川端康成の耽美 | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

BSで「川端康成 愛しの山水」を見た。川端康成は生涯美術品を愛し、数多くの美術品を収集したことで知られる。いまも鎌倉の川端邸には、美術品が飾られている(非公開)。
美しい自然の風景を描いた山水画の名品、池大雅「十便図」と浦上玉堂の「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」は、川端が購入した後、国宝に指定され、その目の確かさを証明した。
川端は、常々「古美術を見るのは、趣味や道楽ではない。切実な命である」と言った。

少年時代に肉親が相次いで亡くなり孤児となった自らの生い立ちや、おびただしい死をもたらした戦争体験から、戦後、川端は美術品購入に没入するようになる。購入した美術品は絶えず手元に置き、日常生活のすべてを美で彩った。
 

江戸時代の画家、池大雅と与謝蕪村の合作『十便十宜図」。

「十便」は、池大雅の作。田を耕す、水を汲む、洗濯をする、畑に水をやる、釣りをする、詩を吟ずる、農業をする、木こりをする、夜のしたくをする、眺める、自然の中の暮らしは「便な生活」である。

「十宜」は与謝蕪村の作。春にも夏にも秋にも冬にも、暁にも晩にも、晴れた日も風の日も曇りも日も雨の日も、それぞれ宜し。自然が四季や時間、天候によって移り変わるそれぞれの「十の宜いこと」を絵画にした。俳人として生きた蕪村の個性が表れている。

 

描かれた山荘とその周辺の田園風景。

悠悠自適の暮らしをいとなみ、時に心しれた友が通い、自由に交誼を結び、魚釣りをし、酒を嗜み、座談を楽しむ。

清代の中国の漢詩に詠まれ、水墨画の伝統のなかで重ねられてきた風景の記憶を下敷きにして、池大雅と与謝蕪村の二人が、それぞれ仕立てあげたのだ。

何ともなつかしく、やわらかで、のびのびとした自由な世界。すっと画の世界に入っていける。そうすると、今の時代の生きづらさを思い知らされたり、現実の自分が関わっている世界にないものに触れていることに気づく。

目先の新しいものばかりに目を奪われ、古き良きものを耽美することのなくなった現代。いのちが喜ぶものに触れることの大事さを川端は、

教えてくれている。

川端康成は、こう表現している。

「古美術を見ていると、人間が過去に失ってきた多くのものを知る。過去に失われた人間の命が蘇り、自分の中に流れるように思う」

「古いものほど生き生きと強い新しさのあるのは言ふまでもない」。