先日カナダで教育資金のための基金を運営されている方にお話しをうかがう機会がありました


私自身こちらの仕組みは娘が幼稚園の時に知り、それ以来お世話になっています



世界中の子供たちに高等教育を受けるチャンスを



というのが考えであると最初に伺い、素晴らしいなと思って始めました



今回直接ファンダーの方にお話しを聞き、納得したことがありましたのでご紹介します




まず、カナダという土地がもたらす環境



もともとカナダには、子供の教育資金の基金やその他金融商品がたくさんあるのだそう


教育に対する意識も高いのでしょうね



その中でも非常にリスクの低い運用を心掛け、親がコツコツ積立たお金を確実に増やしそして子供にさらに大きなチャンスをあげようという考えで運営されている基金


それをカナダ国内だけではなく、世界中に広めようとしたのが、この基金

日本ではまだまだ知られていませんが、しくみといい考え方といい運用方針といい、私はとても素晴らしいと思っています




教育の大切さ



誰もが感じてはいると思うのですが、それでもカナダが移民の国であるということに私は特別な意味があるのではないかと思っています



移民



日本人にはなじみがないですよね



私だってそうです、アメリカに行くまでは



でも、アメリカでお世話になった方がロシアからの亡命者・・・移民ともまたちょっと意味合いが違いますが、それでも縁もゆかりもないところで生活をスタートさせなければならないのは、同じ



その方たちは本当に素敵な方で、ものすごいご苦労をされてきたはずなのに、いつも優しく穏やかで


でもいつも言っていたのは、「教育が大事、教育だけが、身を守るすべ、生活を支えるすべ」




お子さん3人、みなさん有名大学のマスターやドクターです


生活を切りつめても、なんとかして子供には最高の教育を受けさせる




なんでだと思いますか?



日本ではともすると、大学なんて遊ぶだけだから行かなくてもいいや、とか、大学で一生が決まるわけじゃなし、みたいな話もでますけど、これってやっぱり日本というクローズドな世界でから通用する理屈だと思うんです

共通言語を話、共通の文化を持ち、常識という独特なものさしを持つ


だから、人柄とか経験とかなんとか図りずらいもので人間の価値を測ろうとする



でも、言葉が違う、文化が違うという中で自分を認めてもらおうと思ったら・・・



やっぱりクオリフィケーションでしょう



誰もが納得する基準をクリアしているかどうか


それの最もポピュラーなものが大学なのではないでしょうか?



その後アメリカでもいろんな方からお話しをうかがいました


日系人も、貧乏や差別に耐えながら、子供を弁護士や医者にするため頑張って学費を稼ぐ


それだって、社会に認めてもらえるだけのクオリフィケーションを得るためです





ふと思うと、日本人が移民にならない保証ってないんですよね



日本に仕事がないから、海外に職を求めてでていく人、今も多いです


今出ていく人は、すでにクオリフィケーションがある優秀な方です、さらなるチャレンジを求めて行かれる場合が多いから



でも、時代が変われば、要はセカンドオプションとして中国などに出稼ぎに行く日本人も出てくるんじゃないかと思うんです



そうなったとき、どうやって自分の実力をアピールしますか?



高等教育を受けているかどうかじゃないでしょうか?


だって判断できないもの、経験や人柄は


まずは、基準を満たすかどうか、経験や人柄は次の段階


だから土俵にあがることが大事・・・そんな時代が来るんじゃないかなと





教育、たとえば海外に留学させようとすると1000万円はかかります


いまだに語学学校が留学だと思っている方もいますが、学位をとらずしてどうするんですか?


英語だけができても、自分の中に「伝えるもの」がなければ役に立たない


だからこそ、教育の中身が問われる





親世代より厳しい時代


そして自分の世代よりきっと厳しい時代に子供たちは巣立っていくのでしょう



だったら、教育という武器を持たせられるよう、お金の成長を最大限に高め資金を作ることは親の役割じゃないのかな



そう思うのです




日本という、それなりに現在ステータスを保っている国


でも、将来どうなる変わらない


だからこそ、出ていくという選択肢もある


だから出て行ける力をつけておく



力がついていなければ、海外に出て行かなければならない状況になるかもしれない


だったら、出て行ってもなんとかなる力をつけておく



結局は教育資金をいかに確実に大きくしながら準備をするかがカギ




知らない国で、これまで築いてきたものをすべて失っても生きていくって、ものすごくつらいと思う


だからこそ、専門性のある知識、仕事が、ものすごく重要になる





亡命されてきたご夫婦に、教育の本当の意味を教えてもらって、よかったと思う




ドル、80円です


日経平均も上昇しています




さあ、自分自身のポートフォリオチェックしてみましょう



昨年末に見た時より、だいぶ資産残高改善しているのではないでしょうか?



確定拠出年金も同じく



たぶんかなり改善しているはず




もちろん、定期預金だけとか、日本債券だけという方は、そのままでしょうけれど、株式を入れていた方どうですか?




確かに昨年は厳しい年でしたが、結果としてリーマンよりましでした



リーマンの前から投資を始めた方は確かにリーマンでだいぶへこみましたが2010年、11年はかなり取戻し利益確定できた方も多かったと思います




今回もきっとそうなるのではないでしょうか?



もちろん今後については分かりませんが、為替の変動だけでも大きいですから・・・



一方昨年中に投資をやめちゃった方も中にはいたかと思います



こらえきれなくなった方



やめてしまえば、結局プラスを経験できないまま終わってします



もったいないことです



気持ちがついていかなければしょうがないのですが、それでもやはり一度投資を始めようと自分なりに咀嚼し決心したならもうちょっと踏ん張れたらいいのにと残念に思うこともあります




そもそも投資をしていない人もいます



こんなにマーケットが下がっているときに投資をしたらきっとチャンスなんだろうね、などどいいながら結局行動を起こさない人です



あーやっぱりやっておけばよかったなんて言葉が聞こえてきそう


そういう人は、いつまでたっても始めません





何でも同じなんだと思いますが、やはり一度決心したら踏ん張りも必要なんでしょうね




わるい時があって当たり前


でもその時に、どう考え、また行動するか



初志貫徹って難しいけど、それができた人が結果を出せる




スランプの時、講釈するより地道にトレーニングをした方が結果良いのと同じなのではないでしょうか?





きちんと投資してもいいお金と使うお金を分散している



投資先も分散している



投資の目的がはっきりしている




まずはそこがスタート



それさえできていれば、迷う必要なく日々前に進む




こういう地道なことがやっぱりいいんだろうなぁと






自分なりのスタンスでお客様の運用アドバイスをしてきました



自分なりにリサーチもしたし、実践もしています



お客様はふつうの会社員です、ムチャクチャお金持ちではありません



だからこそ、まじめに取り組む資産運用




気づけばそれなりの年数になってきました



結果わかったことは、ひとつ



投資はじっくりあきらめずに、でも見直しをしながら継続すれば結果は出る




だからふんばりどころはふんばるべきだと



お客様への運用アドバイスは、アスリートをサポートするトレーナーのような立ち位置なのではないかなと思うことがあります



思い描いたゴールを信じ、ひたすらそこに向かうこと


これしかないのかな





残念ながらアドバイザーとしてかかわりがもてるかたはそう多くはありません

それでも私を生涯のパートナーとして選んでくださったお客様のためには、努力をおしまずしっかり伴走しなくちゃと、思っています






大学の秋入学とか、企業が外国人留学生を積極的に採用するとか



今頃になって・・・という感もありつつの国際化



ま、実力主義でこれからますます厳しくなるのでしょうけれど、人と人とのつながりもやっぱり変わっていくのかなと思います




アメリカで暮らした4年間



いずれ日本に帰ることを前提として暮らしてみて、人との付き合い方について考えが変わりました



日本にそのままいたら、きっとこんな風には思っていなかったも・・・って思うのですが




人は、常に別れることを前提にしておつきあいをしているのだということの認識




家族であっても、恋人であっても、職場の同僚であっても、親友であっても



すべての人とは別れる日が来る



だからこそ、おつきあいができる縁に感謝し、誠心誠意で接する





日本人だとやっぱり農耕民族だから、ずーっとそこにいるって潜在的に考えている


家族関係もそう、夫婦関係もそう

なんとなく甘えあい、頼りあり

きっと許してもらえるなんてどこかで言い訳


だって、その人がいなくなるなんて考えられないもの



だから、それがなくなるときなぜって思い、心が乱れ、自分を失ってしまうことも




欧米人の家族関係は、物理的にはかなり早い段階でわかれる



また私が知る欧米人夫婦も結構頻繁にわかれる



欧米人に限らずアジアの人々は、職場もしょっちゅう変わる



そんな人たちと接しているうちに、別れの必然性を受け入れるというか、そういう日が来て当然と思ったり



だって、考え方は日々変化して良いものだし、人間は成長するものだし、世の中変わるものだし




だから、人とのおつきあいが終わっても当たり前



そんな風に思えるようになりました





あっさりしているといえばそれまでですけど、分かれを当たり前とうけいれることができれば、、気持ちの持ちようも変わります





もちろんお別れはさびしいのですが、それがやはり次のステップであればこそ、握手をしてハグして別れたい、そう思う



自立し、意思もしっかりしている人とのお別れは、こちらも成長のきっかけになります


ショックは確かにありますが、ものすごい刺激になるし、それが励みにもなる


そういう人とのお別れ、過去数回ありました

今でも忘れずにいる大切な人たちです



一方そうじゃない人とのお別れは、ものすごく後味が悪い





素敵な出会いをして、素敵な別れ方をする



私の人生の一つの理想形かな?




素敵な別れ方をした人って、不思議といつか必ず巡り合ったりするんですよね

そして、またそんな人ってますます素敵になっている





良い別れ方をするために、良いおつきあいをする



今のおつきあいにウソをついてはいけないんです