今回は、中国地方<山陰・山陽>にある主要な神社を巡る旅です。
昨年まで3年間、海外に出かけていましたが、今年になってお母さんは、前回の南フランスの旅で車上荒らしに遭遇したからか、「もう海外はいい」 と言い出したので、国内ドライブ旅行をすることにしました。
 
では、旅を始めます。
 
日曜日のお昼頃、家を出発し、高速道路を使うことなく、静岡~名古屋~四日市~甲賀を経由して、深夜、京都府亀岡市内に着きました。
車内仮眠から目覚めると、夜が白み出し、フロントガラスが白く曇っていました。
 
【出雲大神宮 (丹波国一之宮) 】
朝7時の参拝なので、社務所は開いていません。
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ここは、京都府亀岡市にある 「元出雲」 と言われる神社です。
ここ丹波国に隣接する丹後国には、「元伊勢」 と言われる 「籠神社」 もあるように、京都北部地域から紀伊半島にかけては、旧約聖書に登場する人物たちが渡来し住み着いた地域だったようです。“丹”が一つのキーワードでしょうか。
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拝殿も閉まっていましたが、机の上に感謝用紙と封筒が置かれていたので、それぞれに感謝の言葉を書き、少しのお玉串を入れて、扉の間に入れてきました。
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鳥居を潜って左手最初にあったのが、市杵島姫を祀る赤いお社でした。
そして、鳥居を潜って右手最初にあったのが、大黒・恵比須舎でした。
「イチキシマ」 も 「ダイコク」 も、「数霊:81」 であり、 「日本の国番号」 です。
「流石は元出雲!」 と言うべきでしょうか。
【人間の本質を示す81】
【「81」】
因みに、貢一の車のナンバーは、「す 81-81」 です。「81-81」 は自分で指定できすが、ひらがなの記号は選べません。それでも 「す」 が付いたのです。
【苔のむすまで】
その車で最初に訪問した神社の鳥居を潜った最初の両側で、「81-81」の神々が迎えてくれたのです。圧倒的に、デキスギ です。

 

 

感謝の想い満タンで、次に向かいました。
 
【籠神社(このじんじゃ)】
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元伊勢といわれる籠神社に参拝したのは、お母さんもおそらく何度かあるはずですが、貢一は6度目くらいです。
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表向きの御祭神は、彦火明命となっていますが、後ろの正面が肝心要なのです。
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本殿前の横にある社務所で、それぞれに檜皮葺の奉納をさせていただき、参拝しました。イメージ 7
本殿横には、眞名井稲荷神社、猿田彦神社、春日大明神社、天照大神和魂社があります。
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籠神社参拝を終えたので、トロッコ電車で、天橋立を見ることができる傘松公園に行きます。まだ、少しだけ桜の花びらが散らずに残っていました。
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ここから、籠神社の後ろの正面の御祭神が眠る「冠島」と「沓島」を遥拝できます。
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定番の “股のぞき” で 「天橋立」 を見ました。
トロッコ電車で下に降り、昼食です。注文したのは、お母さんがカレーライス、貢一がニシン蕎麦だったのですが、運んできてくれたオバちゃんは、予想通り反対に置きました。でも、いつだって、半分食べたところで交換するのですから、本当はどっちでもいいのです。
 
元伊勢の参拝を終えたので、次に向いました。
カーナビにセットしたのは鳥取砂丘です。景色を楽しむために 「有料道路回避」 で設定したのですが、ナビは高速道路に入るように指示していました。走ってみて分かったのは、山陰高速道路は、まだ途切れ途切れ状態で全線開通していない高速道路でした。故に、すべて無料区間となっていたようです。この状態は、翌日、美保神社へ行く途中の米子まで全部同じでした。
 
【鳥取砂丘】
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車道から車椅子用の長いスロープが見えたので、その施設がある駐車場に停まりました。ここは、鳥取砂丘を眺めるのに最高のスポットのようです。イメージ 11
ここから海辺まで砂丘を往復しようとしたら、元気な子供でも30分はかかるでしょう。裸足になって行ってみたいとは思ったものの、おっちゃんとお婆ちゃんでは、パーペキに無理です。
わざわざ中東風の衣装を着て、駱駝観光を勧誘している日本人の業者さんがいました。写真撮影有料と看板に書いてありました。これも阿漕な中東諸国と同じです。
 
【鳥取市】
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お母さんは、鳥取と聞く度に、「鳥取県鳥取市吉方2区502。何度、手紙を書いたかわからん。手紙を書くだけで、一回も連れてってくれなかった」 と今でもいつも言っています。満州で死んでしまった猪股力おじさんが、軍人として日本で住んでいた所なのだそうです。字の書けない “お元おばあちゃん” の言う通りに、力おじさんに何度も手紙を書かされていたのだそうです。なので、今回、その地に行ってみることにしました。
グーグルマップで鳥取市吉方2丁目502を調べると、(有)厨子酒店がヒットします。なので、iPad を持ったまま、そのお店に入っておじさんに要件を話し訊ねたのですが、「この店の前の道は、確かに当時、軍用道路として整備された道なのだけれど、この家に軍人さんが住んでいたことはない。吉方2丁目ではなく、吉方温泉2丁目のほうではないか」 と紙の地図を広げながら話してくれました。
「吉方2丁目」と「吉方温泉2丁目」は隣接しているのですぐに行けましたが、吉方温泉2丁目502は、左の写真のすぐ先で、デーサービスセンター友和苑の建物になっていました。多分、この付近に猪股力おじさんが住んでいたのでしょう。お母さんも 「もういい」 という様子だったので、「吉方2区502探し」 は終わりにして、そこから1kmと離れていない鳥取シティホテルに行くことにしました。
 
【鳥取シティホテル】
このビジネスホテルは、袋川にかかる若桜橋北という交差点のそばにありました。袋川沿いは桜並木になっていたので、部屋の窓からそれらが綺麗に見えました。
お母さんがお風呂に入っている間に、コンビニへ明日の朝食用のお蕎麦を買いに行きました。今夜は、後部座席に溜まっていたパンとヨーグルトだけで夕食です。
今のコンビニは、どこも綺麗なおトイレが完備しているので、ドライブ旅行者にとっては、超~優れモノであるがゆえに、何度も立ち寄ってしまい、その度におトイレ拝借料として何かしら買っていたので、夕食は溜まっていたそれらを食べざるを得ませんでした。(帰ってきて、200円前後のコンビニの領収書の枚数を数えたら、実に17枚ありました)
 
旅の初日はここまでです。 おやすみなさい。