福音館書店の創業の参画し、社長も務めた松井直(ただし)さん。
絵本の世界に造詣の深い人だ。惜しいことに、先月(11月)2日、
96歳で亡くなられた。
赤ちゃんは、自分の絵本を舐めたり噛んだりしてボロボロにしてしまうかもしれない。でもそのまま大切にとっておき、やがて大人になる節目のときに「心のへその緒」として手渡してやってほしいと、松居さんは言う。子どものころ、母親が大切にしまっておいたへその緒を見つけ、感じ入った思い出を持つ松居さんは、編集者として絵本に関わるなかで、絵本も同じような役割を果たすと考えるようになった。
絵本を開く時間は、単に絵本を読み聞かせる一方的な営みではなく、
読み手も聞き手も共通の喜びを感じるひとときだ。
赤ちゃんにとって、絵本は、わらべ歌や子守歌のようなもの。
自分のことを大切に思ってくれる人からの、気持ちのこもった温かい「声の言葉を聴く体験」は、人が生きていく上で欠かせないものだ。
言葉は母親からもらうもの。国語でなく母語。
子どもの言葉の発達の原点は、お母さんの胸の中。
お母さんの心臓の鼓動と呼吸が、赤ちゃんの意識に刻まれることに
よって「音声をリズミカルに聴く」ことを身につける。
気持ちを込めて語られた言葉は、人の奥深いところに伝わる。
「言葉に対する感性」は、人の気持ちに支えられた「声の言葉」によってのみ育つ。
言葉には、知識や情報のように「頭の中に入る言葉」と
気持ちを耕す「心に入る言葉」がある。
心に入る言葉は、感じる力になるから、これを失うと自分を見失う。
早くから文字を覚えても、読書力は身につかない。
赤ちゃんの頃から、繰り返し「声の言葉」を聴くことで、
言葉を好きになり、やがて文字を読みたくなる。
絵本の「絵」には、活字以上にたくさんの言葉があるはずだ。
「心のへその緒」になる絵本に出会うことが、子どもたちの言葉、
日本語、日本文化に大きな影響を与える。