論語知らずの論語塾も、回を重ねて70回。
クラブハウスで呼び掛けた人や、京都から上京したので立ち寄った人が参加してくれた。
先日、鮫島純子さんと会食した際、「次世代に伝えたいことは何か」と問われた。その時同席していた安岡塾長が、即座に「察する力」と答えた。孔子も論語の中で諭していることなので、みんなの前で改めて、説明してもらった。
「みる」という字には、いくつかある。
見る~自分の意志に関係なく。
視る~意志をもって。
看る~看病や看護など、健康状態を。
観る~つぶさにすべて。
観察~観尽くす。観えないところも観る。
ボクたちは、見ているようで見ていない。
見落としてはならないことを見逃していることが多い。
見えていないことも「察する力」が衰えている。
表面上のことだけ、自分の都合で見ていることだけで判断してしまうことが多い。自分以外の「都合」を察する力、想像力を養うことを折に触れて伝えていく必要がある。
ちなみに、その時、鮫島さんが次世代に伝えたいことは「愛」だと言われた。自分をそまつにしない「自己愛」「自慈心」が大事だと言われた。