村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

全力で聴くためには、質問しなくては始まらない。

茂木さんの本から示唆を受けたので、

NHK京都文化センターの講座で、

「質問」について、改めて考えてみた。

 

まず、質問とは何のためにするものなのか…。

新しい自分を見つけるため。

自分が生きていくため。

わからないことを知るため。

間をつなぐため。

相手の考えを確認するため。

 

では、悪い質問とは…。

ついつい踏み込んでしまう。

無理やりこじあけようとする。

期待した答えを誘導する。

矢継早に聞いてしまう。

アバウトに聞く。ex.どうですか?

上から目線で聞いてしまう。

オブラートに包まず聞いてしまう。

あたりまえのわかりきったことを聞いてしまう。

答えに困ることを聞く。ex.プライベートなこと

 

では、いい質問とは…。

お互い、新しい一歩が踏み出せる。

相手が安心出来る。親近感が持てる。

人柄が見えることを聴く。ex.好きなこと、聴いてほしい絶好球。

ポジティブなことを聴く。

答えやすい、話しやすいことを聴く。具体的に。

共感しやすい共通項を探す。

 

こういうことを意識しながら、悪い質問をしないようにして、

いい質問をするようにすれば、全力で聴けるようになる。

とどのつまり、

質問の究極の目的は、自己肯定、他者肯定なのではなかろうか。

 

 

 

質問は、自分を成長させ、脳の可能性を最大限に引き出す。

質問は、もやもやを解消するためにするもの。

質問は、自分の現状や自分自身を大きく変える力。

質問は、自分の生き方、行動、思考を導き出す。

質問は、自分が快適に生きるための新たな選択肢。

質問は、、ときめき力。カウンセリング力でもある。

質問は、人生をポジティブにする。

こう分析するのは、脳科学者の茂木健一郎さん。

これからの時代は「質問力」で決まると言い切る。 


「こういうときはどうすればいいんだろう?」
「どうすれば、うまくできるようになりますか?」
仕事でもプライベートでも、日常生活において、

私たちは自分自身や他人に対して、たくさんの質問をしている。

誰を相手にするかは別として、質問をしない人はいない。

人工知能(AI)が発達し、人間より多くのことを成し遂げられるようになっても、質問する力があれば、自分の居場所を失うことはない。

むしろ自分の求める生き方を推進し、誰にも縛られずに自由な生き方ができる。質問には、そんな秘められた力がある。

その力を最大限に活かしているのが、

実はグーグルやアップルといった今をときめく企業だ。

「どうすれば今より便利になるか?」を絶えず問い続け、

イノベーションを興し、世界を大きく変えるような商品やサービスを提供し続けている。始まりは、「どうしたらいい?」「どうすればいい?」というささいな質問。そこから問題解決のヒントを導き出し、それらを1つ1つ実践していって、大きな成果を出すに至った。

彼らが質問しなければ、

私たちの生活は今よりもはるかに不便なものになっていたはずだ。
質問の歴史は、人類の歴史。
「どうしたら今よりよくなるか?」
そう自分や他人に問うことで、

人類は自分たちの文化や生活を発展させ、進化させてきた。

 

そんな大きな力を秘めているのに、日本人は質問をするのが下手だ。「こんな質問をしたら、バカだと思われる」
「こういう質問したら、笑われてしまう」
そう考えて、質問することをためらう。

それが、経済の停滞や閉塞状況を作り出していると言っても

過言ではない。


この本は、脳科学の見地から、

質問の持っている力を誰もが実践できるように導いてくれる。

自分を変えていく質問の方法、いい質問、悪い質問の違い、

こんなときに使いたい質問など、

日常生活に役立つ質問が豊富な例で紹介されている。

 

 

実に示唆に富んだ本だった。

今のボクの心には、境野先生の「ことば」が沁み入る。

 

人はなぜ生きていられるのか。

呼吸をしているからだ。

あたりまえのことだから、ふだんは特別意識していない。

あたりまえと思っていることに一歩踏み込んで、

その重大な尊さを見出す。

座禅は、鼻から出入りする呼吸のすごさを体感することだ。

社会や世間にばかりを見つめていた目を、自分の肉体に向ける。

呼吸を感じ、心臓の音を感じる。

自分の「いのちの活動」は、他人の評価など気にしていない。

裏切ることもない。

「すべての人が、まったく平等な命の働きを持っている仏」なのだ

呼吸の尊さを知り、呼吸に感謝して生きれば、

不平不満のない素晴らしい一日が送れる。

 

二者択一では、人生の答えは出ない。

「片手の音を聞いてこい」と老師に言われ、

「聞いた」「聞かない」

「鳴った」「鳴らない」の2つしかない答えから、

境野さんは、一つの結論を出そうとしていた。

ものごとを一つに決めてしまう「考え方のクセ」を見直さねばならない。「鳴ってもいいし、鳴らなくてもいい」両方いいと思えばいいのだ。

「不思善 不思悪」。いいとか悪いとかで争わない。

片方に偏らず、一つの考えにこだわらない。

 

常識に生きるのではなく、自分に生きる。

「人は死ぬ」のが常識だ。だが、「人は死なない」かもしれない。

精密検査して病気を見つけるのは常識的な生き方。

だが、昔の人のように、検査など気にしないで、

大笑いをして楽しく生きたほうがいいかもしれない。

死ぬと思うから死ぬのだ。「これまで楽しかった。有難う」と思えたら、そこに死はない。感謝しかない。

がんじがらめの2つの対立した常識的な考え方から超越して、

自分のなつかしく気心のしれた独創的な世界を、

たくましく確立するのだ。それが佳き歳の重ね方だ。