令和3年12月25日
私は今でも急速な時代の流れに「置いてきぼり」
にされつつありますが、今、最も心配していることは、
今後「IoT」などというモノのインターネットがどんどん
普及して来ると、高齢だから分かりませんでは
生きて行くのが大変になるかもしれないということです。
今までは「スマホもパソコンも使えません」で
済んでいても、冷蔵庫や洗濯機やエアコンなども
インターネットにつながる時代になれば、「使えません」
では済まなくなるかもしれないのです。
令和3年12月25日
私は今でも急速な時代の流れに「置いてきぼり」
にされつつありますが、今、最も心配していることは、
今後「IoT」などというモノのインターネットがどんどん
普及して来ると、高齢だから分かりませんでは
生きて行くのが大変になるかもしれないということです。
今までは「スマホもパソコンも使えません」で
済んでいても、冷蔵庫や洗濯機やエアコンなども
インターネットにつながる時代になれば、「使えません」
では済まなくなるかもしれないのです。
令和3年12月23日
ある日の朝、乗換駅で乗車してきた高齢夫婦
の姿が目に入りました。座席には空席が無く、
立っている人も少なくない一寸遅い朝の通勤電車の中。
その夫婦連れは、優先席の方に近づいてきました。
席で新聞を読んでいた中年サラリーマンが、おもむろに
立ち上がっておばあさんに席を譲りました。
席を譲ったサラリーマンの横の席では若いOLが
スマホを眺めていたのですが、目の前に立っている
おじいさんに気づかないかのように、席を譲ろうとはしませんでした。
「立っているのが辛い人への思いやりの心は、も
うないのだろうか」とつい思ってしまった電車内の光景……。
でした。
令和3年12月22日
20世紀の高度経済成長期には、
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」の如く、
大きな会社に入りさえすれば終身雇用に
年功序列で定年まで安泰な人生が保証され、
定年後も退職金のほか公的年金も十分に
期待出来たので、定年後人生を多くの人が
それほど心配しないで済みました。
その後、この高度成長期の「Life is easy」
マインドがリセットされないまま日本は、21世紀に
突入してしまったようです。
だから、マイナス成長を続け乍ら、
「昔の成功体験を忘れられず」悶々としているのが
日本の今の姿なのかもしれません。
令和3年12月18日
最近は、コロナ感染も落ち着いてきているようですが、
コロナへの対策は相変わらず求められています。
「いつも一人の生活」で、飽きるほど「一人の時間」を
持っている私みたいな者にはコロナ感染予防策としての
「家への閉じこもり」はあまり苦にはなりません。
「いつも独り言」を言っているので、話し相手がいなくても
大丈夫です。
だから、こんな危機の時には結構うまく対応できるのかも
しれません…。
令和3年12月17日
新型コロナ感染は、少し落ち着いていますが、新たな株が
登場したりして国民の不安は募るばかりです。
そして、コロナウイルス感染防止のためにと「テレワーク」が
登場しました。
在宅勤務になると平日の昼間も家にいることになります。
そして、初めのうちは余り気にならなかった家にいるということが、
毎日まいにち家にいると何か肩身が狭い思いがしてくるのです。
そしてある日ふっと気がついてしまいます。
“あれれ?もしかして自分は、家でも会社でも居る場所が
ないのではないか?……”と
令和3年12月16日
会社を定年退職した後の「居場所」について
よく話題となります。
どこで「男の居場所」を確保できるのでしょうか?
手近なところでは、喫茶店があります。
私もよく行く駅前のドトールなどのコーヒーショップでは、
特に午前中はサラリーマンに混じってシニア世代を
アチコチに見かけます。
「新聞を広げる人、本を読む人、何か分からないけれ
どテキストで勉強している人、そしてボーっと何か
考え込んでいる人」
さまざまな姿を見かけます。
何の準備もしないで定年を迎えてしまった人の「
男の居場所」は、先ずは喫茶店が多いようです。
令和3年12月14日
今の中高年社員が若手社員のときは外回りを
して時間が余ったら、映画を見ようが喫茶店に行こうが、
バレることはそうそうありませんでした。
だが今は携帯電話やスマホがあるおかげで
しょっちゅう会社から連絡が入るし、下手すりゃ居場所
まで分ってしまいます。これでは外回りに出ても自由も
解放感もあったものではありません。
何ともサラリーマンにはやりきれない時代になって
しまったようです。
令和3年12月11日
テレワークとかAIとか時代の流れは益々速くなってきており、
これにキャッチアップしていかないと取り残されてしまいます。
昭和、平成、令和と生き残ってきた歴戦のつわもの
(高齢者)達も余りにも急速に進む時代の流れに
取り残されつつあります。
テレワークとかZOOM会議とかのテクノロジーの進歩に
苦戦するだけではなく、時の流れによる心身の衰えという
強敵にも苦しむようになるのです。
私の近辺では、最近どんどんと「アレ」という名前が
増えてきました。
周りにあるものは次々と「アレ」に“改名”されて行きます。
気がつけば「あれあれ」と名前のものがめっきり増えてしまいました。
令和3年12月10日
現役サラリーマンのときに偉かった人もそうでもない人も、
定年退職すればただのジイサンとなります。
でも、偉かった人ほど退職後も「威張りたい症候群」から
抜けきれないとよくいわれます。
一度も「権力の座」に就いたことのない人は、
威張りたくても威張る仕方を知らないので、何か気に
障ったことがあってもブツブツ言っているだけで済みます。
しかし、一度でも(どんな小さい権力でも)握ったことが
ある人は、その蜜の味が忘れられず、権力がなくなっても、
威張ることで気を晴らす傾向があるそうです。
令和3年12月9日
最近は、街中でも電車の中でもお年寄りの姿を
目にしない日はありません。
でも、『一人で出かけている爺さんの姿は何故か寂しそう』
に見られるようです。
「貧乏臭い」というのではありません。例え、お金持ちで
立派なお屋敷に住んでいる人であっても『何故か寂しさ』を
感じさせてしまう独特なイメージが「爺さん」にはあるのだと
言う人もいます。
特に買い物袋を両手にブラ下げてトボトボと歩く姿は、
背中に『寂しい男』と書いた紙を張り付けたくなる程「寂しそう」に
見えるから不思議です。
きっと「爺さん」の独り暮らしに世間が慣れていないからでしょう。