとき、誰もいない今も

「ただいま」と言います。もう長い間の習慣だからです。

 

  以前は、妻が「お帰りなさい」と言いながら出迎え、

妻の足の横から愛犬が、尻尾を振りながら「ワンワン」と

言って出迎えてくれたものでした。

 

 今は? 勿論、誰も答えてはくれません。

でも、長い間の習慣だし、今日も無事に帰れたとの思い

もあって「ただいま」と言います。

ひょっとしたら天井あたりから妻が出迎えているかもしれない

と思いながら…………

 

平成30年12月27日

 

  私は、最近とみに頭の反乱が目立つようになりました。

昔の友人と久しぶりに会って一杯やっているとき、

サラリーマン時代の同期入社社員の噂話になって

“ほら、アレ、アレ。ちょっと小太りで眼鏡かけていた人。

名前は何て言ったっけな、アノ人どうしてる?……”、

“もしかして○〇のことかな?”。“そうそう○〇、

そうだ○〇だったね。”。

 

なんて調子で、ここのところ、私は会話をしている最中に、

人の名前が一向に出てこなくなりました。

その人の顔は、昔のままの姿で浮かんでくるのですが、

名前は一向に出てこない。こんなシーンにしょっちゅう

出くわすようになってしまいました。

 

平成30年12月22日

 

  もうすぐ今年も終わります。
「この間、正月を迎えたと思っていたら、いつの間にか年末を
迎える」。全く時間の経つのが早くなったもんだという思いを

しています。

  齢を取れば取るほど、時間が経つのを早く感じるそうですが、
その理由の一つに、「もの忘れ」がありそうです。
私も、今年一年を振り返って、何をしたか記憶にはっきり残っている
出来事は数えるほどです。

 

  普通に社会人として活動しているのですから、「あれもした、
これもした」と思い出すはずなんですが、頭はシーンとして
動きません。“あれっ、何したんだっけ!”と空回りするだけです。

 

平成30年12月21日

 

  私たちの生き方には、「太く短くという生き方」と

「細く長くという生き方」の二つのタイプがあるとよく

言われますが、真面目にコツコツと暮らしていると

リスクを避けられので、いつの間にか長寿を迎える

ということになるそうです。

 

  私は、真面目にコツコツと暮らしてきましたが、

余り長生きもしたいとは思っていません。

「じゃ、これからは太く短く生きるか」とも思うのですが、深

酒はもう出来ませんし、たばこも20数年前にやめました。

勿論、車もありません。

 

 “うーん、これじゃ長生きしちゃうじゃないか。

健康な内にころっと逝きたいのに弱ったなぁ!”

 

 

平成30年12月20日

 

  「日日是好日」という言葉があります。

元々は中国の高名な禅師が説いた言葉で、小難しい解釈

もされていますが、要は「毎日まいにちが無事で好い日である」

という意味になるようです。

 

  でも、実際の日常生活では、毎日まいにち嫌なことが

一杯起こります。
「日日是好日」どころか、「日日是悪日」と毎日が悪日の

連続なんてこともよく起こります。

“なんの悪いこともしていないのに、なんで私だけこんな目に

会わなければならないのか。神も仏もないものか!”

と自分の不幸を嘆く日も少なくありません。