木下着物研究所は、鎌倉市・材木座の築100年近い古民家にある。
研究所員の木下紅子さん、勝博さん夫婦は、一年365日、着物で過ごしている。その姿を通して、伝統を大切にしながらも現代生活にあった着物や和のライフスタイルを提案している。
木下紅子さんは1976年生まれ、鹿児島県出身。
百貨店の企画部門等に務めた後、結婚を機会に着物の世界へ入った。夫の勝博さんと共に、老舗の博多織元の着物ブランドの立ち上げに携わった。店頭で顧客のニーズに合ったコーディネートの相談を受け、早く綺麗に結べる帯の「前結び」をベースにした着付レッスンを2500回以上行った。
退職後に和裁を学んだのち、2016年に自身の着物ブランド「紅衣 KURENAI」をスタートさせた。
夫の勝博さんは1971年生まれ、東京都出身。
1歳から17歳までファッションモデルとして、CMに数多く出演していた。ITベンチャー企業などで新規事業の立ち上げを経験。
その後、友人が代表を勤める老舗博多織元で十三年間勤務した。
独立後に「木下着物研究所」を開業した。
博多織の老舗企業にいたとき、博多織のメーカーとしては自社製品を売りたいが、着物は帯一本では完成しない。他の商品を紹介するにしても、企業に所属していると制約があり、もどかしさがあった。
着物の市場を広げるために、自由な立場でと感じた2人は独立する。
独立後、まず力を入れたのが和のお稽古ごと。
茶道、書道、水墨画、和裁、料理、季節のしつらえなどなど、2人あわせるとその数は10以上。その成果は毎日の生活にも取り入れる。
例えば、床の間に飾られた掛け軸は勝博さんの水墨画、玄関の短冊は紅子さんの書の作品。
また、夏の麻の着物がどれだけ涼しいかなど、実際に体験したことを仕事や商品開発に活かしている。「ここは着物と和文化の実験室のようなもの。毎日自分たち自身で実験している」そうだ。
紅子さんが主宰する着物ブランドは、その人の好みや持ち物に合わせて細かくアレンジを加えていく。
シンプルでいながら、こだわりのある色やクオリティに、これまでの着物がピンとこない人もファンになるようだ。
木下さんたちが提案するのは、今の時代に合った着物を着るライフスタイル。単に着物を売るのではなく、着物を楽しむシーンをつくっていきたいと考えている。
「日本家屋と着物は同じ構造をしている」と勝博さん。
「どちらも重ねたり減らしたりすることで温度や湿度を調節します。湿度の高い日本だから生まれた構造ですね」。
「和服は湿気の多い日本の気候に適しているということに改めて気付きます。洋服の襟や袖が閉じているのは乾燥した地域で湿気を保つための工夫で、湿気の多いところには合わないんです。一方で和服は、襟も袖も大きく開いていて、通気性が良い。この違いはかなり大きいと思います。また、これは日本家屋でも同じことがいえます。日本家屋は空間を区切って空気の層をつくっているので、小さな暖房器具で暖かくできます。夏場は区切りをなくして開け放せば風が通るので、湿気があってもそこまで不快になりません。着物を着て日本家屋で生活していると、衣食住すべてがしっかり日本の風土の理にかなってできているんだなと感じます」
和の暮らしを続ける上ではやはり日本家屋の方が便利なのだといいます。「着物生活で一番困るのは取っ手です。仕事の関係で一時的に洋風の家に住んでいたこともあり、よく袖口を引っ掛けてしまっていたんですが、この家は取っ手が一つもないので袖口を引っ掛けることもなくなりました。それに今の家には畳の部屋がありますが、着物を畳むのには広いスペースを取りやすく便利です」
勝博さんも「和室は客間にも寝室にもダイニングにもなるし、夏は寝っ転がっても気持ちがいい」と和室の良さを実感しています。
「落ち葉掃きもそうですが、日本家屋で生活するようになって季節を意識することが多くなりました。床の間もその一つで、床の間があると季節の軸や花を飾りたくなります。そうやって季節のことを考えることで生活が豊かになると感じています。季節に合わせて暮らすことは心や体に良い作用をもたらします。暦に合わせた習慣、菖蒲湯や七草粥などは、その季節に起きがちな体の不調を和らげる効果があります」
着物を着ると季節に敏感になり、文化と向き合えるようになる。
自分たちがひとつの事例となって、海外にも着物文化を普及させていくのがこれからの目標だ。
木下夫妻へのインタビューは、
5月29日13:30~、21:00~