To be, or not to be | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

3時間半、固唾を飲みながら客席にいた。

次代を担う若手役者と、円熟のベテラン陣の熱量が、客席まで伝わってきた。

ハムレットは、野村裕基さん。狂言方和泉流の嫡流。

父萬斎さんは、亡き父王の亡霊と、その父を暗殺しハムレットの母を娶る叔父のクローディアス王を演じる。演出も担う。

子息でもあり芸の弟子でもあるハムレット役の裕基さんと、舞台上で対峙する。

裕基さんは、23歳。幼ない頃より狂言で鍛え上げられてきたセリフ術と、堂々とした立ち居振る舞いが、孤高の王子ハムレット像を際立たせる。奇しくも父・萬斎も翻訳劇のデビューであった同じハムレット役で、父からのバトンを引き継ぐことになった。


ハムレットと対峙するオフィーリアの兄・レアーティーズと、家臣ローゼンクランツの二役を演じるのは岡本圭人さん。岡本健一さんの息子だ。アメリカ最古の演劇学校で学び、話題の舞台に次々と出演を果たし、その瑞々しい演技力が高く評価されている。シェイクスピアには、格別の関心がある。
ハムレットを慕うオフィーリア役は、藤間爽子さん。三代目藤間紫として日本舞踊紫派藤間流の家元だ。映像、現代劇、日本舞踊とジャンルを超えて活躍する藤間が、そのマルチな才能を生かして挑む。

野村裕基、岡本圭人、藤間爽子。

次世代を担う20代の3人が、頑張っている。

 

そしてさらに、次世代にバトンを渡す実力派の俳優陣。

若村麻由美さんは、王妃ガートルードを演じる。息子ハムレットとの複雑な母子関係を演じる。

村田雄浩さんは、意外にも初のシェイクスピア劇の舞台に立つ。オフィーリアの父親ポローニアス役。慈愛と、ひょうきんさを演じ分ける。

河原崎國太郎さんは、旅芸人一座の座長役。熟練の俳優の味わいが滲み出る。

 

父である先王の亡霊から死の経緯を知らされたハムレットは、その死を仕組んだ叔父クローディアスへの復讐を誓い、狂気を装う。

この復讐計画により、ハムレットを慕うオフィーリアやその兄レアーティーズ、王妃となった母親ガートルードをはじめ、彼の周りの人々は運命を狂わされていく悲劇。

 

演出の萬斎さんは、こう語る。

「ハムレット経験者である私がこの二役を演じること、そして師弟関係にもあり常に共演者(ライバル)である息子の裕基と組むことに、演出の大きなキモがある。この戯曲では血縁が複雑に絡み、しかし家庭劇には収まらぬ国家存亡の危機が横たわる。私達親子にとっては日本の伝統的文化存亡の危機が重なって見える。

一方現実社会では、隣国同士が戦争を始め、元首相が暗殺され、女王の死を目の当たりにした。そしてデジタル化が進む白か黒かの二進法的世界では割切れぬ灰色の現実の苦悶。まさにハムレットな状況がある」。まさにその通りだと思う。

 

裕基さんも、父と似たようなことを言う。

「ハムレットが葛藤し、もがきながらも、一つの答えを見出し、死を迎えるまでの過程を、観客に追体験してほしい。

誰しも人生において、”To be, or not to be”、二つの分岐点に立つことがあると思う。ご自身の”To be, or not to be”を考えるきっかけとなれば有難い」。

 

若村さんの挨拶状には、こう書かれていた。

「初めてハムレットを読んだ18歳の春、王妃は主体性がなく面白味のない役だと感じていたが、いまは違う。

ハムレットといえば『言葉、言葉、言葉』。技術のいる台詞劇を、伝統芸能の技も駆使し、和洋折衷の混沌たる世界観で、疫病や戦争の終わりなき人間ドラマを描く。天空の星々は、時代を超えて輝き続ける」

舞台のラストシーンに煌めく星々は、人間の醜さ、愚かさ、浅はかさすらも温かく包み込むようだ。同時に宇宙から見たら、人間の一生などは、ほんの一瞬だということも、改めて教えてくれる。

 

この公演は、19日まで、世田谷パブリックシアターで。

25日、江戸川区で、29日、大阪枚方市で。